第13話 マリオネットたちの暴走3
車で自宅に送ってもらう道すがら、霧生にこんなことを言われた。
「ほんとうにゆかくんはマヤくんのことが好きなんだねえ」
助手席のゆかはちょっと照れくさくなりながら、
「はい。マヤちゃんってすごくかわいいじゃないですか。なんかぎゅっと抱きしめたくなるんです。それに、すこしさびしそうだから、側にいて守ってあげたい気持ちにもなるんです」
「やさしいんだね、ゆかくんは」
霧生は目を細めてゆかに微笑む。ゆかは気恥ずかしくなって、
「あ、あの、絶対にそんなこと思ってるってマヤちゃんに言わないでくださいね。そんなこと言ったら、ますます嫌われちゃいますから」
「だいじょうぶだよ。マヤくんは君のことが好きだよ」
「そんな。冗談ですよね?」
あんなに冷たくされているのに好かれているはずなんてない。
「ほんとだって。ただ、あの子は学校にも通わずに自分の図書館に引きこもっているから、他人とどう接していいのかわからないんだよ。特に同世代の子とこんなに親しく接するのはゆかくんがはじめてだろうね」
「どうして学校に行かないんですか?」
「もうあの子はイギリスの大学の通信教育で学位を取得してるからね」
「ええ? つまり、イギリスの大学を卒業したってことですか」
「そういうこと。だから、学校に通う必要なんてないと言い張ってるんだよ。でも、学校って勉強するだけのところじゃないでしょ?」
はい、とゆかはうなずく。
たった十四歳でイギリスの大学の学位を取得しているなんて。高校生の問題なんか余裕で解けるのも当たり前だ。けれど、霧生の言うとおり、学校は勉強するだけの場所じゃない。友達をつくったり恋愛をしたりしていろいろなことを学んでいく場所だ。
なのに、ひとりであんな場所にいて、さびしくないんだろうか。
「あの、マヤちゃんのご両親って……」
「マヤくんのご両親は飛行機事故で死んでるんだよ。その後、唯一の身寄りである父方のお祖父さんに引き取られたんだ。そのお祖父さんも亡くなって、いまはお祖父さんの莫大な財産を受け継いで、お祖父さんの秘書だった篠崎さんと一緒にあそこに暮らしてるってわけ」
「マヤちゃんはどうして外に出ないんですか? 篠崎さんがいるとはいっても、たったふたりで、あんな山奥で生活してたらさびしいじゃないですか」
もし自分なら、あんな誰もいない山奥に本だけ読む毎日なんて耐えられない。
「さあね。マヤくんの心の奥底にある感情はわからないよ。ただ、あの場所にとどまることが自分の責務だと思い込んでるのかもしれない」
「……責務? 図書館に居続けることがですか?」
マヤはいくら頭がよくても、まだ十四歳の子供だ。同世代の友達と話がしたいだろうし、いろいろな経験だってしたいだろう。他人とかかわるのが苦手だから図書館に閉じこもるのならわかるけれど、図書館に居続ける責務とはなんなんだろう。
やっぱりミスティック・ドールズというものが関係しているんだろうか。
「お願いです。霧生さん。ミスティック・ドールズってなんなのか教えてください」
声を大にして頼むと、霧生は不思議そうに、
「どうしてそんなにマヤくんのことにむきになるの? マヤくんは友達といっても赤の他人だよ。いろいろと触れられたくないものがあるから、マヤくんが君と距離を取っていることもわかってるだろう?」
「それはわかってますけど……」
霧生にたしなめられ、一瞬自分がひどく身勝手な人間に思えた。勝手に他人が隠している過去を誰かに聞いたり、距離を置こうとしている相手に無理に近づこうとするなんて。
「でも、やっぱりわたしはもっとマヤちゃんのことが知りたいんです。わたしはマヤちゃんの抱えているものを一緒に分かち合いたいんです。だって、それが友達だと思うからです。相手に遠慮する関係なんて友達じゃないと思います」
「それを今度マヤくんに言ってあげたら?」
霧生に苦笑され、ゆかは急に声を荒げたことが恥ずかしくなった。
「ミスティック・ドールズ事件については警察でも重要機密だから、ぼくも捜査記録の一部を読ませてもらっただけだからくわしいことはわからないんだ」
「でも、マヤちゃんとお父さんが知り合ったのもその事件なんですよね」
「ああ。だから、あくまでもいまから話すことは絶対に口外禁止だし、ぼくが話したことを誰かに話してもいけないよ。ぼくは君を信頼してるから話すんだからね。いいね?」
ゆかは強くうなずく。霧生は大きく息を吐いてから話をはじめた。
「五年ほど前、未成年の子供が何人も連続して誘拐された事件が起きたんだ。その誘拐された子供たちはある人体実験を受けていたんだよ。その子供たちは犯人たちに〝ミスティック・ドールズ〟と呼ばれてたんだ」
「人体実験? その人体実験ってなんだったんですか?」
「それはわからない。ただ、人体実験を受けた子供たちは異常なまでの筋力を発揮し、理性をなくして犯罪に走るケースが多かった。そして、ミスティック・ドールズたちの目は月明かりを浴びると青白く光るという特徴があるんだ」
「でも、その事件って五年前に起きたんですよね? なんでいまさら……」
「五年前の時点で事件は一度終結したはずなんだ。人体実験を受けた子供たちも治療を受けて元の生活に戻れるまでに快復した。なのに、いままた五年前と同じミスティック・ドールズと思われる事件が起きている」
「じゃあ、五年前の犯人が出所してまたミスティック・ドールズを生み出してる、とか?」
「いや、たぶん違うよ。捜査記録では犯人たちは全員死亡してることになってるからね」
「死亡? どうして?」
「さてね、当時ぼくはまだ高校生だからなにが起きたかなんて知らない。この事件はマスコミにも伏せられたくらい警察の重要機密としてあつかわれてたんだ」
「そんな重大な事件にマヤちゃんは関わってたんですね」
ゆかは大きく息を吐いた。
ミスティック・ドールズ事件が五年前からマヤを苦しめている原因だとわかった。だけど、肝心なことはなにひとつわからない。
マヤと友達になるためなら彼女の悩んでいることも知るべきだと思っていた。けれど、マヤが抱えている悩みはゆかが想像していたものなんかよりもはるかに深くて暗いようだ。頑なに心を閉ざして子供の自分を捨ててしまうほどに。
そんな暗闇の底にいるマヤの心を自分はすくい上げることができるんだろうか。
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