第2話

 翌日の朝、俺は少し早めに目を覚ました。

 いつもは七時に起きるのだが、今日は妹のランニングに付き合う約束をしていたため、いつもより早めの六時に起床した。


「流石に三月だと寒いな。」


 白い息を吐きながら横にいる恵香に話しかけた。恵香も俺と同じように白い息を吐いて走っていた。


「ま、実際まだまだ冬みたいなものだからね。」


 現在、サイクリングロードを軽いランニングで駆けている。

 何故、恵香とランニングをしているのか、それは恵香が陸上部に属しているからである。しかも、今年の中学生の全国大会では百メートル三位と言う実力の持ち主でもある。その実力の持ち主である恵香に練習を付き合えと言われてしまい渋々練習に付き合ってる。


 と、言いたいところだが。別に俺は恵香の練習に付き合っているではなく。恵香の方が俺に付き合ってくれているのだ。


「お兄ちゃん?遅いよ~。」


 いや、ちょっと待ってね。お前のスピードについていけるわけないでしょ?俺は元々そこまで体力があった訳じゃないんだからもう少し手加減て言うものをしろよ。


「お前な俺のこのヒョロヒョロの体見て良く言えたもんだな。」


 袖を少しまくり恵香の方に向けて見せた。

 正直、お世辞にも自分の体が運動向きとは思えない。身長こそ173センチくらいあるが体重は50キロとやせ形だ。


「はぁ、しょうがないな。少し歩こうか。」


 恵香は走るのをやめ、悟に合わせるように横に並び歩き始めた。


「そう言えば今日って何か用事があるの?」


 恵香の質問に対して少し悩み、今日の予定を思い出す。

 今日は火曜日で平日に当たるのだが、高校が始まるのが四月の始めのためまだ十日ほど休みがある。しかも、定時制のため全日制よりも始まるのが遅く、入学式が2日ほど全日制よりも遅れる。


「何もないなら今日は春さんのところにでも顔出してきたら?」


「春さんか……。俺、正直少し苦手なんだよな~」


 春さんと言うのは俺や恵香の従姉妹にあるのだが、歳が七つ年上で橋本サイクルと言う自転車ショップを春さんの弟の薫さんと経営している。


「何言ってるの!春さんにも迷惑をかけたんだからちゃんと挨拶ぐらい行きなよね!」


 確かに俺の定時制の入学を推してくれた一人ではあるのだが、なにぶんあの人はな~


「あの心配性がな。ちょっとお節介なんだよな。」


 何かにつけて「大丈夫?」と聞いてくるのだ。毎回毎回そんな事を言われる俺の身にもなって貰いたいものだけどな。

 でも、迷惑をかけたのは本当だし、しょうがないか。


「女のひとは皆お節介なんだよ!それにお兄ちゃんが心配させることが多いからでもあるんだからね!


「ああ、わかった、わかった。行くよ、行く。」


「きちんとお礼を言うんだよ、お兄ちゃん!」


 恵香に念を押されてしまったのでランニングを終えたあとシャワーを浴び、朝御飯を簡単に済ませて一度自室に戻った。

 自室で着替えを済ませると時計は九時を指していた。


「恵香、俺は出掛けるけどお前はどうするんだ?」


 自室から出て一度リビングの方に向かい恵香に話しかけた。


「私は十時から部活だからもう少し家にいるよ。鍵は、ちゃんと持っていってね。」


「ん、わかった」とだけ伝えて俺はもう一度自室に戻ってリュックを取り鍵と財布後、スマホを持ったのを確認して家を出た。

 橋本サイクルまでは家から徒歩十分ほどで橋本サイクルの近くにはスーパーや書店等が立ち並んでいる。

 そのため客足も多く午後になると少しだけ混むこともある。だから、俺は迷惑をかけないために開店一時間前の九時に家をあとにした。


「日が上がっても三月だとまだ寒いな。」


 風が吹くとジャンバーや長袖のTシャツ、ヒートテックを着込んでいても肌寒さを感じてしまう。

 そう考えると妹の恵香は良くこんな寒いなか外で体操着の長袖だけで部活ができるもんだと少し感心してしまう。


 そんな事を思いながら8分ぐらい歩くと段々と周りは店が立ち並ぶ大通りに入った。

 この大通りを約一分くらい歩き、途中の角を右に曲がると橋本サイクルが見えてくる。


 そう言えば橋本サイクルで思い出したが、確かに白工の定時制高校にはって言うのがあったっけかな。

 自転車競技部ってなにするんだろうな?少し興味はあるが自転車の話になると春さんや薫さんがうるさいから言わないでおこう。


「と、もう見えてきたな。」


 家から歩いて十分ほどでたつと少し大きめで橋本サイクルとかかれた看板が見えてきた。

 まだ開店時間ではないため外に開店後にたてられる橋本サイクルと書かれた旗がまだ立っていない。

 しかし、開店準備があるため春さんたちは中にいるはずなのだが。


「いねぇし。」


 表の入り口から入ろうとしたのだが、開いていないため中にいるであろう春さん達を呼ぼうと思っていたのにその姿が見受けられない。

 そのため表の入り口から少し左の方に歩きこの店の一角にある整備所の方の入り口に向かった。整備所の扉は開いておりそこから中に入った。


「春さん、薫さん?いますか!」


 と、声を出して呼ぶと店の奥の方から車イスに乗る一人の女性が出てきた。


「はーい?どちら様、って悟くんじゃないの!久し振りね。」


 優しい声音で車イスに乗った女性は笑顔を浮かべ手をヒラヒラとふって出迎えてくれた。


「ん、久し振りってほどじゃないと思うんだけど。春さんとは2日前に会ってるし。」


「まぁまぁ、細かいことは気にしないの。ちょっと上がっていって。」


 そう言うと春さんは車イスに反転させて先ほど出てきた部屋に招き入れてもらった。

 に、してもやっぱりいつ見てもあまり良いものじゃないな。車イスに乗った人を見るのは。

 春さんが車イスに座っているのはあることが切っ掛けで下半身不随になってしまったためである。


「……悟くん?あまりジロジロ見ないでね。足のこと気にしてるからさ。」


 しまった、と思い直ぐに視線を別の場所にうつした。いつも注意はしていたのだが、何度見てもやっぱり馴れないものだな。こういうのはさ。


「……ごめん。」


「ううん、大丈夫だよ。こんなんになったのは自分のせいだしね。」


 春さんは苦笑いをうかべて首を横にふった。

 しかし、春さんがこうなったのは……いや考えるのはやめよう。春さんが気にしないで欲しいといったのだから。


「そう言えば高校合格おめでとう!」


 春さんはさっきと、うって変わって嬉しそうに俺の合格を祝ってくれた。


「定時制高校だけどね。」


 皮肉めいた言い方でそう呟くが春さんは直ぐに「それでもだよ。」と笑顔を浮かべた。それを見ると流石にこれ以上皮肉を言えなくなってしまった。


「うん、春さん……ありがとう。」


 少し照れ臭くはあるが恵香にもお礼を言えと念を押されてしまったし、それに言わなきゃいけないと言う気持ちもあるため照れ臭くても言わなければいけない。

「ふふ」と笑って春さんは俺を店の奥にある事務所にあんないしてくれた。


「何か飲む?と言ってもコーヒーと緑茶しかないけどね。」


 少しだけ考えてコーヒーをお願いした。それを聞くと春さんは棚にあるカップを二つとりインスタントコーヒーを入れてお湯を注ぎスプーンを添えて俺の方に渡してきた。


「ありがとう」


 コーヒーを受け取りスプーンでかき混ぜて一口、口に含みカップをテーブルの上においた。


「あ、そう言えば薫さんはどうした。姿が見えないけど?」


 周りを見渡してもこの場にいるのは俺と春さんのみ、他の人影は一切見えない。いつもなら大抵春さんの近くには薫さんがいるなずなのだが……何処にいったんだろ?


「ああ、薫ね。薫は……」


 暗い表情をうかべて下を向いてしまった。

 何、何かあったのか。まさか入院とかしたのかな?


「入院してしまっ」


「ここにいるんですけど。姉ちゃんやめてね。俺を勝手に入院させるの。」


 表の入り口から長身の男が自転車をおして入ってきた。

 それにしても薫さんはいつ見ても身長が高いな。薫さんと隣り合わせで立つとどうしても圧迫間を感じてしまう。


「おお、悟じゃないか!何だ、何かようでもあるのか?」


 薫さんは自転車を壁にかけて此方に歩いてきた。


「いや、春さんにちゃんと合格したことを伝えようと思って。」


「そうか」と言って薫さんは一度俺と春さんの横を通り、棚のなかからカップを取り出してコーヒーを入れてカップと椅子を持って俺と春さんの隣に座った。


「それにしても白工か。俺の母校じゃないか。」


 薫さんは何かを思い出すようにカップに入っているコーヒーを飲んだ。


「確か薫さんは部活で全国大会にも出たことがあるんだったよね?」


「おう、自転車競技部でな!あのときはずっとの練習でほとんど家にいなかったよ。」


 確かに俺が中一の時ぐらいに良く遊びに来ていたがいつも春さんしかおらず薫さんは出かけていることが多かった。


「あの時はホントにロードバイクもとい自転車一筋だったからな。俺も姉ちゃんも。」


 そう、俺が中一の時はまだ春さんの下半身は今の状態ではなかった。普通に運動をしていて薫さんと同じくロードバイクと言うものに乗っていた。


「……そうだ。悟は高校で部活はやらないのか?」


 ふと、そんな事を薫さんは呟いた。

 しかし、それに俺は直ぐには反応を返せなかった。いや、返せなかったと言うよりも部活に入るなんて考えもしていなかった。そもそも、自転車競技部に興味を持ったのは薫さんや春さんがやっていたからで別に入りたいなんて考えてもいなかった。


「……あ、あ~と。特に入る予定はないかな。」


 苦笑いをうかべてそう俺は答えた。

 しかしその答えに直ぐ様反応が返ってきた。


「どうせなら自転車競技部に入ってみたら?」


 反応を返してきたのは春さんだった。

 春さんから自転車競技部に入ればと言われるとは予想もしていなかったので以外だった。

 だって……春さんの足を奪ったのはその自転車競技なのだから。

 春さんは昔、自転車競技の競輪と言うものをやっていた。そしてその競輪の練習中に他の選手とぶつかって転がり、その事が原因で過半心不全になった。多分だが、そのときは時速50キロ以上は越えていたと思う。


「いや何でよりにもよってその競技なんだよ。それは……だって」


「私の足を奪った競技だろ。とか言う気かしら?」


 俺が言おうとしたことは全くもってその通りであった。春さんの足を奪った競技を俺がやるのはおかしいとそう思っていた。

 だけど春さんは「はぁ」とため息をつきあきれた表情をした。


「ねぇ、私が自転車競技もとい自転車を嫌いになったと思う?」


 春さんは真剣は眼差しで俺の方を見て質問をしてきた。

 しかし、その質問は答えるまでもない。そう言いきれるほどに答えはすでに出ている。


「……いや、思わないよ。」


「何故?」


 だって、春さんはいつも自転車の話になる笑って話しているから。心底楽しそうに、そして寂しそうに。きっとそれは恨みとか妬むとかそんなんじゃない、ただ単純に春さんは自転車に乗れないことが悲しくそして自転車を好きなんだと同時に思えてしまう。だからこそ……


「春さんには自転車が必要だと思うからかな。」


 そう答えると春さんは笑いながら「ええ」と言い頷いた。それは、悲しいような寂しいようなそれでいて嬉しいようなそんな表情をしていた。


「で、さっきの質問を返すけど、自転車競技部には入らないの?」


 正直言って入る気はない。別に春さんに遠慮しているわけではないし、特別やりたいわけでもない。

 しかしだ、先ほどからやたら二人の視線が痛い。


「……それはもしかして入れと、言ってるんですかね?」


 二人はその言葉を聞くと直ぐ様「うん!」と元気良くそして勢い良く頭を縦にふった。それはまぁ綺麗に息があっていて流石は兄妹と思ってしまった。


「いや、でも。バイトもしなきゃだし、定時制だから。」


 そう、定時制と言えば働きながら行くと言う習慣がある。それに俺も元々、定時制を受験した時点で合格したらバイトをしながら学校に通うつもりだった。


「…………」


 しかしこれの回答に対して春さんと薫さんがとった行動はなんと……無言の圧力だった。

 いや、無言の圧力が一番困るんですけど。と、言うか薫さんに圧力かけられるともっの凄く恐いんですけど。


「いや、だから」


「………………………………………」


「あのですね」


「…………………」


 ダメだこれ!なに言おうとしても無言の圧力で返ってくる!しかも段々と近づいてきてるし、特に春さんが。


「ねぇ、悟くん?」


「は、はい!」


 春さんの纏うよく分からないが凄い空気に俺は圧倒されて少しビビってしまった。


「自転車競技部に入ってね!」


 そして春さんが放ったのはまさかの「入らないの?」と言う疑問系から「入ってね!」の拒否権のないごり押しだった。いや、マジでごり押し過ぎやしませんかね。

 これってもう入れって言われてるのと変わらないし、いやもう入らないといけない空気になってるんですけど。


「………薫さん助けてください」


 最後の賭けに俺はでた。先ほどまで春さんと一緒に迫っていた薫さんだが、春さんとは違いごり押しはしてこない。だから、薫さんに助けを求めれば助けてくれるはず。

 と、思い言葉をかけながら薫さんの方を向くと薫さんに肩を捕まれ次の言葉が返ってきた。


「入れ。」


 う~ん、このごり押しっプリ流石は兄妹だ。

 何の迷いもない言葉に俺はそんなことを思ってしまった。


「わ、わかったよ。少し考えては見るよ。」


 うん、考えては見るとは言った、しかし入ると言っていないけどね!

 しかし、そんな事を春さんがわからないはずもなく直ぐにこんな言葉が返ってきた。


「うん、入ってね!」


 もう一度だけ言おう。このごり押し感はダメだな!うん!なんて思いながら俺は春さんと薫さんと一緒に開店時間まで談笑していた。

 しかし、帰る際にもう一度「考えるじゃなくて入ってね!」と念を押されて言われてしまった。


「……しょうがない、前向きに考えてみようなか。」


 うん、前向きに考えてみよう!春さん達を説得することをね!

 そんな事を考えながら俺は帰路についた。

 しかし橋本サイクルから帰路につくさい、歩きながら一枚の紙に目を通していた。その紙は先ほど春さんにもらった一枚の紙だった。


「なんちゅうもん俺に渡してくんだよ。」


 それはバイト募集中と書かれた紙だった。

 いや、確かに前からバイトを募集すると言う旨を伝えられてはいたが。


「それでも露骨すぎるでしょ?」


 確かに春さんが過半心不全のために手伝えることが少なく仕事量に対して人が間に合ってないのはわかる。

 しかも、薫さんと薫さん達のお父さんが二人だけでほとんどの仕事をこなしていて忙しいときに人手が足りない際に何度か、かり出されていたので仕事内容は知っている。

 そう思うと、バイトとして見るのなら俺が働くのがベストなのだろう。俺からしてもわかる作業をした方が楽だし、天職とも言えるかもしれない。


「うん、今考えるのはやめよう。」


 だって……あそこで仕事なんてしようものなら絶対今日のことごり押ししてくるに決まってるし。


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