あの夏を僕は忘れない

フクロウ

第1話

 桜が咲き始めた三月の終わり俺はとある高校の教室にいた。


「え~と、宮下悟みやしたさとるくんで合ってるかな?」


 中年のメガネをかけた男が手に持っている資料を見ながら質問を此方に投げ掛けてきた。


 現在俺は群馬県にある白沼工業高等学校に来ていた。


「はい、そうです。」


 悟が返事をすると男はその資料を此方に向け渡してきた。

 悟はそれを受け取り中身を出して確認した。


「宮下君、合格おめでとう。それは入学手続きに必要な書類が入ってるから親御さんにちゃんと渡してね。」


 男は優しい声で書類の説明を始めた。

 説明は五分ほどで終わりその日は資料を渡され俺はそのまま帰宅した。


「…ただいま。」


「おっ帰り!!!!」


 俺が発した声に直ぐ様反応が返ってきた。

 反応を返してきた方を見るとそこには一人の女性が立っていた。少女はエプロンを着ていて片方の手にはさえばしを持っていた。


「何か焦げた臭いがするんですけど。」


「あ、やっば!お兄ちゃんはさっさと自分の部屋で鞄おいて直ぐにリビングに来てね!もう夕御飯になるから!」


 そう言って少女は先ほど出てきた部屋に急いで入っていった。

 俺は自分の部屋に入り電気をつけて鞄を置き鞄の中から学校の資料を取り出して部屋の電気を消してリビングの方に向かって歩き始めた。


「……で、お兄ちゃん?さっきから学校のパンフレット見たいのをずっと見てるけどどうしたの?」


 夕御飯を終えたあとリビングのテレビの前にあるソファーに座り込み学校の資料に目を通していると妹の恵香けいかが話しかけてきた。


「ん、いやさ~?定時制にも部活なんてあるんだなと思ってさ。」


 資料の端の方に書いてある四行くらいの欄にいくつかの部活名が書いてありそれを恵香の方に向けて指を指し見せた。

 恵香はそれを受けとると「ふーん」と言ってあまり興味がないような表情をした。


「ま、お兄ちゃんがあまり落ち込んでないようで良かったよ。」


 恵香は資料を閉じて此方を見てため息をついた。

 ため息を疲れるようなことをした覚えはないのだが、恵香は少し心配そうに言葉を続けた。


「お兄ちゃん。全日制の高校を落ちて相当落ち込んでいたようだったからさ、今日の様子を見て少し安心したよ。」


 恵香の言葉を聞いて自分自身も少しだが安心をしていた。

 私立はお金がないため受けられず、全日制は自分の勉強不足で落ちてしまった。正直落ちたときは不安しかなかったのだが今日の教師の様子を見て何故だか少し安心してしまった。


「悪いな、心配かけちまって。」


「いえいえ、妹ですから。」


 恵香は笑いながら首を横に降った。

 正直、何かと恵香には助けられているな。定時制のことを調べたのは恵香の提案が理由だしな。


「ありがとよ、妹よ。」


「ま、頑張ってよね。お兄ちゃん!」


 恵香はそう言うと立ち上がり台所に向かって歩き始めた。

 しかし、途中で足を止めて俺の方に向き直った。


「あ、そうだった。お兄ちゃん、お母さん達からなんだけど明日の夜には帰ってくるってさ!」


 それだけ言うと恵香は自分の部屋に戻っていった。いつも思うが、恵香は中学生なのに随分としっかりしている。親が良く出張や遅番が多いためもあるのだろうが。


「……俺がなにもできないのも原因の一つなんだろうな。」


 昔から妹の方が家事が得意で良く母の手伝いをしていたため俺は何も家事を手伝わず、今となっては何もできない、ダメお兄ちゃんをしているのである。


「……はぁ、俺も少し頑張るかな。」


 そう呟き俺も立ち上がり、自分の部屋に資料を持ち戻った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る