隆文は、何度来ても変わらない緊張で指を真っ直ぐに立てて、玄関のチャイムを押した。

 中から、少し気の抜ける高い音が鳴り、家人に来客を知らせたのが扉を隔てたここにも伝わる。

 そこで、ほ、と溜まった息を吐きだすのも、毎回のことだった。

 丹藤家は、至って平凡な戸建ての一軒家である。借家でなく持ち家ということで、丹藤家が裕福だと分かるが、この田舎であれば一般の範疇だろう。

 やがて、玄関の扉が内側から開かれる。

「いらっしゃい、隆文君。さ、上がって上がって」

 気さくに隆文を迎え入れてくれたのは、妙乃ではなく、彼女の母の方だった。

 妙乃では、来客が他の人物、それこそ宅急便などであった場合に応対ができないので、基本的には玄関を開ける役には回らない。

「では、お邪魔します」

 それにしても、妙乃の母も、いつ見てもあんなに年を重ねた娘がいると思えない程に若々しい見た目をしていると、隆文は内心で舌を巻いた。

 妙乃に武術を教えたのはこの母親だと聞いているので、鍛錬や呼吸法が普通とは違うのだろうかと、隆文は思案する。

 そうすると、妙乃はいつまでも若々しく、自分はその隣で見る見る年老いていくことになってしまう。

 アンチエイジングについて、真面目に考えなければならないだろうかと、隆文は少し気が早い心配をしてしまっていた。

 その悩ましい顔を妙乃の母に見られて、くすりと笑われているのにも気づかずに。

 妙乃は、リビングに入ってきたそんな二人の様子に、首を傾げてしまっていた。

「あ、いえ、なんでもないですよ」

 隆文が取り留めもないこと考えていたと伝えると、妙乃はその瞳で、そうなの、と伝えてきた。

 最近は、くるくると変わる表情や眼差しで、隆文にも妙乃の気持ちや言いたいことがだいぶ分かるようになってきた。

「目と目で語る二人~♪」

 そして、音程を付けて、そんな二人を妙乃の母がからかって、隆文ばかりがバツが悪そうに苦笑いするところまで、いつもの流れだ。

「とりあえず、座りなさいな。お茶もすぐに出るから」

 妙乃の母は、とてもサバサバした人だと隆文は認識していた。

 だから彼も二、三度目の訪問辺りから過度に気を遣うのを止めて、この家で適度にくつろいでいられるようになっている。

 妙乃と向き合ってソファに座り、言葉を交わさずに、視線を交わす。

 それが二人にとって、当たり前の触れ合いだった。

 妙乃の母もそれを邪魔するつもりはなく、隆文のプロフィールや心情についても、初対面の時に三時間かけて根掘り葉掘り聞き出していたので、お茶とクッキーだけをテーブルにおいて家事に戻っていった。

 時折、どちらかがクッキーを摘み、ティーカップを鳴らす、それ以外の音はしない静かなお見合いだった。

 それでも、二人に、いや妙乃に動作がない訳ではない。

 彼女はテーブルの上や、膝の上にいるなにかをくすぐり、指で撫でるような仕草を見せる。

 隆文にはかなり目を凝らさないとはっきりと見えないが、そこには未言巫女がいる。

 恐らくは、いつも通りに、こいもるや永久会とわえだろう。

 彼女たちがここにいても、隆文は心穏やかでいられた。何故なら、その気持ちは隆文からも溢れるものであるのと自覚しているからだ。

 二人して、同じ気持ちを抱いている。未言巫女たちは、それを証明してくれている。

 少なからず懸念に思うのは、妙乃といると、彼女に出会う前にはほとんど会わなくなっていた未言巫女たちが、日常的に姿を現していることだ。

 恋積もるも永久会も、超常現象を起こすような未言ではないから安心して放置していられるが、未言はそんなものばかりではない。

 けれど、と、隆文は未言巫女たちへ向けて下を向いていた視線を上げ、妙乃を見つめる。

 妙乃もその視線の移動に即座に気づき、にこりと微笑みを隆文に向けた。

 彼女が共にいてくれれば、なにも恐れることはないと、根拠こそないが、隆文は強くそう感じていた。

「あ、そうだ。妙乃、ちょっとお遣い行ってくれる?」

 唐突に、母親からそんなお願いをされて、妙乃はそれまでの穏やかな雰囲気が嘘だったかのように飛び跳ね、自分を指さして驚愕の表情を作る。

「そう、あなた。はい、これ。お願いね」

 嫌がり、拒絶の気持ちを前面に出す妙乃の抗議も、言葉に出されないからと無視して、妙乃の母は一枚のメモを妙乃に握らせ、上着を着せて、背中を押し、靴を履かせて玄関から追い出した。

 余りの展開の速さに、隆文は唖然とするばかりだ。強引なところは、親子して変わらないらしい。むしろ、遺伝というべきか。

「さてと、隆文君、ごめんね。ちょっと話しておきたいことがあってさ」

 さらりとそれだけで、目の前で起こした喜劇の弁解をして、妙乃の母は隆文を促してリビングに戻し、ソファにまた腰掛けさせた。そして自分もカップを持ってきて、妙乃が座っていた位置に納まる。

「話、とは?」

「うん、あのね。もし妙乃と本気で一生一緒にしてくれる気があるなら、早いとこご両親に紹介してあげてね?」

「はぁ!?」

 前置きもなく直接表現で告げられた言葉に、隆文は脳みそが理解するより早く声を上げた。

 そんな相手の動揺も気にせず、妙乃の母は話を進める。

「ほら、あの子って好きなものへまっしぐらな性格じゃない。だから、無意味に焦らすと暴走しそうで、こわくって」

 その性格は確実にあなたの影響です、というツッコミを隆文は紅茶と一緒に飲み込んだ。

 言っていることはわかる、そして隆文自身、そのことを考えていない訳でもなかった。具体的な時期は見当を付けていなかったが、それを見越して発破をかけられているのだろう。

「ま、おばさんの独り言よ。あと、あの子の父親にも、近いうちに会ってあげてね」

「そういえば、妙乃さんのお父さんは見かけませんね?」

「ええ、この半年アイルランドに行ってるから。来週には帰ってくるそうだけど」

 仕事で海外に行くとは、妙乃の父親は相当忙しいらしい。それも東京でなくこんな地方都市で暮らしていてそんな生活とは、隆文には容易に想像できない。

 それでも、覚悟は早く決めないと感じた。

 隆文は、今夜にも東京にいる両親に電話をして、話をするべきかと、今後の予定を組み立てるのだった。

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