防寒完備な妙乃が玄関から跳ねて雪を踏みしめて、その後からこちらもファーコートをしっかり着込んだ隆文がゆっくりと出て来て、扉を閉める。

 隆文が施錠している間に、妙乃は雪の上を器用にくるくる回りながら、空を見上げた。

 雪がちらつき、月が冴えている。欠けていく月の真白い光は、積もる雪に降り注いで、その結晶で磨かれてさらに純白となって跳ねてまた夜の中へと返り、夜空にはらはらと流れる六花を美しく煌めかせる。

 良い雪月夜ゆきづくよだ。

 隆文は、ゆきむ空気を吸い込んで、身震いする。雲がもっと厚ければまた寒さも違うが、雪を降らせる雲は、東からゆるゆると昇る居待ち月を魅せるくらいに隙間を作っている。その雲の切れ目から、放射冷却は遺憾なく発揮されているのだろう。

「妙乃さん、遊んでいたら凍えますよ。ほら、帰りましょう」

 この田舎で、しかも雪のちらつく夜にうろつく不審者などいやしないが、隆文だって恋人と一緒にいる時間は少しでも長くしたいのだ。彼女を家の近くまで送るのはお約束になっていた。

 妙乃は、美しい月と雪の清らかな景色を惜しみながらも、大切な人が風邪を引いてもいけないと思ったのか、素直に帰り道に着いた。

 妙乃は隆文の横にぴったりとくっつき、その二の腕に頬擦りをする。

「……楽しいん?」

 隆文が呆れ気味に尋ねると、妙乃はにっこりと笑って強く頷いた。

 その仕草に白い笑いと息を零しながら、隆文も空の月を見上げる。

 月の光を浴びた風花が、風星かざほしのように流されていく。

 風は頬を切るように冷たい。隆文が、妙乃のマフラーを巻き直して、彼女の顔の半分を埋もれさせて外気に触れないようにした。

 妙乃がパチパチと目を瞬かせて、お返しに隆文の顔も同じようにマフラーで埋もれさせた。

 隆文は、心がくすぐったくなって、身を捩る。

 また視線を反らして、空を見上げる。

 そして、隆文は目を見開いた。

彼の歩調が遅くなって、妙乃が首を傾げる。

 妙乃はちらっと隆文の顔を見て、その視線を追って雪の横切る月を見上げようとしたところで、隆文に手を握られた。

 隆文が妙乃の手を引いて、足を急かす。

「寒いから、はよ、帰ろ」

 隆文は、妙乃の様子も碌に見ずに、足を前へ前へと進めていく。

 妙乃だって、生まれた時からこの街に住んでいるから、年齢と同じだけ雪の上を歩いてきた。人に手を引かれて歩くくらいで転んだりはしない。

 けれど、隆文の様子に戸惑っているのは、見なくても繋いだ手から伝わってきた。

 それでも、隆文はそれを意図的に無視して、妙乃に問い詰められる前に、いつもの二人のわかつじ、妙乃の家に向かう小道が通りから生えたその場所の街灯の下まで辿り着いた。

「気ぃ付けて」

 隆文はいつもよりも強く祈りを込めて、妙乃に別れを告げる。

 妙乃は、数秒の間、隆文の目をじっと見て、瞼を一度閉じた。

 そして手袋に包まれた手をひらひらと揺らして、回れ右して家へと足を向ける。

 隆文は安心からほっと息を吐き大気に白く凍らせてから、妙乃とは逆の向きへ足を向けた。そして、適当な小道に入る。

 そして、空を見上げて、それを視界に納める。

 それは女性の姿をしていた。上も袴も真っ白にきぬびかりする巫女服を着て、懐に白木の鞘に納まった小刀を見せる。

 肌も髪もこの世のものとはとても思えない程に純白に麗しく、山茶花の赤い簪と真紅の眸だけが色付いている。

 そんな女性が、空に浮かぶ月と雪を背景に、宙に佇んで、隆文を見ていた。

 人では立てない位置に立つそれは、生き物ではない。

 妖怪の類であり、妖精に近く、精霊が見せた姿であって、言霊の顕現であり、つまりは未言巫女という名の幻想なのである。

 その未言巫女は、襟の合わせ目から白木の小刀を抜き取り、鞘に納まったままの刃の切っ先を、隆文に向けた。

 それに従って、風に弄ばれるばかりだった六花が、隆文に向かって翔ぶ。

 そのゆきひらが、隆文の頬に触れて、薄く切り裂いて血を垂らした。

「厄ネタにも程があらへん!?」

 隆文は月の光に時折煌めく瞬間にしか見えない風花から慌てて逃げる。

 その様子を見て、未言巫女はころころと楽しそうに嬉しそうに笑っている。

「調子こきおってからに」

 隆文は悪態をついて、マフラーで顔を覆う。幸い、雪は雪。厚い防寒着を徹してまで肌を傷付けられることはなかった。

 唯一肌を露出している顔を庇うだけで、身の上の脅威は退けられた。

 けれど、未言巫女は赤い瞳を納めるまぶたを細めて関心の様子を見せるだけで、意に介していないらしい。

「雪の未言……数が多すぎるわ」

 この会津で育ち、その雪景色を心象風景に持っていた未言屋店主だから、雪にちなんだ未言は多い。

 そして隆文は経験から、間違えた未言を口にすれば、未言巫女は逆上して脅威が激化するのを知っていた。

 頭の中で、未言の知識を引っ掻き回して、空に浮いて月のように光る未言巫女の正体を懸命に考え抜く。

 ゆき。違うと断定する。切り雪は、身を切るように凍える吹雪である。こんな僅かな雪の散るだけでは、吹雪とは言えない。

 雪月夜。否定する。この刃物のような雪の鋭さを説明できない。雪月夜は攻撃的なニュアンスを持たない未言であるから、未言巫女が小刀という凶器を持っていることも不自然だ。

 ゆきかる。近い気はするが、ピンと来ない。それに、あの未言巫女を見ても、隆文は雪惹かれる時に独特の浮遊感を得なかった。

 それから、それから。

 隆文はもっと考えようとするのに、寒さと焦りで、思考が空回りする。考えてもいないのに、考えている風を装って、脳の負荷ばかりが頭を疲れさせる。

 これはいけないと、隆文はまぶたを閉じて、深く息を吸い込む。雪の澄む冷たい空気が肺から心臓を冷やしてくれたようで、血液が冴えたようにも思える。

 そして、妙乃が寄りかかってきたような、心地いい重さを錯覚した。

 目を瞑ったまま、隆文は苦笑する。彼女が思い描く美しくて優しい未言を守るために、ここは頑張らなくてはならないと感じた。

 そして、まぶたを上げると、隆文は自分の肩から、だらりと細い腕が垂れているのを見た。

「え?」

 隆文が疑問を口から漏らすと、その白い手はひらひらと振ってから、一度両手とも引っ込められた。

 そして、今度は脇の下から、メモ帳と万年筆をそれぞれの手が携えて、また現れた。

『お空のあの子って、だれなのです』

 隆文はすっかり見慣れたその文字をまじまじと見つめて、ゆっくりと背中を振り返った。

「妙乃、さん? なにをしていらっしゃいます?」

 妙乃はくりくりと瞳を丸くして、首を傾げた。それはもう、何かおかしなところでもあるの、という感じの表情だ。

「なにしてはるの!? 危のうから、早う帰りっ!」

 やっと事態を飲み込めた隆文が、妙乃の身を案じて叫ぶ。

 兎も角、妙乃の頭を抱えて、間違っても風に乗って身にまとわりつくこの雪の刃が、妙乃の顔を傷つけないようにする。

 ぎゅっと強く彼女を抱き締めながら、隆文は空の未言巫女の様子を伺った。

 空に浮かぶ言霊は、形のいい顎に拳を当てて、物思いに耽っている。

 それも束の間。すぐに未言巫女はこくりと厳かに頷き、手にした小刀を鞘から抜き放つ。

 白銀の刃が空へ向けられた。

 ぴたりと風が止み、雲が千切れて、居待ち月が清けき姿を顕わにする。

 その月が、蝕のように欠けていき、その欠けた光が雪になって煌めいて、二人へと降ってくる。

 空を降りる間に、氷山が崩れるように、流れ星が砕けるように、欠け落ちた月代の雪はさらにさらに細かく散り散りになり、粉雪となって、お菓子を化粧するパウダーシュガーのように、けれどその細やかさからは想像も出来ない鋭さで、二人を襲う。

 いや、その月の雪が襲うのは、隆文だけだ。彼は月の異常を見るや否や、マフラーをほどいて妙乃の髪ごと頭を包んで守ったのだ。

 当然、首から上を露出することになった隆文は、鮮血を滴らせる。

 やがて、月の身欠けは止まり、雪の猛威も沈静化する。

 雪の刃と冷気に晒された隆文は息も絶え絶えで、今にも心臓まで凍えてしまいそうだった。流れる血も、乾いた寒さに固まり、肌にこびりついている。幸いにして、出血は少なく、それ自体には命に別状はないだろう。

 それでも、妙乃は隆文の腕からほどかれて、泣きそうな目で彼の顔を、傷を見つめ、手袋を取って直に彼の血に触れる。

 その冷たさに、妙乃はきゅっと目淵まぶちを絞って、手のひらから温もりを隆文に伝えようと、頬を包んだ。

 それでも、隆文の意識が焦点を結ばないのを見て、唇を結ぶ。

 彼女は、一本の万年筆を取り出した。桜貝の螺鈿が入ったそれは見るからに逸品であった。

 そのキャップを外し、妙乃はそのペン先を唇に添えた。緋色のインクが、彼女の口紅となる。

 そして彼女はためらいもなく、当たり前のように、何度もやってみせたことがあるかのように、隆文の口にその緋色と自分の吐息を、そっと押し当てた。

 隆文の心臓が、びくりと跳ねる。そこから熱が迸る。

 とろりと、彼の頬を血が伝って、目は大きく開かれた。

 何よりも驚愕が先んじて隆文の脳を支配して、彼は妙乃の肩を掴み、慌てて身を離した。

「な、ななな、なにをしとるん!?」

 問い詰められた妙乃は、きょとんとして、艶やかな唇を動かす。

 真横に細く開き、そしてすぐにすぼめて突き出す。

 つまりは、キス、と唇の動きだけで伝えてくる。

 そんな分かり切った答えが、隆文の精神にもう一重のダメージを与えて撃沈させた。

 頭に岩でも乗せたかのように沈んでいく隆文を、妙乃は万年筆で叩いて、呼びつける。

『それで、あの子は未言巫女なんですか』

 秋桜の彩血で書かれた質問が、隆文に突き付けられた。

 ここまで来て、素知らぬ顔ができるほど、隆文は厚顔ではなく、深く後悔を顔に出して肯定した。

「そうや。あれは未言巫女……の、成れの果てゆうか、そんなん。誰にも見つけられへん寂しさに耐えられんくなって、うちを見てぇ、て、自己主張してん」

 妙乃はその説明に、ああ、と納得したようだ。未言屋店主の書いた作品にも、そんな事件が幾つか書かれていたので、全くの初耳という訳でもない。

 しかし、こんなとんでもない説明をさらりと受け入れてしまう辺り、隆文は不安なような、そのままでいてほしいような、微妙な気持ちになる。

「そんで、ああなった未言は、どの未言なんか当てて、それから未言の作品を伝えたると、落ち着くんよ」

 続く隆文の述懐に、妙乃はぽんと手を叩いた。

『例えば、未言屋店主さんの作品を朗読したり』

 妙乃に図星を付かれて、隆文はそっぽを向いた。

 しかし、まぁ、あそこまで普段からは『らしくない』行動をしていたのだから、不審がられても不思議ではない。

『雪の未言なのか、月の未言なのか、そこが問題ですね』

 妙乃は、打ちひしがれる隆文を無視して話を進める。

 そして、隆文はその彼女の疑問に、目が覚める思いがした。

 雪ばかりを脳内検索のワードにしていたが、確かにあの未言巫女は、月にまで影響を与えている。

 雪でありながら、月に関わる、もしくはその逆である未言。

 ここまで検索が絞れたのなら、答えは自ずと見つかる。

「雪、月が欠けたような、そうや。こぼつきやな!」

 自分の名をやっと呼ばれて、未言巫女は呆れたような顔に、喜びをにじませた。

ずっと誰にも見向きもされない、まるで路傍の石のように無意味な存在、そんなふうに扱われていれば、名前を呼ばれただけでも嬉しくなるのは、当たり前のことだ。

 けれど、愛されたいという願いは、それだけでは満たされない。

 もっと深くまで知ってほしいと希ってしまう。

 もう未繋みづなしい孤独の中で凍えそうな想いで震えるのは、誰だって嫌なのだ。

 だから、毀れ月の未言巫女は、自分の存在を誇示して目を離せないようにするために、また夜闇の中で光る月の欠片にも見紛う雪を降らせた。

 その名の通りに、雪片を刃毀れして落ちた鋼に変えて、傷の痛みと血の色で、自分の存在を人の記憶に刻み付け染み付かせたいと、そんな本能的な祈りのままに。

 その姿は痛ましく、その表情は今にも泣きそうで、その想いは懸命だった。

 だから、隆文も妙乃も、切なさを感じる。子供が泣いて親を求めるように、泣きじゃくり泣きわめき泣き続けるしかできない未言巫女という命を哀しみ、悲しみ、だからこそ愛しみ慈しいと、心底想った。

 それなのに、と隆文は顔を曇らせる。

「毀れ月……よりにもよって、未言屋店主でも遺してる作品が少ない未言やんかぁ」

 未言にも、人気があるものないもの、よく使われるものそうでないものがある。

 中には、未言屋店主が無責任にも、一つも作品を創作せず、未言だけがぽんと存在するものだっている。

 隆文が未言巫女を満足させて暴走を止められるのは、その朗読だけだ。そして朗読には、読み聞かせる作品がなくてはならない。

 毀れ月の表現された作品は、この場で出て来ないくらいに少なく、他の未言に埋もれていた。

 困り果てて、ただただ毀れ月の未言巫女を睨むように見つめているしかいなかった隆文の上着の袖を、妙乃が引っ張った。

 隆文が腕の中の彼女を見ると、彼女はメモ帳の一ページを見せる。

『心を込めて、呼んであげたらどうです』

 月夜の文字を見せる妙乃は、あっと気付いて、メモ帳を手元に戻し、もう一言付け加える。

『彼女たちが、さみしがっているなら』

 隆文は、まじまじと妙乃の真剣な眼差しを見つめる。彼女は、もう、未言巫女たちが抱く苦悩を理解していた。

 或いは、長年彼女たちの巻き起こす事件に相対してきた隆文以上に、その心境に共感しているのかもしれなかった。

 妙乃は続いて、メモ帳のページを一枚破って、隆文の手に差し出した。

 月代の柔らかく繊細な文字で綴られていたのは、未言字引に載っていたままの、毀れ月の意味だ。

「読んだ未言の意味、全部覚えてはるの?」

 言わずにはいられなかった隆文の疑問に、言葉を発せられない妙乃は、まるで肯定するように、さながら否定して誤魔化すように、にっこりとするだけ。

 隆文は強く頷き、彼女から託された祈りを実現させると誓って、立ち上がる。

 辺りは暗く、街灯もその場には遠く、明かりは身欠けた居待ち月が零すものだけであった。

 それなのに隆文には、手元の切れ端に綴られた文字が、くっきりと自ら光って見えた。

 深く息を吸い、雪の澄む空気で肺を清め、声を作り上げる。

 朗々と、宣誓するように、力強くはきと言葉を一つずつ丁寧に声にしていく。

「毀れ月。

 暗闇の中で光りながら降るように見える雪」

 ここまでが、毀れ月の意味の原型であり、根幹にして、定義である。普通の辞書であれば、ここで次の項目に移るだろう。

 けれど、毀れ月が積もって、スレイベルみたくシャンシャンとなる世界で、隆文は息継ぎをした。

「真白く神秘的な雪は、月代が毀れた欠片なのかもしれません」

 未言屋店主は時折というにはさらに高い頻度で、それなのに全てではなく詩心のままに選りすぐって、このような詩片を未言の意味そのものに付け加える。

 そして、毀れ月には、まだ続く意味が、その言霊の内に秘めた詩情があった。

 毀れ月の未言巫女が期待のままに、らして泣き尽きたのかと思わせる赤い目を、まるまると見開いて、隆文を凝視する。

「毀れ月の降り注ぐ中で、凛とした青女が佇み、その髪に山茶花の簪の赤く映えて、まさしく雪月花の季、一念に納まれり」

 雪月花時最憶君。かの白居易が漢詩に詠んだ一節である。

 雪月花の時、その季節の折々、いづれでも強く君のことを思い出す。そう遠くの地にいる友へ送った友愛の絆を詠み上げた詩である。永遠に君を、いつでも君を忘れることはないという、心の繋がりを伝えた言葉だ。

 未言屋店主が、とある三語の未言にそれぞれ、この雪月花の意を託している。或いは彼女が託したのは、平安時代に藤原定子が抱いた最愛の主君への無上にして普遍で不変な愛情であっただろうけども。

 雪月花の季、一念に納まれり。四季折々、全ての季と時とが、ただこの刹那よりも短き一瞬のうちに、たった一つの想いの元に、納められて永遠となる。それは、誓いであり、願いであり、祈りであった。それを意味として注がれた未言の一つが、毀れ月であった。

 毀れ月の未言巫女が、ほんのりと表情を和らげて、小刀を持つ手をだらりと下げた。

 もう十分かと、そんな雰囲気が彼女から漂う。

 それを、隆文は最後の一言を以て、打ち破らんとする。

「未言字引第一期より」

 高らかに引用を宣言した。

 その締結に、毀れ月の未言巫女は、目を見開き、やがて、つつ、と赤い目泉みずみから雫を零した。

 零れ月とも記される彼女なのだから、零れた涙がそのまま六花と散っていくのは、摂理なのだろう。

 そして、彼女自身が毀れて風に散ってしまうのも。

「私は、一度意味が変わった。どちらも私の意味だった」

 雪が零れるみたいな、降ったのも気のせいかと疑ってしまいそうな、消え入る声が隆文の鼓膜を打った。

「私の全てを、知っていてくれるのね、貴方達が」

 妙乃が隆文の腕に身を寄せて温もりを共にした。

 隆文はそれを当たり前に受け入れて見向きもせず、毀れ月と欠けて散りゆく未言巫女の姿を、最期まで見つめている。

「そんなに嬉しいことって、ないわ」

 毀れ月の未言巫女は、胸を満たして溢れる嬉し涙をきらきらと風花に変えて、毀れて欠けて月代と雪の光が普いている夜に消えてしまった。

 いや。

 妙乃が手を広げて持ち上げ、毀れ月の一片を手杯てつきに受け止めた。

 手袋の上で人の体温を伝えられないそれは、綺麗な結晶のまま、彼女の手のひらに留まった。

 隆文が、妙乃の手のひらの横に、自分の手のひらを並べる。そこにもまた、毀れ月が降りくる。

 言葉は耳を打つ大気の震えがなくなって消えても、心に残り、また季が来れば蘇る。

 毀れ月は確かに、この二人の想いに宿ったのだ。

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