隆文は、元の折り目通りに手紙を折り、封筒に戻した。

 これは以前に眠毬について教えた女性から、今日の午前に手渡しされたものだ。

 それを昼休憩の今になって開き、読み終えたところである。隆文は、手書きの細く教科書のように正確で精密な文字が孔雀のインクで綴られた手紙を、通勤で使っている鞄の中へと仕舞った。

「あいらしや、初秋柔き黄昏にねむまりなりぬ、稚児とふようは」

 隆文は、貰った手紙に書かれていた短歌を、するすると諳んじてみせた。

 遠くを見るように視線を宙に投げて、記憶に齟齬がないか、よくよく思考するが、何度思い返しても、未言の入った古語の短歌を詠む人物は、一人しか思い当たらない。

「未言屋店主の短歌でしょうね。お婆さんに聞いたものと全く同じですし。あんな何十年も前の短歌をSNSに流す人がいるのですか」

 時代を経ても評価されるなんてすごいなと隆文は感心する。或いは、時代を経てやっと評価されたのかもしれないが。

 それでも偶然は、二人の関心によって繋がり、ここに意味を成している。

「彼女、未言を好きになってくれるかもしれませんね」

 祖母から未言を聞くのが、小さい頃の隆文の楽しみだった。あの頃の胸の高まりは、まだ隆文の生命に、神秘だとか、幻想だとか、夢や希望などと表現すべきものを涌き出させている。

 だから、隆文は思う。

 未言屋店主から祖母へ伝えられて、祖母から自分へと繋がった、この未だ言にあらざるを、彼女へ教えて興味を持ってもらえたなら。

 自分も未来へ未言を伝えるかぜの中継ぎとなろうと。

 隆文は、家の本棚を思い浮かべた。そして、その何処に未言の本があったのか全然思い出せなくて、苦笑した。

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