招集
アリスは、フィアの服の裾を掴んで言った。
「オリジン・アリスとハートの女王様が会話してますわ」
危険があってはいけないと、オリジン・アリスは体を小さくして連れてきていた。彼女は今、テーブルの上に立ち、彼女と目線が合うよう屈んだハートの女王と会話している。
「アリス。あなたは先に、物語の始まりの場所に待機していて頂戴。すべてがもと、収まるべきところに収まったなら、使いの者を送ります。その時は、物語を開始しなさい。使いの者が来ず、物語が火の海に包まれたなら……、分かりますね」
「もちろん、分かります。ここから物語の始まりの場所までは、そう遠くはありません。体の大きさを調整する薬も持ってますから、大丈夫です。ありがとう皆さん。それじゃあ、ここから別行動をとります。どうか、ご無事で」
オリジン・アリスは言って、元きた道を引き返そうとする。その中で、ティアシオンに彼女は声をかけた。
「お菓子作りの見習いさん、あなたが作った体の大きさを調整するクッキー、とってもおいしかったわ。今まで用意された薬の入った食べ物のどれよりも、ね」
その言葉を聞いて、ティアシオンは黙って頭を下げた。それを見届けて、オリジン・アリスは踊るような足取りで去っていく。
ハートの女王が言った。
「私たちが脱出する予定であることを、城の者に伝えられる手段はないのかい」
するとトゥルーが通信機越しに言った。
『……白の女王側は、クレールに情報を回す。ただ、白の女王が入れ替わっていることを知らない者も大勢いる。だからあくまで今の白の女王に不満がある者、白の女王が入れ替わったことを知っているとクレールが把握している者に伝えるよう、指示しておく。フィア、ヘルツに連絡を取ってハートの女王側に情報を伝達するよう頼んでくれ」
「分かりました」
フィアが答えると、ハートの女王が驚いたように言う。
「ヘルツ、あの子、まだこちら側にいたの? もうとっくに白の女王側についたものだと思っていたわ」
「彼が主と慕うのは、たった1人でしてよ」
白の女王が微笑んで言った。それが誰なのか女王が尋ねるより先に、白の女王は言った。
「それでは、出発しましょうか。物語修正師候補生が作りだした、物語の終焉を見届けるために」
♢♦♢♦♢♦♢
フィアから情報を受け取ったヘルツは、ハートの女王の城にいた。彼はすぐさま王座の間に向かった。
王座の間には、ローゼオがふんぞり返って座っている。しかし彼女には目もくれず、彼は玉座の間の隅の書き物机で何やら書類作成をしている人物に声をかけた。
「王様、ハートの女王が無事白の女王の拘束を逃れました」
それを聞き、王とは思えないような小間使いの服装をしていたハートの女王の夫である、ハートの王が嬉しそうに言った。
「そうか、ついに物語修正師候補生がやってくれたか。お前も、ご苦労だったな。お前がいなければ、情報はこんなにすぐには上がってこなかっただろう」
「恐れ入ります」
ヘルツが恭しく頭を下げる。王は、ローゼオに言った。
「さあ、女王が戻ってくる。王座を返してもらおう」
「お姉さまが帰ってくるのなら、致し方ない。まぁ女王ごっこも楽しかったから、よしとするかのう」
そう言ってローゼオは玉座から立ち上がると、傍らに控えているアドルフに声をかけた。
「ご苦労だったな。本来なら女王の部下であるにも関わらず、わらわに仕えてくれたこと、感謝するぞ」
「いえそんな……。女王がお戻りになるまで、精いっぱい勤めますとも」
アドルフとしては、このまま女王が入れ替わったままで全く問題がないのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
「それでは、もう一仕事お願いするとするかの。物語をもとに戻すため、そしてハートの女王のお迎えに上がるために協力してくれる兵を集めよ」
ローゼオの言葉に、アドルフが頷く。
「ヘルツ。お前が兼ねてから集めてくれておった反乱軍の兵もまとめておけ。彼らは、あくまでローゼオに不満があった者が多い。彼らも連れて行けば心強いじゃろ」
「承知しました」
王の言葉にヘルツが頷いた。すると、ローゼオが思い出したように言った。
「ああそうだ、ヘルツよ。お前、ランベイルと連絡は取れるのか? とれるなら伝えてほしい。もうわらわに情報を上げる必要はないとな。わらわはもう女王ではない。奴にも申し訳ないことをした。物語修正師候補生の情報を得てもらうため、スパイとして送り込んだようなものだからな」
「ランベイルもわかっておるよ、それが必要だったことくらい。それに、彼はお前がそう命令したおかげで、自分の居場所を見つけたようだからな。なに、気にすることはない」
王は言うと、声高らかに宣言した。
「これより、女王の迎えそして物語を正しき形に戻すために我々は戦うぞ」
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