お茶会リターンズ

「エドワード、よく来ましたね」


 ホワイトが嬉しそうに声をかけた。エドワードの姿を見て、クレールとトゥルーは一瞬言葉を失う。エドワードは2人の傍らを通り過ぎると、ホワイトの傍らに控えた。その表情は、自信に満ちている。


「このエドワードは、2組のうちの1組の物語修正師候補生の確保に尽力し、もう1組の物語修正師候補生の確保のための罠の設置にも協力してくれました。これでもうすぐ、此度の物語修正も失敗に終わることが確定するでしょう」


「いつか吾輩の服のデザインが評価される時がくるとは思っていた。しかしまさか、白の女王から直々に声がかかるとは。至極光栄だよ」


 クレールは、ホワイトに言った。


「この者を使って、もう1組の物語修正師候補生を罠にかけたということですか?」

「そうです。これから彼女たちは、オリジンアリスを幽閉している城へと向かうはずです。そして、彼女たちは目にするでしょう。恐ろしい悪夢を」


 クレールは、いつも通り扉の近くの壁にもたれかかって腕組みをしている、トゥルーの方を振り返った。そして、白の女王の方に向き直ると言った。


「それでは、ぼくたちは用無しですね。何かご用があればまたお呼び出しください」


 そう言って、クレールはトゥルーを伴って玉座の間を出た。玉座の間を出て、長い廊下を進み曲がり角を曲がったところで、クレールは懐から別のバッジを取り出すと、トゥルーに渡しながら言った。


「後のことは、ぼくが引き受けます。あなたは、あなたが成したいことを成してきてください。……あなたが今いるべき場所は、ここではないはずです」


 クレールは、少し悲しそうな眼をしながらしかし、はっきりとした口調で言う。


「……クレール」


 トゥルーがクレールに声をかけようとするが、彼は首を振ってそれを遮る。


「ぼくとあなたの間に、言葉は必要ない。あなたのことは、ちゃんと理解しているつもりですから。ぼくもやるべきごとを片づけてきます」


 トゥルーはその言葉を聞いて、ゆっくりと頷いた。そしてクレールが差し出した通信用のバッジを受け取る。そして、さっと身を翻して急ぎ足でどこかへと向かった。その背中を見送りながら、クレールは呟いた。


「……どうか、ご無事で」


♢♦♢♦♢♦♢


 フィアがラトゥールの家に戻ってみると、皆が慌ただしく動きまわっていた。ティアシオンが戻ってきたフィアに気づき声をかける。


「あ、帰ってきたんだな。出発するぞ。急いで準備しろよ」

「え……? 出発するって、どこに?」


 フィアが首をかしげると、ティアシオンがぶっきらぼうに言う。


「オリジンアリスがいるっていう城にだよ。今から向かえば夕方までにたどり着けそうな距離らしい。さっさと向かうぞ」


 フィアは、その答えを聞いて少しうれしくなった。しかし、その時だった。空に大きな暗雲がたちこめ、大雨が降り始める。遠くの空では雷まで鳴り出す始末である。それを見て、ランベイルが顔をしかめて言った。


「ふむ、これは今日は動くなということでしょうね。出発は明日に延期しましょう。わざわざ天気の悪い日に動く必要はないでしょうから」


 仕方なく、一行は出発日を1日ずらすことにした。そんな一行の決断を知らず、寝室ではまだルクアが眠っていた。昼間に起きだしてきたルクアは、フィアから明日オリジナルアリスを救出するために、近くの城へと向かうことが決まったことを聞く。ラトゥールが事情を説明するフィアの言葉に付け足した。


「ちなみにぼくは、旅に同行しないよぉ。ごめんねぇ」

「え? そうなんですか?」


 フィアが驚いた声で言うと、ラトゥールが残念そうに言う。


「そう、ぼくは長時間この街を離れることはできないんだぁ。ぼくは物語修正師さんに生み出してもらったオリジナルの住人なんだけどぉ、ぼくの役目は、この街の守り神的な役割として街の住人を見守ることなんだぁ。だから長期間この街を離れることはできないことになってるんだよねぇ」


「それじゃあ、ルクアさんはまた、契約した住人と離ればなれになってしまうんですね」

「そういうことになるねぇ。でも、ルクアさんはしっかりしてるから大丈夫だよぉ」


 ラトゥールの言葉をルクアは上の空で聞いている。ラトゥールは、言った。


「とにかく、今日はみんなゆっくり眠るんだよぉ。明日から、忙しくなるからねぇ」


 そうして、アリス、フィア、ルクアの3人はその日、ワンダーランドに来てから数えて一番早い時間帯に寝室へと入っていった。


♢♦♢♦♢♦♢


 真夜中。月明かりが、長テーブルの上を明るく照らし出している。昼間の光と違い、テーブルの上に置かれたティーカップや菓子などが妖しい色で光を放つ。以前、三人だけのお茶会が開かれていたその場所に、今度は2人の人物たちが座っている。


 長テーブルの一番端に腰を下ろしているのは、栗色の髪に灰色の頭巾をかぶっている青年……――、ラトゥールである。彼は、眠たそうに眼をこすっていたが、隣に座っていたティアシオンからコーヒーの入ったボトルを受け取ると、慌てて中身を飲み干す。


 そこへ、さらに2人の人物がやってくる。以前ラトゥールと共にお茶会を開いていた真紅のコートに身を包んでいた青年と、金糸雀色の瞳をしたフードを被った人物だ。


 真紅のコートに身を包んでいた青年は、ラトゥール以外の客がいることに少し驚いた様子で、言った。


「おやおや? その顔、久々に見た気がするねんけど。元気にしてたか、ティアシオン」


「まぁ、それなりにな。……で、ヘルツ、お前の後ろにいるのは誰だよ? ここのお茶会はアリスに認められたヤツしか出入り禁止なの、お前も知ってるだろ」


 ティアシオンの不機嫌そうな声に、真紅の色のコートを着たヘルツと呼ばれた青年は、苦笑する。


「そのルールは、オレもよう知ってるよ。こいつは、もともとアリスに選ばれている人物や。しゃーない、正体見せてやる方がよさそうやで」


 後半の言葉は、後ろの金糸雀色の瞳の青年に向けながらヘルツは言う。すると、金糸雀色の瞳の青年は大きく溜め息をつくと、そのフードをとった。中から現れたのは、月明かりに妖しく反射する桜色の髪をした青年……――、トゥルーだった。


 正体が分かった瞬間、ティアシオンはトゥルーにとびかかろうとする。しかし、ラトゥールがその肩を強く抑えて席に押しとどめた。トゥルーはティアシオンの向かい側に腰を下ろしながら、再び大きく溜め息をつく。ヘルツは、ラトゥールの向かい側に腰を下ろした。


「……だから、正体は隠しておきたかったんだがな。お前、この状態だとわたしの話をまともに聞かないだろう?」


 トゥルーの困ったような口調に、ティアシオンが強い口調で言う。


「聞く気なんてあるわけねぇだろ。お前が来るってわかってたら、来なかったよ」

「……だろうな。しかし、これだけは聞いてほしい」


 トゥルーは、真剣な表情をする。そして金糸雀色の瞳でまっすぐティアシオンの目を見つめると、諭すような口調で言う。


「……彼女たちの身に、危険が迫ってる。事情はよく知らないが、オリジンアリスの囚われている城に向かうらしいじゃないか。今あそこに向かうのは危険すぎる。白の女王が何か企んでいた。ただでは帰れなくなるぞ」


「はん。誰がお前の言葉なんか信じるかよ。むしろ、今の言葉でオレは決めたぞ。オリジンアリスのところへ向かうのはまだ乗り気じゃなかったんだけどな、何が何でも行ってやろうじゃねぇか。大方、警備が手薄だから城に向かわせるなという女王の命令でももらってきたんだろ、そうはさせるか」


 ティアシオンの言葉に、トゥルーはヘルツの方を振り返る。すると、ヘルツは、ひどく悲しそうな声で言った。


「信じるんも信じへんのも、お前の自由やけどな。その代わり、覚悟していきや。自分のその決断に責任持つんやで。もしその決断が間違いやったのに、誰もお前のことを責めへんかったとしても、や。オレは既に、自分の決断に後悔してる」


 そうして、俯いて言葉を続ける。


「得ることは簡単やのに、失うのは一瞬や。オレと一緒に行動してた物語修正師候補生の相棒は、もうおらへん」


「お前、いつの間に物語修正師候補生と契約してたんだ!」


 ティアシオンの問いには答えず、ヘルツは自嘲気味に笑う。


「ほんま、アホよなオレ。あんないいやつそんな簡単に見つからへん、この出会いを大切にせなあかんって、何度も思っとったのに。その縁を、簡単に手放してしもた」


 そしてティアシオンを射抜くような視線で見つめると、言った。


「覚悟はできてるんやろな、お前。生半可な気持ちで、ただトゥルーに反発したいって気持ちだけで、あんないい子たちを危険に晒したら。そん時は、容赦せえへんからな」


「こいつの話なんか、信じられるか! 絶対に」


 ティアシオンはその一点張りである。それを聞いて、トゥルーはこれ以上、彼に言葉をかけるだけ無駄だと判断した。そして、首をただ横に振り続ける。


「人は誰しも、心に闇を持っているものですよ。あなたと同じようにね、ティアシオン」


 声がして、ランベイルが姿を現す。彼はティアシオンではなく、トゥルーの隣に腰を下ろした。そして身をティアシオン側に乗り出して言う。


「あなたは、トゥルーを憎んでいる。そして自分の才能のなさを憎んでいる。あなたが変わらなければ、何も変わることはない。誰かが心の扉を叩いても、あなたが門前払いを繰り返すことを知れば、誰も扉を叩いてくれなくなる。そろそろ前へ進むべきなんじゃないですか」


『お話の邪魔をしてしまって申し訳ないのだけど、そろそろ始めてもいいかしら』


 声がして、フィアたちが持っている本に宿っているのと同じ、銀髪の少女が姿を現した。その姿を見て、一行は少し驚いた表情をする。


「久々ですね、アリス。あなたがここへ姿を現したということは、よくないことが起こっているんですね」


 ランベイルが言うと、銀髪の少女は頷いた。


『そう。……この物語の本自体に、危険が迫っている。この物語修正師候補生派遣が失敗に終われば、この物語は本当に灰になってしまう。今日、急に大雨が降り始めたでしょう。あれは、現実世界の本自体に問題が発生したから、ああいった天気になったの。これから、そういったことは、何度も起きると思っていいわ。もう、あたくしたちだけでは守り切れない。なんとしてでも、今回で終わらせなければいけない。何もかも』


 銀髪の少女……――、アリスの言葉に、一行は静かに耳を傾けた。

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