ギャンブルの街の出会い
ランベイルとトゥルーが話をしていた丁度その頃。本の上に突っ伏して眠っているラトゥールのもとへ、コーヒーの入ったマグカップ2つを持ったルクアがやってくる。彼女はラトゥールの前にマグカップを置くと、ラトゥールを起こしにかかった。そして眠たそうに眼をこすりながら体を起こしたラトゥールの口に、コーヒーの入ったマグカップを押し込む。
コーヒーを飲みこんで、ラトゥールが覚醒した。
「あ、ルクアさんおかえりぃー。起こしてくれたんだねぇ、ありがとうー」
ラトゥールの言葉に、ルクアが自分のマグカップの中のコーヒーを飲みながら言う。
「どういたしまして。そういえば、本にかかってる魔術、解けそう?」
すると、ラトゥールが難しい顔をして言った。
「うーん、これを物語修正師候補生の君に相談するのは、お門違いな気はするんだけどぉ。……魔術自体は、解けるのは解けるんだぁ。……でもこれは、ぼくが解かない方がいいと思う。ちゃんと自分たちで解くことが大事で、解けた人だけがこの本の内容を知るべきだ。……だからぁ」
「自分たちで解けるようになるまでは、解かない方がいいね」
ルクアがきっぱり言った。
「ずっと、考えてはいたんだけどね。自分たちの力ではなく、他者の力を借りて魔術を解いて、本を読むことの是非に関して。……他の人がどう思うかは私には分からない。でも、その本に載っている情報が重要であればあるほど、その魔術を解けない私たちが読むべきではないと私は思う。しっかり読むことができる資格を手に入れてから読まないと、その魔術をかけた人に失礼だよね。いたずらで魔術をかけたわけじゃ、なさそうなんでしょ?」
「うん。この魔術をかけた人はぁ、きっとこの本を読む資格を持つ人だけに、読んでほしかった。だから、この本に魔術をかけたんだと思うよー」
ラトゥールがしっかりした口調で答える。それを聞いて、ルクアは満足そうに微笑むと言った。
「そっか。これで私も吹っ切れた。それなら、私たちがその魔術を打ち破れるだけ強くなればいい話だよね。やっぱりズルはよくないよね。フィアやアリスたちには、そう伝えておくよ」
ルクアの言葉にラトゥールは安心したような表情を浮かべ、ありがとうと言った。
♢♦♢♦♢♦♢
次の日の朝早く、窓から差し込む光の眩しさでフィアは目覚めた。ふと傍らを見ると、ルクアが一生懸命書き物机で作業をしている。
「ルクアさん……? まさか、徹夜……?」
フィアの問いかけに、ルクアが振り返って言った。
「あ、ごめん起こしちゃった? ああもうこんな時間か」
ルクアは疲れたような顔ではなくむしろ楽しげな表情で言うと、ベッドに飛び込む。そして布団に埋もれながら、フィアに言った。
「さすがにこのまま寝ずに行動するのは危険だから、少し寝るね。……あ、昨日伝えた話、アリスにも伝えといてもらえるかな? きっと彼女もわかってくれると思う」
ルクアは言って、気持ちよさそうにいびきをかいて寝ているアリスを振り返る。ラトゥールとの会話の後、ルクアは寝室でくつろいでいたフィアに、本の魔術は解かないことにしたと伝えた。その時点でアリスは既に寝てしまっていたため、彼女にはまだ伝えられていない。
フィアは頷いて言った。
「分かりました、伝えておきます。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう」
ルクアは言って、布団をかぶって寝てしまった。フィアはそんな彼女を微笑みながら見守り、リビングへと向かう。
リビングでは既に、ランベイルとティアシオン、ラトゥールがテーブルを囲んでいた。何やら話し合いが行われている。
「オリジンのアリスを助けに行くだぁ? オリジンアリスがどこに閉じ込められているかすら、分からないのによ」
ティアシオンの言葉に、ベンジャミンが言う。
「昨日、とある人から聞いたんすよ。ここから一番近い城の中に閉じ込められているって。でもほとんど誰もオリジンアリスさんの居場所を知らないことをいいことに、警備も手薄だって話みたいっす」
「どなたからの情報ですか? 不確かな情報で動くのは、危険すぎませんか?」
ランベイルが不審な目で、ベンジャミンを見つめる。その視線に耐え切れず、ベンジャミンは俯いて言う。
「情報源は……、言えないっす。でも、あっしは信頼のおける情報筋だと思うっす。それを証明するためなら、人肌見せるっす」
ベンジャミンの言葉に、皆は慌てて服を脱ごうとする彼を止める。椅子に無理やり戻されたベンジャミンは、言葉を続けた。
「それに今、他に向かうアテもないっすよね? 本の魔術が解ければ、本から情報を得て、向かう場所もあったかもしれないっすけど……。だったら、向かってみる価値はあると思うんす」
そこへ、遠慮がちにフィアが話へ割り込んだ。
「どこかへ向かう……んですか?」
テーブルを囲んでいた4人は、そこでフィアの存在に気付く。
「おはようございます、フィアさん。今日もお早いですね。今、朝食の準備をしますのでお待ちくださいね」
ランベイルは微笑んで席を立つ。ティアシオンは、椅子の背もたれに大きく腕を広げてもたれかかりながら言った。
「ベンジャミンが、オリジンアリス……、つまりはこの物語の主人公であるアリスを救出すべきだと言い出したんだ。場所は、この街から出てすぐの城の中。情報によると、警備も手薄らしいから、うまくいけば救出できるかもしれねぇ。けどランベイルからすると、あまり乗り気じゃねぇみたいだな。オレも、あんまり気乗りはしねぇ」
フィアは、俯いたベンジャミンを見つめる。せっかく彼が言い出した提案を無下にすることは、フィアにはできなかった。今までベンジャミンは自分でついてくると言ったとはいえ、特に一行に意見することもなく、ついてきてくれている。そんな彼が今回初めて、自分の意見を述べたのだ。これはなんとか叶えてあげたい、彼女はそう感じていた。
「私は……。ベンジャミンくんの意見に賛成です」
その言葉に、俯いていたベンジャミンが顔を上げた。ラトゥール、ティアシオンもフィアを見つめる。台所でフィアの朝食を準備していたランベイルも、手を止めてフィアを見つめた。たくさんの瞳に見つめられて、フィアも思わず俯いてしまう。すると、後ろから声がかかった。
「話を聞くための視線であれ、批判めいた視線であれ、たくさんの目で見つめられたら、言いたいことも言えなくなってしまいますわ。そういった視線が苦手な人がいることを、知るべきですわ」
フィアが振り返ると、アリスが腰に手を当てて立っていた。
「あ、アリスさん……」
「フィアさん、あなたの思うことを伝えるのですわ。人の視線は時に、とても怖いものですが、それ以上に自分の意見を伝えられることの方が重要な時もあるのですわ。後で後悔するのは、ほかならぬあなた自身なのですから」
アリスは言って、フィアを優しいまなざしで見つめた。
「大丈夫ですわ。あたしたちは友達でしょう? あなたがどんな意見を言ったとしても、それがあまりに常識はずれでなければ最後まで付き合いますわよ」
それを聞いて、フィアは大きく息を吸い込むと話し始めた。
「昨日、ルクアさんからラトゥールさんに預けた本についての話を伺いました。本の魔術を解くこと自体は可能だけれど、やはり自分たちの力で解くべきなのではないか。それを聞いてわたしも、そうするべきだと考えました。アリスさんに伝えることが事後報告になってしまって申し訳なかったんですけど、やっぱり自分たちで本の魔術は解きたいと思っています」
ここで言葉を切り、フィアはアリスを見た。アリスは頷く。
「ルクアさんとフィアさんがそれで納得しているのなら、あたしは構いませんわ。やっぱりズルは、よくありませんわよね」
アリスの言葉を聞いて、フィアは安心したようにため息をついた。そして、言葉を続ける。
「ベンジャミンさんの言う通り、本の魔術が解けない以上、他に行くあてもありません。それなら、どちらにせよ救出しなければならないオリジンのアリスさんを救出しに向かうべきだと思います。しかもこの近くに本当にいるのなら、今救出しておけば、この街にまた戻ってくる必要がなくなります。時間短縮になります……よね」
フィアの言葉に、ティアシオンが渋々頷く。
「まぁ、そういうことになるな」
ティアシオンの言葉を聞いて、フィアは結論を述べる。
「だからわたしはベンジャミンさんの言葉を信じて、オリジンアリスさんの救出をしに行くべきだと思います」
そう言ってから、フィアは玄関の方に歩き始めると背中越しに言った。
「みなさんで話し合って決まったことに、わたしは従います。ちょっと外に出てきますね」
そして、玄関からゆっくりと外へ出て行った。他のメンバーが後ろから何か声をかけてきていたような気がしたが、無視した。
街を行き場なくさまよっていると、通り過ぎる人たちの会話が耳に入ってきた。
「さっきの青年、ハートの女王の配下かな。すごく落ち込んでいた様子だったけど」
「声をかけないことに越したことはないさ。変なことに巻き込まれるからな」
「オレは声をかけて、何かお礼がもらえることに賭けるね」
「おれは声をかけて、ハートの女王様に首をはねられることに賭けるな」
そんな言葉を聞きながら、フィアは歩き続ける。すると、壁に力なくもたれかかっている青年が目に入った。真紅のコートを身にまとい、同じような赤い髪をした青年は、俯いて動かない。その姿が少し前の自分と重なり、フィアは思わず声をかける。
「……あのぅ。大丈夫ですか」
青年は、その言葉が自分に向けられたものだと気づかない。なので、フィアはかがんで青年の顔を覗き込むようにして、もう一度尋ねる。
「大丈夫ですか」
その言葉でようやく、青年は自分に声がかけられたことに気づく。彼は、とても驚いた表情でフィアを見つめた。しばらく2人は見つめ合っていたが、やがて青年は言う。
「……それ、オレに言うてるん?」
フィアは黙って頷く。すると、青年は力なく微笑んだ。
「気を遣ってもろて、ありがとうな。少し気が楽になったわ」
「いえ。わたしは何も。……何かあったんですか。よかったら話くらいなら聞きますよ」
フィアは青年の目を見つめて言った。すると、青年は少しずつ語り始めた。
「うんとな、実はな。……オレの大事な相棒がな……、連れ去られてしもてん」
青年の言葉に、フィアは絶句した。
「誰に……ですか」
フィアの言葉に、青年はひどく悔しそうな表情で、壁をたたいた。
「白の女王様の部下や。……あいつらにつかまってしもたら、おそらく命はないやろな。……オレの判断ミスや」
フィアの脳裏に、トゥルーとクレールの姿がよぎった。彼らにつかまってしまったのだろうかとフィアは考える。
「あいつは、物語修正師候補生だったんや。……オレの気持ちを分かってくれた、数少ない大事な友達やった。でもオレが目を離した間にいなくなってしもたんや。白の女王の部下らしき奴らに連れ去られてしもたって、後から聞いた。なんで一緒に行動せんかったんやろって後悔してる」
「まだ殺されたっていう証拠はないんでしょう? だったら、助けに向かってあげるべきじゃないですか? わたしも物語修正師候補生の一人です。もし助けが必要なら、この後オリジナルアリスを助けにこの近くの城に向かう予定なので、その後一緒に向かいますか?」
フィアの言葉に、青年はまた驚いた表情をした。そしてほほ笑んだ。
「アンタ、優しいんやな。ほんま、ありがとう。アンタの言葉で、目が覚めたわ。そうやな、まだ殺されたとは限らないもんな。オレ、頑張って助けに行ってくるわ。一人で行くから大丈夫やで。ありがとうな」
そう言って立ち上がる。そして、フィアを振り返ると言った。
「ほな、またな。この恩は忘れへんで。また困ったことがあれば、いつでも呼んでな」
そう言って、去って行った。フィアは、彼の背中を見送った後、ラトゥールの家へと戻って行った。
♢♦♢♦♢♦♢
その頃。白の女王の城、玉座の間にて。ホワイトは鼻歌など歌いながら、誰かを待っている様子である。その時、扉がノックされクレールとトゥルーが入ってきた。クレールは恭しく膝を折りながら、ホワイトに向かって言った。
「ご機嫌麗しゅう、白の女王様。今日はご機嫌ですね」
「あなたたちの働きには、失望しましたよ」
機嫌のよさそうな表情とは裏腹に、女王の言葉には棘があった。
「残る物語修正師候補生は、あと1組となりました」
「あれ、昨日の時点では2組ではありませんでしたか」
クレールが首をかしげる。すると、ホワイトは笑って言った。
「今朝、わたしの部下がとらえました。ですので、残り1組です。その1組にも、既に罠を仕掛けておきました」
その言葉が言い終わるのとほぼ同時に、再びドアがノックされる。そして入ってきたのは、シルクハット風の金髪の青年……――、エドワードだった。
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