本からの課題

ランベイルがアリスを、ティアシオンがフィアを担いで窓から飛び降りる。4人は急いでルクアたちのいる茂みに身を隠す。ほどなくして、割れた窓にトゥルーが姿を現す。トゥルーが何事か唱えると、窓は勝手に破片同士で集まって修復を始めた。それを見届けると、トゥルーは身を翻して去る。


「よかった、無事に出てこられたんだね」


 ルクアが嬉しそうに言った。アリスは、ルクアに聞く。


「本を1冊捕まえたと言いましたわね、その本はどこですの?」

「ここにあるよ」


 ルクアは背後に隠していた片手をアリスに向かって差し出す。手の上には、1冊の本が収まっていた。ひもでぐるぐる巻きにされているが、それでも動いている。


「この子、なかなかアクティブな子だよね」


 ルクアが苦笑する。それから、真面目な表情になって言った。


「そしてこの子、簡単には本の内容を読ませてくれないらしい。とりあえず燃やされるのは嫌だからって、ついてきてくれることは約束してくれたけど。本の中で1つ課題をクリアしないと、読めない仕様になっているんだって」

「燃やされるのが嫌ということは。……クレールさんが逃がしてしまった書物が、その本ということですよね? ……では、クレールさんが燃やした本は……」


 ルクアの言葉に、ランベイルが首をかしげる。ルクアは笑って言った。


「あ、あれは私が作った偽物だよ。この子の表紙を頭の中で想像して、表紙と最初と最後の数ページだけを模倣したいなって願望を口に出したら出来上がったんだ。だからそれ以外は白紙のページで構成された、中身のない書物だよ。真ん中のページとか開けられていたらゲームオーバーだったけど、なにせ時間がなかったからね」


 さらっとすごいことを口にするルクアに、アリスは一瞬感心したような表情を浮かべる。そして疑問に感じたことを尋ねた。


「どうして、最初と最後だけなんですの?」

「学校の先生とか、塾の先生の提出物チェック方法知ってる? だいたい最初と最後だけ見て評価するんだよ。だからそこだけ再現してたら、ばれないかなぁと思って」

「……ルクア、そういった先生は少数派だと思いますわ……」


 アリスの呆れた声に、フィアもぶんぶんと首を縦に振る。


「まぁ、それはいいとして。結局この本は、物語修正師に関する本だったのですか? ……ふむ。タイトルから察するに、確かに物語修正師に関することが書かれていそうですね。とにかく1度本を開いてみましょう」


 ランベイルが言って、ルクアの手から本を取った。ルクアが止めるのを聞かずそのまま、結び目を解いてページを開こうとする。すると、本を開いた瞬間火花が飛び散った。ランベイルは思わず、本を取り落とす。


「どういうことですのっ」


 アリスの驚いたような口調に、ルクアは首を横に振る。


「分からない。ただベンジャミンさんが触っても、ダメだったんだ」

「物語の住人の一部、または物語修正師や修正師候補生しか触れない可能性があるということですね」


 ランベイルが残念そうに言う。アリスは勢い込んで言った。


「それじゃあ、あたしたちが本を読むことができるか、試してみるのですわっ」


 そう言って、逃げ出そうとする本をアリスが掴む。そして半ば強引にページを開いた。すると、本から仄かな光が溢れ出したかと思うと、アリス、ルクア、フィアを取り込んだ。


♢♦♢♦♢♦♢


 フィアは、目の前に広がる光景に立ち尽くしていた。見えないスクリーンに、映像が映し出されているようだ。映像は、フィアの記憶に残る過去の出来事を映し出していた。


 母親と買い物に出かけた、まだフィアが幼いころの記憶。幼いフィアは、自分が欲しい物を母親のもとへ持って戻る。すると、母親は言う。

「そんなもの、何の役に立つの? あなた一体何歳だと思ってるの? 女の子なんだから、そんな気持ち悪いデザインやめて頂戴。これなんかいいじゃない」


 母親はフィアが持ってきたものを酷評し、代わりにいかにもかわいい女の子が持っていそうなものを買おうとしきりに説得する。どうあがいても自分が欲しがっているものは買ってもらえない。そう思ったフィアは、黙って商品を元の場所に戻しに行き、母親が提案した商品を持って、レジに行く。


 時は移り変わって高校生になったフィアと母親。テーブルの上には、たくさんの大学のパンフレット。どれもお嬢様学校で名高い大学ばかり。そう、母親の好みの大学ばかり。しきりに、このパンフレットのどれかの大学に進学しなさい、それが一番よと説得する母親。椅子に腰かけたフィアは、強く唇をかみ、膝の上に置いた手を強く握りしめる。その拳の下で、隠しているフィアが持って帰ってきた大学のパンフレットの入った封筒が、ぐちゃりと小さな音を立てながらしわを作り、ヨレヨレになる。


 フィアは、映像から思わず目を背けた。自分の名前は未だに思い出せないが、この記憶は自分のものであるという確証はあった。映像をこれ以上視界に入れたくなくて、フィアはスクリーンとは反対側に歩き始める。


 それとほぼ同時に、フィアは目覚めた。本の中に取り込まれたと思っていたが、先ほどまでいた、薄暗い茂みの中に戻ってきていた。傍らには、冷や汗をかいたルクアとアリスもいる。彼女たちもまた、戻ってきたらしい。


「……。この課題をクリアするのは、なかなか骨が折れそうですわね」


 アリスが、懐からレースのついたハンカチを取り出して言った。ルクアも黙って頷く。ティアシオンが、相変わらずの仏頂面で言う。


「なんだよ、そんなに難しい課題なのかよ? ドラゴンと戦うとかか?」

「なにそれ怖い。……でも、さっきの課題はそれと同じくらい、きついかも」


 ルクアがぶるぶると身震いする。ティアシオンは、ランベイルを見る。


「どうしましょう。……現状この書物を読み解くことが、情報集めの最も効率のよい方法だと思ったのですが……」


 そう言ってランベイルは困ったような顔をする。しかし、すぐにその顔は、何かよい策を思いついた表情に変わる。


「その本は、何かしらの魔術がかけられているのでしょう。それならば。その魔術を解けるかもしれない人物の心当たりが、1つだけあります。その場所に行ってみましょう」

「行くってどこにだよ?」


 ティアシオンの不機嫌そうな声に、ランベイルが答えた。


「ギャンブルの街と、ギャンブルの街の横にある、儲けの祠ですよ」

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