正しい色など、ない

 一行はそのまま茂みの中で夜をやり過ごした。図書館の本が教えてくれた、

『物語修正師は、自分の思い描いたイメージを形にする魔法、そして何か物体に対して、自分が想像した能力を付与する魔法が使える』

という言葉が役に立つことになる。


 フィア、アリス、ルクアはそれぞれ思い思いに、一夜を明かすためのテントが欲しいと願い、それぞれで口に出そうとする。


「私、木のぬくもりが素敵なテントがほしいなぁ」

「あたしはっ、素敵な素敵なお姫様のような、テントがほしいですわっ」

「えーっと、わたしは……。どんなテントが欲しいんだろう……」


 いざフィアがテントの要望を口に出そうとしたとき、彼女はふと考える。彼女には一切、思いつくアイデアがなかったのだ。硬直してしまったフィアのことを、アリスは不思議そうに眺める。ティアシオンは、あくびをしながら言った。


「お前、まさか野ざらしで寝たいとか言い出すんじゃねぇだろうな」

「いや、そうじゃなくって……」


 フィアは、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「自分がどんなテントに寝泊まりしたいのか、全く分からないんです」

「そんなの、自分の好みを盛ってしまえばいいのですわ。簡単なことですわ」


 アリスが何でもないことのように言う。しかし、ルクアはフィアの言葉を聞いて考え込むように俯いてしまった。


「あらルクアさん? どうかしましたの?」

「難しいな、どう言ったらいいんだろう……」


 ルクアは独り言のように呟くと、フィアの目をまっすぐ見つめて言った。


「フィア。誰もあなたが考えることを否定したりしない。あなたは、あなたの思い描く、理想のテントを口に出してしまえばいいの」


「でも、全く浮かばないんです……」


 フィアの悲しそうな声に、ルクアとアリスは顔を見合わせた。ルクアは頷くと言った。


「それじゃあ、1個ずつ質問していくよ? まずはテントの布の色だね。これは、何色がいいかな?」

「……水色……でしょうか」


 フィアが考え込みながら言った。しかし、すぐに言い直す。


「いえ、やっぱり女の子らしいピンク色が正しい色……ですよね」


 それを聞いてルクアが言った。


「テントの色は水色だね、分かった」

「ルクアさん? フィアさんはピンク色だと言いなおしましたわ」

「いいの、水色で。それが、フィアの本当の理想の色だから」


 そう言ってから、ルクアは再びルクアの目を覗き込んだ。ルクアはとても身長が低く、フィアはどちらかというと背が高い方だ。だから俯いたフィアの顔を、ルクアは自然と見上げるような形になる。


「フィア。……テントの色に女の子らしい色を選ぶ必要なんてないし、正しい色なんて、ないよ。どんな色を塗ってもいい。だってこれは、フィアのテントなんだもの」


 フィアは、ルクアのことを見つめた。ルクアもしっかり見つめ返してくれる。


「……大丈夫。誰もあなたの言うことを否定したりしない。これは、あなたの思い描くものなんだから」


 それを聞いてフィアは、なんだか熱いものがこみ上げてくるような気がした。そして気持ちがふっと軽くなる。


「わたしが思い描くテント、頑張って考えてみます」


 フィアの強い意志をルクアは感じ取る。彼女は嬉しそうに微笑むと言った。


「それじゃあ、フィアの思うテントを作ってみて」


 傍らでは、ルクアとアリスのテントが少しずつ組みあがっている。フィアは、深呼吸を1つすると、言った。


「水色の、ふんわりしたテント。妖精さんが作ってくれるテントが……ほしいです」


 そう宣言してから、アリスとルクアを振り返る。ルクアが嬉しそうにアリスに抱き付いていた。


「ちょっとルクアさんっ!? あたしがくっついてほしいのは、ランベイルさんだけですわっ」


 アリスは、ルクアを引き離すとフィアに向かって顔を赤くしながら言った。


「その……、よかったですわね」


 フィアは頷く。見ると土の中から妖精が現れ、不思議な力で水色の生地のテントを作り始めている。3人は自分のテントが出来上がったのを見届けると、ティアシオンたち男性陣のテント作りに取り掛かった。


♢♦♢♦♢♦♢


 次の日の朝。まだ太陽の光が十分差し込んでいない早朝。一行は、ランベイルの案内で出発した。フィアは、少しだけ自分に自信が持てるようになった気がして心を躍らせている。今までは見えなかった、道の両側の木から隠れるようにこちらを見つめる妖精たちがたくさん見えた。フィアは、まるで自分の居場所を見つけたように嬉しくて、道を軽くスキップしながら歩く。そんなフィアの様子を他のメンバーたちも少し嬉しそうに見守った。


昼頃。一行は丘の上にいた。丘からは、一行が目指している街が大きく見えている。昼間にも関わらず、様々な色の照明がキラキラと街から発せられている。


「なかなか面白そうな街だね」


 ルクアが言った。アリスは不機嫌そうな声で答える。


「とてもお下品なネオン街のような感じですわ。高級ホテルはなさそうですわね」

「そもそも高級ホテルあったところで、お金ないからね」


 ルクアが苦笑する。丘の下り坂に差し掛かったところで、一行は足を止めた。行く先に、2つの人影が見えたのである。どちらの人影にも一行は見覚えがあった。


 1人は、桜色の髪をした青年。ルクアが好みだと称した青年、トゥルーだった。そして、もう1人の人影は彼の部下である白銀の騎士、クレールである。


 彼らを認識したティアシオンが早速戦いを挑もうとしたが、それをランベイルが押しとどめる。そして、抑えた声で言った。


「お久しぶりです、トゥルー。そして、クレールさん。……今日は、一体どういったご用件でしょうか?」


 アリスはランベイルの背後に隠れた。ティアシオンはずいっと前に出て自然とフィアを背中に庇うような形になる。ベンジャミンは、反対方向へ逃げ出そうとするのをルクアに全身で止められていた。


「……言っただろう? 物語修正師および修正師候補生は、白の女王にとっての恐れの象徴だと。物語の住人と契約していない物語修正師候補生の粛清も、大方終了した。だから、物語の住人と契約をした、面倒な物語修正師候補生の処理の命令が、わたしたちに回ってきたというわけだ」


 トゥルーがランベイルを見つめ言った。その目は、かつての友人に本来向けるような暖かな目ではなかった。ただ冷徹な視線がランベイルを見つめていた。


「……強き者だけが、物語を修正する権利を手にする。……弱い者は、ここで散れ」


 クレールは抜刀し、トゥルーは背中に装備していた番傘をまるで剣のように構えた。


「困りました。今回は、友人のよしみで逃がしてくれる雰囲気ではありません」


 ランベイルが困惑した声で言う。ティアシオンは、勢い込んで言った。


「問題ないだろ、オレたちには物語修正師候補生のバックアップがついてるんだぜ? ベンジャミンが戦えないとはいえ、ここで決着をつけるべきだ」


 そう言って彼は、背中の扇をとると大きく広げる。ランベイルはため息をつきながら言う。


「仕方ありませんね。……アリスさん、フィアさん、そしてルクアさん。……どうか僕たちに力を貸してください」


 そう言って自身も腰の鞘から剣を抜刀した。

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