白の女王と閲覧禁止の棚

 図書館ではしばらく、司書らしき人がお客さんに閉館時間を告げる声などが響いていた。その後本棚に本を直す音、フロアを行き来する靴音などが慌ただしく響く。最後に扉が閉まる音、鍵がかかる音、職員同士が挨拶をする声が扉越しに聞こえてきた。


 それから少しして、パーテーションで区切られた机が移動を始めた。後には、机の中とそれほど変わらない暗闇でお互いの姿を確認し合うフィアたちが残される。


「あ、ありがとうございました、机さんたち」


 フィアが去り行く机たちに声をかけると、机たちはぴょんぴょんはねてその声に答えた。アリスが服の襟についた、ブローチのようなものに向かって言う。


「フィアさん、聞こえます? 無事に無人の図書館に居残ることができましたわ」


 すると、ルクアの楽しそうな声が聞こえてくる。


『よかった、よかった。私とベンジャミンは、図書館の近くの茂みで待機してるよ』


 ルクアが思いついた作戦。それは閉館時間を過ぎた無人の図書館に居残り、一般閲覧禁止の本を見ることだった。一般閲覧禁止の棚の本を見るためにはもう一つ問題があり、閲覧権限を持つ人が入室する必要がある。しかしそれもまた、ルクアの作戦により解消された。


『あ、それと白の女王とその部下らしき人たちがそっちに向かったよ』

「ルクアさんのもくろみ通りでしたね」


 ルクアは先ほど、自分が物語修正師候補生であることを図書館の本たちに明かした。そうすることによって、白の女王に密告する本が出てくるのではないかと思ったのだ。物語修正師候補生が来たと分かれば、白の女王直々に大切な情報が眠る一般閲覧禁止の棚を確認に来るのではないか。ルクアはそう考え、そしてその予測は見事的中したのだった。


 アリスはブローチを軽く握りしめる。これは先ほどルクアが物語修正師としての力を使って創造した、無線機の役目を果たす道具だ。


『……まさかここまで上手く行くとは思ってなかったけどね。ただ問題は、女王が一般閲覧禁止のエリアに入った時、どさくさに紛れて入りこむことができるかどうかだよね』


 ブローチからルクアの声が心配そうな声色になる。


『アリス、フィア。……くれぐれも無理はしないようにね。何かあったら連絡して。必要とあらば、注意を引いたりするくらいならできるから』


「分かりましたわ。何かあればすぐに連絡しますわ」


 アリスは言って、ランベイルに密着する。その時、図書館の正面玄関の鍵を開けようとする音が、静寂に包まれた室内に響き渡る。すると、先ほどのパーテーションで区切られた机たちが、一行を隠してくれる。狭い室内の中で視界が遮られてしまっているため、声を拾うことでしか、外の様子は分からない。


「まさか白の女王様にお越しいただけるとは、思ってもみませんでした。事前にご連絡頂ければ、相応のおもてなしをご準備いたしましたのに」

「いえ、もてなしは不要です。わたしの目的は、一般閲覧禁止のエリアへ向かうことです。それ以外に興味はありません。早く案内なさい」


 フィアは声で白の女王……――、ホワイトが近くにいることを感じた。もう一人の声の主は、この図書館の責任者か何かだろう。


「こっちは定時出社定時退社が最優先だというのに。営業時間以外に来られても困るんだよ。これだから金持ちは困る」


 ホワイトに聞こえないよう小声で呟くその声からは、早く役目を終えて帰りたいという気持ちがあふれ出ていた。そんな2人の声の後ろから、全く別の声が聞こえてくる。


「トゥルー先輩、図書館外の人員配置は完了しました。女王様の命令通り、ここから女王に同伴する者は、先輩と僕だけです。……何も起こらなければ、いいんですけれど」


 トゥルーという言葉を聞いて、フィアははっとした。そしてあの儚そうな桜色の髪を創造する。そしてそれと同時にもう1つ思い出したことがあった。ティアシオンが、トゥルーのことをかなり毛嫌いしていたことを。


 フィアは慌てて小声でブローチに向けて話しかけた。


「ティアシオンさん、今は、絶対に、戦おうとしてはダメですからね。ここで見つかったら、外にいる兵隊さんに捕まってしまいます」

『フィアさんの言う通りです。数で圧倒されてしまったら、いくら僕やあなたが戦えたところで、どうにもなりません。今は耐えてください、いいですね?』


 フィアの言葉を受け、ランベイルもまたティアシオンに向けて言葉を発した。


『……分かってるよ。しょうがねぇ。これだから団体行動は苦手なんだ』


 ティアシオンの抑えた声が返ってくる。それを聞いてフィアはそっと胸をなでおろした。きっと、フィア以外の人たちで彼女と同じ気持ちだった人もいただろうが。


 足音と声が遠ざかると、机たちが再び移動する。フィアたちは、机にお礼を言ってからそっと、白の女王たちの後をつける。


 白の女王、図書館の管理人、トゥルー、そしてトゥルーの部下らしい銀髪の青年。どうやらこの4人で一般閲覧禁止のエリアに向かうらしい。トゥルーは、銀髪の青年に小声で問う。


「……それで? クレール、お前は知っているのか? この一般閲覧禁止のエリアに、本当に物語修正師に関する本があるのかどうかを」

「あるらしいですよ、1冊。すごく獰猛な本が」

「……面倒な本は、苦手なんだがな」

「大丈夫です。僕らは基本手を出さないのですから」


 クレールは苦笑する。そうこうしているうちに、一般閲覧禁止のエリアに突入したらしい。奥には、たくさんの本棚があった。白の女王と責任者の男は、建物の奥へと消えていき、トゥルーとクレールは、本棚が広がる手前の廊下で見張りのように立ちはだかっている。


「これでは、奥の様子が分からないですし、肝心の本が探せないのですわっ」

「何かほかに、方法を考えないと……っ」


 アリスとフィアが慌てていると、建物の奥から悲鳴に近い声が響いてきた。白の女王の声である。トゥルーとクレールも一瞬首だけを動かして声の出どころを振り返ったが、すぐに元の場所へ視線を戻す。


 しばらくして、つかつかと白の女王が走ってきたかと思うとクレールに、乱暴な手つきで1冊の本を押し付ける。


「女王様、この本は……?」

「その本は、処分してしまいなさい。わたしにかみつこうとしたのです。わたしは、他の蔵書を確認してきます」

「承知しました」


 クレールは言って、恭しく片膝を折る。しかし、白の女王が見えなくなった途端、彼の腕の中の本が暴れだし、逃亡を図った。驚くフィアたちの脇を通り過ぎ、窓を突き破る。


「わお。……どうしましょう、先輩。蔵書を逃がしたとばれたら僕、打ち首ものですかね」


 クレールが冷や汗をかきながら、上司の顔を窺い見る。トゥルーは、涼しい顔をして言う。


「……女王のことだ。すぐに自分が頼んだことを忘れる。それでも、心配だというのなら、あの茂みの中を探してくるしかないだろうな」

「……。探してきます。先輩はここに残って頂いて女王が何か聞いてきたら、僕はトイレに行ったとでも言い訳をしておいてください」

「……相変わらず、生真面目だなお前は」


 トゥルーが苦笑する。クレールはむっとしながら言う。


「悪かったですね、生真面目で。僕にはそれくらいしか、取り柄ありませんから」


 そう言って、窓から飛び出していく。トゥルーはため息をついた。そして窓から少し心配そうな顔で、クレールの様子を見守る。しばらくすると、クレールの声が響いてきた。


「ありました、先輩! なんだか少し大人しくなっている気がしますが! この表紙、間違いありません」

「……それなら今度こそ、逃げられる前に処分してしまえ。まぁ逃げられてしまっても、いくらでも女王にばれないよう小細工はできるがな」


「また、そんなことばかり言って。……いつかばれて打ち首になりますよ、先輩」


 窓からクレールが舞い戻ってくる。そして、手に載せた本を空中に放り投げる。すると、本は空中で燃え上がり、そして少しの燃えカスを残して消滅してしまった。


 ほどなくして、白の女王と責任者の男が戻ってきた。そしてトゥルーたちと共に、図書館の外へと出て行ってしまった。


「……収穫ゼロでしたわね……」


 アリスが、がっくりと肩を落として言う。フィアも全く何の情報も得られなかったことはショックだった。しかしルクアの言葉が、その気持ちを打ち払う。


『こっちは収穫あったよ、大収穫! 逃げ出してきた蔵書1冊確保できたよっ! とにかくみんな、さっき本が破った窓から脱出して! 多分窓を直しにトゥルーさんとかが、戻ってくると思うから』


 ルクアの話はにわかには信じられなかったが、一行は急いで窓から脱出を図った。

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