ワンダーランド図書館へ

「うわあ、大きな図書館っ! 私、1年くらいここに居座りたい」

「素敵ですわっ! これならたくさんのファッションの雑誌がありそうですわねっ」

「2人とも、とりあえず落ち着いて……っ!」


 一行は、特に何の問題もなくワンダーランド図書館へ辿り着いた。フィアは、それぞれ自分勝手に動き回ろうとするルクアとアリスの腕を掴む。


「今単独行動するのは、とても危険だと思います。何が起きるか、分かりません」

「フィアさんの言う通りです。気持ちは分かりますが、我慢してください」


 ランベイルが2人をたしなめる。ルクアとアリスは、がっくりうなだれる。


「だよねぇ」

「ですわ」


 そんな2人を尻目に、手近な本棚から本を1冊取り出したティアシオンは、おもむろにページを開き、顔をしかめた後すぐさま本棚に本を戻す。


「こんなものの、どこがいいんだか」

「ティアシオンさん、直す場所がずれてます。1つ下の棚です」


 フィアは言って、ティアシオンが直した少し他より背表紙が飛び出してしまっている本を今一度手に取る。誰に言うでもなく彼女はつぶやいた。


「本も、喋ることができたらいいんですけど……」


『おい、オレを誰だと思ってる!? 汚い手で何度も触るなっ! さっさと元の場所に戻しやがれっ』


 突然手元から怒鳴るような声が聞こえてきて、フィアは思わず手に持っていた本をとり落とした。辺りに固いものが床に激突する音が響き渡る。


『痛い! 何するんだお前!』

「わお。本が喋った。……ま、ここは物語の世界で、ある意味何でもありだもんね。本が喋ったって、不思議じゃないか」


 ルクアが気軽に言って笑いだす。すると落とされた本は、飛び跳ねながら怒鳴り散らす。


『笑いごとじゃないっ! さっさと元の場所に戻しやがれ、このチビ』

『別に床を住処にしてもいいんじゃないか、きみ』

『床にも本。辺り一面本だらけ。すばらしいねぇ』


 本が元々収まっていた場所の棚から、他の本の声が聞こえてくる。ルクアは本を拾い上げ、元の場所に戻してやろうとした。その時、表紙を見たルクアの手が止まる。


『おい、何だよ。早く元の場所に戻しやがれ』

「あなた……、物語修正師について書かれた本なんだね」


 ルクアが言うと、他の棚に目をやり始めていた他のメンバーたちも集まってくる。


『そうだよ。それがどうしたんだよ』

「教えてほしいことがたくさんあるんだ」


 ルクアがページをめくろうとする。すると、本が鼻を鳴らす。


『へぇ、物語修正師になんか興味あるのか? 本来なら物語を正しい形に戻すことが役目の物語修正師だけど、少なくともこの物語においては全くの役立たずだぜ』


「あなた、物語修正師のことに詳しいんだね。さすが、物語修正師について書いてある本だ。物語修正師について、色々教えてほしいなぁ」


 ルクアが感心したような声を上げる。どうやら自分の身分を隠したままで話を聞き出そうとしているらしい。


『おうお前、なかなか物わかりのいいやつだな。そういうやつは嫌いじゃないぜ。いいぜ、オレの知ってることならいくらでも教えてやる』


 ルクアの感心した声に機嫌をよくしたのか、本が言った。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。……物語修正師って、具体的にどうやって物語を修正してきたの?」


『お、いきなり難しい内容の質問をしてくるなぁ。物語修正師は、とある魔法が使えるんだってよ。自分の思い描いたイメージを形にする魔法。何か物体に対して、自分が想像した能力を付与する魔法。主にこの2つだ。その2つの魔法は、実現することを信じて口に出すことで、実現するらしい』


「ある意味、一番すごい魔法じゃない? それ」


『だろうなぁ。ただ物語修正師は、それぞれの物語世界の知識が浅い。だから現地人……――、物語の住人たちを仲間にする。それは契約という形の場合もあれば、ただ書面で契約しただけの、協力者という場合もあるらしいな。魔法と、契約そして協力者の存在。これらによって、物語修正師は物語を修正するらしい。けど、残念ながら今のこの世界は、修正されないまま放置されているってワケさ』


「修正できない何か理由があるとか、そういうことはないの?」


『それはオレには分からねぇ。そうだな……一般閲覧禁止の棚に眠ってる、

『ワンダーランドと物語修正師』

とかいうタイトルの本でも見りゃ、分かるかもしれねぇけどな。……けど、そんなこと知ってどうする?』


「ただの興味だよ、興味。子どもは色々なことに興味を持って、それで視野を広げていかなきゃいけない。私が物語修正師に興味を持ったのも、視野を広げるための一環だよ」


 ルクアはなんでもなさそうな物言いで笑った。そして本に礼を言うと、元の棚に戻してあげた。そしてその棚を離れる。元の棚からある程度離れてから、ティアシオンが言った。


「もっと色々あの本から聞き出せたんじゃねぇか?」


 すると、ルクアは静かに首を振った。


「最初から核心部分を聞きすぎちゃったのが問題だったのかもしれないけど、あれ以上、あの本から聞き出すのは難しいと思う。あの本がもし、白の女王かハートの女王の仲間だったらすぐ私たちのいる場所がばれてしまう」


「よい決断でした。そして、やはりルクアさんは人の性格を見抜く素質がおありです」


 ランベイルが称賛のまなざしを向ける。


「あの本が、おだてればある程度なんでも話してくれるだろうと読み取るその洞察力。感服いたしました」

「だてに、社会人として働いてないからね」


 きっと誰でもある程度身に付くと思うけれど。そう言ってルクアは照れくさそうに笑った。その時、閉館10分前を告げる鐘が鳴り始めた。


「まだまだ情報は集められていませんが……。どうしましょう?」

「さっきの本が言っていた、一般閲覧禁止の本が気になるかな。一般閲覧禁止ってことは、一般の人間では閲覧できない本だよね」


 ルクアが難しい顔をする。ランベイルもまた顔をしかめて頷く。


「そうです。一般人には閲覧が許可されていない書物を保管する場所があるのです。女王など権限を持った人間のみが入室できます。僕たちには、どうやっても入る手段はないでしょうね……」


「それでは、女王様が一般閲覧禁止の本を読みに来た時を狙って、一緒に紛れ込んでしまえばいいのですわっ。つまみ出されるまでに、本の内容を見てしまえば勝ちですものっ」


「いやいや、そもそも女王が図書館を訪れるタイミングを私たちが詳細に知ることなんて」


 ルクアが呆れたような声でアリスの声を遮る。しかし、すぐ手を打って笑顔になった。


「……いや、できるか」


 そう言って、他のメンバーに向き直る。そして自身が考え出した作戦を、他のメンバーに共有しようと、話し始めた。他のメンバーは、作戦が成功するかどうか半信半疑ではあったが、現状その作戦以外に妙案が思い浮かばなかったため、ルクアの作戦を採用することを決めた。


 ルクアは作戦を具体的に詰め終わると、ベンジャミンと共に先ほど本を戻した本棚へと戻っていった。そして、他の本にも聞こえるような大きな声で言った。


「あのさ、やっぱりもうちょっと詳しく聞いてもいいかな? 私実は、物語修正師候補生で、物語修正師のことを知りたくて、ここに来たんだ」


「当図書館は、まもなく閉館時間です。本との会話、貸出などは明日以降改めてお越しください」


 司書らしき人がルクアとベンジャミンに声をかける。その間にフィアがそっと口に出して言った。


「図書館が閉館しても、図書館に残っていられる方法は、ないかなぁ。……例えば、机さんがわたしたちを匿ってくれたりとか」


 すると、パーテーションで区切られた机のいくつかがそっと移動してきて、フィア、アリス、ランベイル、ティアシオンに覆いかぶさった。本来足を入れる場所に彼らを収納すると、彼らの姿が見えないように足元収納に蓋をする。中に入れられた4人は、外の様子を知ることはできないが身じろぎもせず、ひたすら閉館し、職員が立ち去るのを待ち続けた。


 フィアは暗闇の中で、人知れず今まであまり経験したことのない、高揚感を味わっていた。自分の思い描いたことが、口に出すだけで本当に現実になるなんて。フィアは、とても幸せな気持ちを抱いて、時が来るのを待った。


♢♦♢♦♢♦♢


「トゥルー先輩。該当の物語修正師の処理、完了しました」

「……すまないな、まかせっきりで。……しかし、残念だったな。本屋で情報を得ようとしたところまでは、よかったんだが」

「その後出会った、素敵な女王様のメイドさんに自分の身分を明かしてしまったのが、運のつきでしたね」

「……つくづく、女は怖いと感じるな」


 ワンダーランド図書館のある街の片隅。そこにトゥルーとクレールがいた。


「さて帰るか」

「ん? 女王から新着の伝達が。……先輩、今日は残業コースです」

「……何事だ」


 クレールの残念そうな声に、トゥルーが嫌そうな顔で聞く。


「物語修正師候補生の一組が、ワンダーランド図書館へ入館、物語修正師の記述がある本に接触を図ってきたそうです。通報によると一般閲覧禁止の本の中に、物語修正師についての詳しい記述がある本が眠っていることを、その物語修正師候補生は既に知っているとか。事態を重く見た女王はどうやら直々に、一般閲覧禁止の本に接触を図った者がいないか、本が盗まれていないかなどを確認に向かうようです」


 クレールの言葉に、トゥルーは吐息をはきながら言った。


「……わたしたちだけでなく、部隊全体残業だな。みんなに伝達を頼む。残業代の交渉は個々で勝手にやれと付け加えてな」


 トゥルーの言葉に、クレールは苦笑しながら答える。


「承知しました。全員で残業すれば怖くないというやつですね、分かります」

「……分からなくていい」


 トゥルーの呆れた声が、暮れかかったダークオレンジの空に吸い込まれた。

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