顔見せ

 旅の準備ができたルクアたちは、家を出た。ティアシオンとランベイルは、自分の荷物はほどほどに、食料などを詰めたリュックサックを背負った。


 ティアシオンは、ルクアの荷物を見て大きくため息をつく。


「そんなにデカイ荷物持って行ってどうするんだ」

「あたしたちも、毎回言っているんですけれどね、やめられないそうですわ」


 アリスがルクアの荷物の一つを抱えながら、仕方なさそうに言う。


「持ち歩く荷物が多かったり、つけているアクセサリーが多い人って、自分に自信がなかったり、不安な人が多かったりするんだって。少なくとも、私はそう。最近は少し、マシになってきたけどね」


 ルクアが言う。フィアは、それを聞いて納得する。確かにアクセサリーをたくさんつけていると、落ち着く。そうフィアは感じていた。


「ま、いいや。とりあえず出発するぞ」


 ティアシオンはそういうと、先に立って歩き出す。他の4人もそれに続いた。


♢♦♢♦♢♦♢


 一行はお菓子の街を抜け、森の入り口に差し掛かった。森の入り口は、光が差し込まないのか真っ暗である。入口前の光の入る場所と、入らなくなる場所の境界線に、一人の人物が立っていた。


「森の入り口に、誰か立っているみたいですわ」


 アリスの声に、ルクアが歩きながら読んでいた本から顔を上げた。


「あ、ほんとだ」

「あれは……、トゥルーですね」


 ランベイルがそう口に出すのとほぼ同時に、ティアシオンが走り出していた。


「えっ、ちょ……っ、ティアシオンくんっ!?」


 ルクアが本を放り出して、ティアシオンの後を追う。ランベイルは、


「まずいことになりそうですね……っ」


 とだけ言って荷物を置いて、走り出す。フィアはルクアが放り出した本を拾い上げ、アリスはランベイルが置いていった荷物を抱え上げた。


「なんだか、あまりよろしくない予感がしますわ」

「……そうですね。とりあえず、追いかけましょう」


 そうして二人は遅れて他のメンバーを追いかけはじめた。


♢♦♢♦♢♦♢


 ティアシオンは、トゥルーに接近する。そして背中に背負っていた、自分の身長の半分くらいはありそうな扇を広げて、トゥルーの方へ大きく振る。扇の動きに合わせて、光の珠が生み出され、トゥルーに向けて発射される。トゥルーは、ティアシオンが攻撃してくることを予測していた様子で、地面を蹴りあげて後方へ飛び退く。攻撃対象を失った光の珠は、地面にめり込み、土ぼこりをあげる。


「……挨拶の代わりに攻撃を仕掛けてくるとは。……随分な出迎えようだな、ティアシオン」


 ティアシオンをまっすぐ見つめ、トゥルーは静かな声で言った。


「トゥルー、てめぇ……。どのツラ下げてオレの前に姿を現しやがった!」


 ティアシオンは言い、扇を振る。光の珠は、今いるトゥルーの位置を正確に捉えていたが、いとも簡単に避けられてしまう。


「てめぇがアイツのことを裏切ったせいで……っ! アイツは……、アイツは……っ」

「……悪かったとは思っている。しかし、仕方がなかった」


 光の珠を避けながら返すトゥルーの言葉は、ティアシオンの神経を逆なでする。


「仕方がなかった!? アイツがあんな目に遭ったのに、てめぇはのうのうと暮らしてやがるじゃねぇか! オレは絶対に許さねぇっ」


 ティアシオンは言い、扇をもう一度振って光の珠を放出させると、扇を閉じてトゥルーの方へ駆け出す。扇を閉じると、それは剣へと変わった。光の珠を避けたトゥルーに、剣を振りかざすティアシオン。


 しかし切っ先がトゥルーの体に命中する前に、白銀の刃が割り込む。何が起きたか分からないティアシオンは一度、後ろに飛びずさった。トゥルーを刃から守ったのは、白銀の騎士服を身にまとった青年……――、クレールだった。


 やっとティアシオンに追いついたランベイルがその姿を見て言う。


「白の女王直属の部隊。その部隊の一つの副隊長、クレール。……またお会いしましたね」

「昨日は、どうも。……先輩、単独行動は控えてください。ほんと、勘弁してください。ぼくの命がいくつあっても足らないので」


 トゥルーの方は振り返らず、彼を背中に庇い、切っ先をティアシオンに向けたままクレールが怒って言う。しかし、どこか安堵した口調である。


「……すまない」


 素直に謝るトゥルーの声を聞いて、クレールはふっと微笑む。そんな二人を見て、ティアシオンが怒鳴る。


「クレール! お前、そいつのことを許すのか!?」

「許すも何も。……ぼくは、この人を恨んでいません。この人を信じ、この人の行く手を阻む敵がいれば、剣となって排除する。それが今のぼくの全てです」

「クレール……」

「ティアシオン先輩、貴方がもしトゥルー先輩を敵とみなしているのなら。ぼくは容赦なく、貴方を切り伏せます。それを忘れないでください」


 視線はティアシオンに向けたまま、クレールはトゥルーに剣を1本投げてよこす。


「支給品ですから、あまり耐久性には期待しないでください。まぁ今回の戦いだけなら、持ちこたえられるでしょう。……さすがにランベイル先輩とティアシオン先輩を一気に相手にできるほど、ぼくは強くないので」


「……わたしだって、二人同時に戦って勝てる自信はないさ」


 トゥルーはふっと笑って言う。ここでルクアが追いつき、ティアシオンから少し離れて立つランベイルの隣に並ぶ。ランベイルは、ルクアが前へ出ないようそっと片手をルクアの方に庇うように伸ばす。その様子を見て、トゥルーが言う。


「……ところでランベイル。お前、戦うつもりはあるのか」


「貴方が仕掛けてこない限りは、ありませんね。体力を無駄に消費するのは、避けたいところですから」


「……だろうな」


 そう言ってトゥルーは、左の長い横髪をどけながら言う。


「……わたしも、既に協力者のいる物語修正師候補生を率先して襲う気はない。……といっても、契約はまだしていないようだが?」


「あくまでも、物語の住人の協力を得られていない物語修正師候補生を先に狙う、そういうわけですね」


「……その方が楽だからな。時間が経てば経つほど、協力者を得た物語修正師候補生が増える。そうすると時間外労働が増える。余計な兵力も使う羽目になるしな。……そうなる前に、戦う術を持たないやつらを狙う。……効率的に生きないとな」


「てめぇ……、よくもぬけぬけと」


 ティアシオンが怒りを露わにする。トゥルーは肩をすくめ、言った。


「……今回は、あくまで顔見せだけだ。……物語修正師候補生」


 トゥルーは、ルクアに向き直った。


「……白の女王は、お前たちの力を恐れている。恐れるがゆえ、排除しようとする。白の女王はお前たちを殺すかもしれないし、お前たちを崇めるかもしれない。……どちらにせよ、お前たちの存在自体が、わたしたちと敵対することになる。……それを忘れるな」


 それだけ言うと、クレールを伴い森の中へ消えていった。ティアシオンが追いかけようとしたが、ランベイルに止められる。ティアシオンは唇をかみ、トゥルーの姿が見えなくなるまで睨みつけていた。

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