食べかすとぼったくり
森の中は、とても薄暗かった。ティアシオンが先頭に立って松明を掲げながら進む。続いてフィア、ルクア、ランベイル、そしてランベイルにくっついて離れないアリスが続く。ランベイルは何度もそっとアリスの手を笑顔で払いのけようとするが、アリスの強力な腕力がそれを許さない。
森の中を歩いていると、一所から話し声と笑い声が響いてくる。ティアシオンが不思議そうにその方向を見るフィアたちに言った。
「おそらく、オリジンの帽子屋と三月ウサギじゃねぇかな。あいつら、物語上でハートの女王にクビにされたけど、物語以外でもずーっとお茶会開いてるから」
「あまりにも騒々しいので、帽子屋横丁を出禁になっていましたよね、彼ら」
ランベイルが言う。その時、オリジンの帽子屋と三月ウサギのお茶会場と思われる場所以外から、怒鳴り声が響いてきた。言葉は聞き取れないが、話し手がひどく怒っていることだけは伝わってくる。
「誰かが、怒られています。……止めましょう」
フィアが、ティアシオンの服の裾を掴んで言った。ティアシオンは怪訝そうな顔で言う。
「わざわざ面倒ごとに首を突っ込む必要がねぇだろ。それにオレたち、一応追われてる身だぜ?」
「フィアが行きたいって言ってるんだから、付き合ってあげようよ。……誰だって、人が怒られている声とか聴きたくないし、怒られている内容が理不尽なものなら、なおさら止めてあげないといけないと思う」
ルクアが本から顔を上げずに言う。ティアシオンは大きく溜め息をつきながら、進路を怒鳴り声が響いてくる方向へ変えた。
しばらく歩いていくと、長テーブルが備え付けられている場所があった。テーブルの上にはたくさんの食器類。しかしどの食器にも食材などは載っていない。食材の食べかすばかりが、食器の上に申し訳程度に載っている。そんなテーブルを囲うようにして、三人の人物がいた。一人はシルクハットのようなデザインの黒い帽子をかぶった青年。もう一人は、白髪に同じ色の大きなウサギの耳がついた青年。そしてもう一人は、旅人のような服装をした、ふくよかなお腹のおじさんだった。どうやらこのおじさんが、怒鳴り声の主らしい。フィアたちは物陰に隠れて、そっと様子を窺う。
「あれだけ高い料金を請求しておきながら、できた服がこれか!? しかも、日数もかなりかかっている! さらに服のサイズも合っていないときた。こんなパツパツの服を誰が着るというんだ!」
その言葉を聞いて、フィアたちは再びふくよかなお腹のおじさんに目を移す。フリフリレースがたくさんついた服からお腹の肉がはみ出てしまい、ごまだらけのへそが見えてしまっている。その様子を見て、フィアの隣でルクアが必死で笑いをこらえていた。フィアはおろおろと、笑っちゃ失礼だよと小声で告げる。しかし、彼女が声を出して笑いだす前に別の笑い声が響いた。
「あなたたちは笑いのセンスの塊ですわっ! 道行く人を笑いで癒す、あなたたちは生粋のえんたーていなーですのねっ」
アリスが物陰から飛び出すと、人形のようなかわいらしさからは想像できない格好で笑い転げる。突然現れ笑い転げるアリスの姿を、おじさんとシルクハットの青年、ウサギ耳の青年は呆気にとられたように見つめた。しばらくして、おじさんが顔を赤くして怒鳴った。
「笑いごとではないっ! こいつらに金をぼったくられたんだ! 知り合いならなんとかしてくれっ」
「ぼったくりなど、人聞きの悪い。……我輩の服はいずれ、このワンダーランドに流行をもたらすのだ。まだ時代が我輩のファッションセンスに追いついていない、それだけだ」
おお、嘆かわしい。そう似合わない物言いをしながらシルクハットの青年は、自惚れた動作で前髪をかき上げてみせる。それを見てティアシオンが物陰から飛び出し、早口にまくしたてる。
「お前の服の魅力なんて誰も分からねぇし、分かりたくもねぇ。もしお前の服が売れるようになったなら、逆立ちして街を歩いてやってもいい」
「おや、ティアシオン君じゃあないか。我輩の作る服が欲しくなったのかね」
「エドワード。お前は職人に向いていない。さっさと店をたため」
ティアシオンの言葉に、ルクアが反応した。
「さっきランベイルさんが言っていた知り合いの帽子屋さんの一人が、あの人ってこと?」
「その通りです。しばらく会っていなかったので少しは成長したかと思ったのですが……、どうやら全く成長していないようです。人間的にも、職人的にも」
物陰に隠れたまま、ランベイルが大きく溜め息をつく。ティアシオンは肩をいからせてフィアたちの物陰まで戻ってくると言った。
「行くぞ、出発だ。こんなやつらに頼むなんて、まっぴらごめんだからな」
「待ってください、ティアシオンさん。あっしを見捨てないでくださいっ」
白髪のウサギ耳の青年が追ってきて、ティアシオンの肩を掴んだ。そして物陰に隠れている一行を見つけた。ウサギ耳の青年は、嬉しそうに微笑んで言った。
「おやまぁ、お友達も一緒だったんですね。人肌恋しい季節です。あっしが人肌見せましょう!」
ほーれあったかくなーれっ、なんて言いながら、ウサギ耳の青年が文字通り上半身をまとう服を脱ぎ捨てた。辺りには、女子陣の悲鳴が響きわたった。
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