旅の目的地と影
「とりあえず、まずは当面の目的地が必要だよな。どこへ向かうべきだと思う?」
ティアシオンの問いに、ランベイルが大きく溜め息をつく。
「まったく、貴方という人は……。目的地も決めずに、旅へ出ようとしていたのですか。さすがというか、なんというか……」
「どーせオレは、行き当たりばったりの人生で生きてる、だらしのない人間だよ」
ツンと澄ました表情でティアシオンは言う。アリスは、自分の服を見ながら言った。
「当面この世界で生きていくことになるのなら、まずは服装をなんとかしたいのですわ」
フィアやアリス、ルクアは今の今までベッドから出てきたときのままの服装……、パジャマだったのだ。
「確かにその服装のまま行動したのでは、目立ちますね。自分たちは物語修正師であると告白して歩いているようなものです」
ランベイルは少し考え込むと、ぽんと白い手袋をはめた手で手を打った。
「それでは、お茶会の街へ行きましょう。あそこには、確か帽子屋が住んでいたはずです。彼に頼めばきっと、三人に似合う服を仕立ててくれますよ」
「帽子屋って……、あの、イカレ帽子屋と同一人物?」
ルクアが少し嫌そうな顔をする。すると、ランベイルが笑って答える。
「僕が言っているのは『不思議の国のアリス』の作者によってつくられた、オリジンの帽子屋ではありません。安心してください。帽子屋という名称は、あくまで職業名にすぎません。オリジンの帽子屋以外にも、後から物語修正師から生み出された帽子屋がたくさんいるんですよ」
「帽子屋が、たくさん……」
「知り合いの帽子屋は、二人いましてね。……片方は、お茶会の街の中にある、帽子屋横丁に住んでいたはずです。もう一人は……、しょっちゅう住所を変えてた気がするので、今どこにいるのやら」
「エドワードに頼む気なら、オレは反対だぜ。アイツは、自分の仕事に誇りを持ってない。そんなやつが作る服をもらうくらいなら、そこらに売ってる量産型ノーブランド品の服の方がマシだ」
ティアシオンが毒づく。ランベイルは、まぁまぁとティアシオンをなだめる。
「どちらかに頼めるのなら、友人価格で安くはしてもらえるでしょう。それに、全く見ず知らずの帽子屋に頼むのは、ハートの女王側に情報が漏れる可能性があるので、あまりよろしくないですし」
「それはそうか知らねぇけど……。オレは、エドワードに依頼するのは反対だからなっ」
そう言って、ティアシオンは自室へ荷物をまとめに行ってしまった。ランベイルはまた溜め息をつくと、独り言のように言う。
「まったく、仕事のこととなると熱くなるんですから……」
ランベイルは言い、三人に向き直る。
「さて、出発まであまり時間がありません。何かお手伝いできることがあれば、なんなりとおっしゃってくださいね」
ルクアとフィアは、顔を見合わせる。後ろからは、アリスの視線を痛いほど感じる。冷や汗をかきながら、フィアが言う。
「いえ、わたしたちは、自分たちで準備できますので。……アリスさんの荷物整理が大変だそうなので、手伝ってあげてください」
それだけ言って、二人はそそくさと寝室に戻った。後ろからはアリスとランベイルの、話し声だけが聞こえてきた。
そんな平和な一行に、一つの暗雲が垂れ込み始めた。ティアシオンの家の屋根の上。そこに一人の青年が経っていた。青年は、桜色の左右非対称の髪をどけると、ふっと微笑む。
「……まさかとは思ったが、まだこの街にいたとはな」
『トゥルー先輩! 今どこにいるんですかっ! 単独行動はやめてくださいといつも言ってますよね!?』
青年……――、トゥルーの胸についた紋章付きのバッジから、彼の部下のクレールの大声が漏れ出る。トゥルーは顔をしかめ、小声で答える。
「……昨日遭遇した、物語修正師候補生グループを発見した。場所は、お菓子の街の住宅街の中だ」
『お菓子の街!? まだその場所にいたんですか! ぼくはてっきり、別の街に逃げてしまったものだとばかり……』
「……まぁ普通ならそう考えるし、そう行動するのが妥当だ。匿ってくれる者がいなければ……な」
『協力者がいたんですか』
「……あぁ。オリジナルの住人二人だ。一人は、お菓子職人見習いのティアシオン、もう一人はハートの女王側の王室騎士、ランベイルだ。……なかなか厄介な相手かもしれない」
『とりあえず泳がせて、他の物語修正師候補生に接触しますか?』
「いや。……顔見せだけでも、しておこうと思う」
『先輩、分かっているとは思いますが単独で乗り込んだりはしないでくださいね。今の貴方は……』
最後まで言葉を聞かずに、トゥルーはバッジの通信機能をオフにした。そして、不敵に微笑む。
「……感動の再会と洒落こもうか、ティアシオン」
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