お菓子の街での出会い
ルクアはフィアと同じように膝をつき、ネズミに向かって聞く。
「あなたは、作者さんによって生み出された存在? それとも別の誰かによって生み出された存在?」
「オレは、物語修正師の一人に生み出された『オリジナル』だ。そもそも、『オリジン』は数が少ないからな、ほとんどが『オリジナル』だと思っていい」
ネズミが答える。だがそれがどうしたといった顔をしている。
「『オリジン』でも『オリジナル』でも、どちらでもいえる事だとは思うけれど。……生み出された以上、それなりに理由があって生み出されていると思うの。『オリジン』であれば、物語に必要なキャラクターとして生み出されたんだろうし、『オリジナル』であれば、物語修正師が、その役目を必要としたから、生み出したんでしょ。……あなたは、いったいどういった役目で生み出されたの?」
ルクアの問いに、ネズミが鼻を鳴らす。
「毎日この看板を修繕すること、それだけだ。毎日毎日、同じ仕事。つまらないことこの上ねぇ。観光客が少ねぇ水曜日と木曜日が休みだ」
「お給料は、出るの?」
「そりゃ、出るさ。……食事代も出ないんじゃ、役目どころじゃねぇ」
「何が不満なの?」
「だからさっき言ったろ。毎日毎日同じことの繰り返し。ハトとカラスとが毎日毎日看板を壊しに来やがる。それが気にくわねぇんだ」
「ネズミさんは嫌がってて、わたしたちに助けを求めてるんです。なんとか力になってあげないと」
フィアの言葉をルクアは無視して、ネズミを見つめたまま聞いた。
「じゃあ、仮にこの仕事をあなたがやめたとします。その後、あなたはどうする気なんですか? そして、あなたがこの仕事を辞めた場合、どうなると思います?」
「仕事辞めてからだぁ? そんなこと、決まってるじゃねぇか。遊んで暮らすんだよ。物語修正師なら、仕事をせずとも、オレが暮らしていける方法を教えてくれるだろ。さっさと教えてくれよ。オレは、仕事を辞めたいんだ。そのためなら、何だってする。オレが仕事を辞めたらどうなるかという質問もあったな。……看板が腐るだろうな、それだけだ」
それを聞いて、今度はルクアが鼻を鳴らした。
「私も大概自分に甘いと思ってたけど、自分より自分に甘い人が見つかってよかった。……それじゃ、あなたに転職を提案します。『フリーター』にね」
先ほどまで難しい顔をしていた銀髪の少女はそれを聞き、楽しげにくるくるっと回る。
『まさかこの人を作った物語修正師も、自分の作ったキャラクターが『フリーター』になるだなんて、思ってもみなかったでしょうね』
そう言ってから、少女はネズミに向かって言った。
「『看板手直し係』から『フリーター』への転職を認めます。しかし、次の転職が可能になるのは、物語修正師または物語修正師候補生が次回派遣された際以降であり、その間仕事に就くことは許されません。……それでもいいんですね?」
「もちろんいいよ、これで働かなくて済むんだからな」
『職業変更を受け付けました。明日からどうやって生活していくのかは存じませんが』
銀髪の事務的な返答に、ネズミが顔を赤くして怒鳴る。
「はぁ!? 仕事に就かなくても生活できる方法を教えてくれるんだろ!」
『あたくしも彼女も一言も、働かずに暮らしていく手立てがあるとはお伝えしていません。あくまで、職業変更してあげると言っただけです』
銀髪の少女の言葉に、ルクアも頷きながら言う。
「そもそも働かずに暮らすなんて、できるはずもないし。できるなら、下手したら世の中の人みんな働かなくなるし。働かざるもの食うべからず、だよ」
「確かに。自分で働いたお金で生計を立てる、当たり前と言えば当たり前ですわね」
「でも……」
フィアの言葉に、ルクアは少し遠い目をして言った。
「私も最初は思ったよ、働かずに好きなことだけやっていけたら、どれだけ幸せだろうってね。でも、人生そう甘くない。自分の好きなことをやりたかったら、お金がかかる。お金は、働いて得るしかない。……それにね、このネズミさんは転職して、自分の天職を見つけようとしてるわけじゃないでしょ? ただただ現状に文句を言って、その現状を打破するにはどうすればいいかを考えようとしていない。だから、一度リセットして来い。そういった意味で、『フリーター』になってもらうことにしたんだ」
ルクアは怒りか悲しみかで、わなわな震えるネズミに向かって言う。
「よーく考えてみるといいよ。この仕事の何が嫌だったのか。そしてそれを改善するためには、何が必要だったのか。……話は、それからだね」
そして歩き出す。アリスはルクアの言葉につけたす。
「あの人、言葉が少し足らないのですわ。……ネズミさん、よーく考えなさい。職業は『フリーター』ですけれど、看板ならまだそこにありますわ。そして、『看板手直し係』は現在、誰もいない状態。あたしが言えるのは、ここまでですわ」
そう言ってアリスもまた、歩き出す。フィアは、悲しそうにうなだれる小さなネズミの姿を何度も振り返りながら歩き始めた。そして、小声で言った。
「あのネズミさんに、幸運がありますように」
この一件の後、このネズミはこの街で有名な、口は悪いが腕は一流の看板修繕師および看板職人として名を馳せていくのだが、無論この時の彼女たちは知る由もない。
♢♦♢♦♢
ルクアたちが街の中を進んでいると、大きな広場のようなところへ出た。フィアが感嘆の溜め息をつく。
「ここ、クリスマスマーケットのようですね……っ」
「たくさん出店が出ていますわ」
「私、もちろん雰囲気も好きなんだけどさ、こういうところ来ると絶対何かお土産買って帰らないとダメな人なんだよね。ついつい記念という言い訳をして何かしら買っちゃうタイプ。困ったもんだよね」
「そういう時はですわね、ちょいとおじいちゃんに電話を入れればよいのですわ。あたしはいつもそうします」
「ハイハイ、甘えるのが上手なアリスちゃんのことは無視ですよーだ。社会人の私は、自分の給料で買えるでしょ、の一言で終わりなんだから」
ま、当たり前のことなんだけど、と言いながらルクアは周りを見渡す。付近には出店がたくさん出回っている。夕方近くなり、オレンジ色の光が出店に並ぶ商品に反射する。
出店で売られているのは、お菓子の街らしくお菓子で作られたものが多かった。フィアは、出店の中で、『私を食べて』と書かれた菓子類が並ぶ店を見つけた。ルクアとアリスを呼ぶと、ルクアは店先に出ている商品と思われるものの一つを、魅入られたように見つめていた。
それは、大きな飴細工のような色のついた半透明の材質でできた品物だった。大きな大きな木に、たくさんたくさん茨の棘が巻き付いている。棘は、木の上からさらに空に広がり、小さく見える城に巻き付かんとしている。反対側にも、もう一つ城らしき建物があった。茨が迫る城のような建物は、少し崩れている。そして木の根元には、二匹の猫。二匹の猫は悲しそうな表情で、茨の先を見つめている。
「……とっても悲しい気持ちが伝わってくる、気がする」
「趣味の悪い作品ですわね。もう少し明るいテーマで作れないのかしら」
「まったくだ。お客さんその商品気に入ったんならさ、タダでいいから持って帰ってくれないか。オレには必要のない代物だからさ」
突然男の声がして、ルクアとアリスは飛び上がって驚く。フィアは手に持っていたクッキーをあやうく落としかけた。
声の主は、店の奥から顔を出した不機嫌な表情の青年だった。
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