出来損ないのクッキー

 青年の深い紫色の長髪はありとあらゆる方向に束ねられている。青年は、相変わらず不機嫌な声で言う。


「あ、それと。……その品物、あんまりオススメできねぇよ。出来が最悪だからな」


 青年は前髪をかきあげながら、もう片方の手でフィアが手に持っている商品を指さした。アリスはフィアが持っていた品物を隣から覗き込む。そのクッキーは、お世辞にもきれいとは呼べない形だった。ところどころひび割れがあり、売り物にならなさそうな代物である。しかしフィアはそれを胸の方に押し当てながら、静かに言った。


「でも、わたしはこれが好き……です。なんだか自分を見ているような、そんな気がして。なんだか、とっても親近感がわくんです」


「未完成なものほど美しい。……だってそれは、まだまだ成長できるってことの裏返しだから。完璧だ、完成だと思って成長を辞めてしまうこと。それが一番恐ろしいことだもんね」


 ルクアが先ほどの飴細工のような作品をまだ見つめたまま言った。そして、青年に向かって言う。


「これ、本当にもらって帰っていいの? すごくいい作品だと思うけれど……」


「それ、元々オレが作ったモノじゃねぇんだ。随分前、オレの大嫌いなヤツが作ったものだけど、どんな魔法を使っても処分できなかったから、困ってたんだ。お前さえよければ、持って帰ってくれ。……小さくする薬ならそこにある。それで小さくして持ち帰りな」


「そんなに嫌いな人が作った作品なの?」

「ああ、大嫌いだね。思い出すだけで虫唾が走る」


 青年は言って、ふんっと鼻をならす。ルクアは傍らにあった、

「私を飲んで」

と書いてある瓶の中の液体を、作品に少しだけ振りかけた。すると、みるみるうちに作品は小さくなり、ルクアの小さな手に収まるほどになった。


 ルクアは手の上に作品を乗せると、それを嬉しそうに見つめて言った。


「ありがとう。じゃあ、ありがたくもらっていくね」


 青年は、ぶっきらぼうに答える。


「ああ。……そっちの人も、さっきの商品いるなら、持って帰ってくれていいぜ。もちろん、お代はいらない。……オレが作った、失敗作だからな」


 そう言って青年は、また店の奥へと引っ込んでいった。これ以上話すことはない、といったように。フィアは店の奥へ、声をかけた。


「ありがとうございます!」


 そして、ルクアたちと共にまた別の店の商品を見に歩き始めた。歩き始めた三人の背中に、青年が鼻を鳴らす音が聞こえた気がした。



♢♦♢♦♢♦♢


 形の崩れたクッキーを見つめながら歩くフィアと、小型化させた飴細工のような作品を見つめながら歩くルクア。そんな二人を、時々振り返りながら少し先を歩くアリス。

 そんな三人の傍らを、幾人もの人が通り過ぎていく。そのほとんどは、黒髪や茶髪の人物だった。そんな中、桜色の髪をした人物がすっとルクアの脇を通り過ぎる。その人物が通り過ぎた後、ルクアは首をかしげて立ち止まった。そしてその人物の背中を見送る。


 時々振り返っていたアリスは、ルクアが立ち止まっているのを見て、遠慮がちに声をかける。


「ルクアさん? どうかしましたの?」


 アリスの問いに、ルクアははっとアリスを見た。そしてすぐに彼女に向かって恥ずかしそうに頭をかきながら笑って言う。


「……いや、さっき通り過ぎて行ったお兄さん、かっこよかったなって」


「もう! ルクアさんたら! そんな余裕を持て余している暇はないですわ! 早くタダで泊めてもらえる場所を探さないと」


 ルクアの呑気な声に、アリスが金切り声に近い声を上げる。それを聞き、ルクアがふふっと笑う。


「うん、そうだね。急ごう」


 そういうと、空を見上げる。夜が近づきつつあった。

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