フィアの初めての選択

 フィアとアリスは半分涙目になりながら、女性にお礼を言う。


「ありがとうございます、おかげで助かりましたわ」


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 ルクアだけは、少し冷めた表情で二人とは少し離れた位置に立っていた。女性を観察するように見つめている。


 白いドレスのような服に身を包んだ女性は、一目見ればこの白の集団のリーダーだと分かる、それだけのオーラを放っていた。黒髪を長く伸ばした女性は、ニコニコとほほ笑んでいる。


「不安だったでしょう。もう大丈夫ですよ」


 女性はフィアとアリスに歩み寄ると、右手を差し出した。


「わたしは、このワンダーランドで白の女王を務めておりますホワイトと申します」


「私は、フィア・アリスといいます……多分」


「あたしは、アリス・マテリアですわ」


 二人は、ホワイトと名乗った女性と握手をする。ホワイトは、今度はルクアに近づく。そしてルクアにも右手を差し出した。しかし彼女は、手を差し出す代わりに疑いの目をホワイトに向けて言った。


「随分とシンプルな名前だね」


 ルクアの言葉にホワイトは右手を差し出したまま、くすくす笑いながら言う。


「わたしは物語修正師に生み出された存在です。その物語修正師がつけてくださった名前ですのよ」


「……なるほどね」


 ルクアはあまり納得していない様子で頷くと、ホワイトに向かって言った。


「悪いけど私、潔癖症なんだ。本当はさっき山賊に触られた手も、どこかで洗いたくて洗いたくてしょうがない」

 

 それを聞いて、ホワイトは右手を引っ込めた。そして笑顔のままで言う。


「あら……、残念ですわ」


「別に、お近づきの印は握手じゃなくてもいいでしょ」


 ルクアはそっけなく言って、ホワイトの後ろに控える白の集団たちを見やる。

「……。まぁ、あなたの部下は、そう思っていないようだけれど」


 フィアとアリスが白の集団の方を振り返ると、彼らは明らかな敵意をルクアに向けていた。フィアが慌てて言った。


「ルクアさん、ここはホワイトさんと握手しておいた方が……」


「賢明、なんだろうね。でも私は私で、ゆずれないものがある。そう簡単にひっくり返すわけにはいかない」


 それは、たとえ相手が女王様であってもね、ルクアはそう言いおく。するとホワイトは、笑顔を崩さずにルクアに言った。


「それはそれで、いいでしょう。……気に入りました。私の城へ来ませんか。色々と物入りでしょう。情報も、物資も豊富に用意があります」


 ホワイトは、もちろんあなたのお友達も一緒に、とフィアとアリスたちを振り返って言う。アリスは、飛び上がらんばかりに喜ぶ。


「本当に!? あたし、一度はお城に住んでみたいと思っていたんですわっ」


 フィアは、想像する。自分たちが、城に迎え入れられる様子を。きっと貴賓としてもてなされるだろう。どんな食べ物が出てくるだろう。どんな部屋で、どんなことを聞かせてもらえるだろう。フィアの心は踊っていた。ベッドで目が覚めて、ここへ来るまでの中で一番心が高揚していた。


 しかし、ルクアの一言で現実に引き戻された。


「悪いけど、今は遠慮しておく。こんなこと言うと、あなたの部下たちに余計に嫌われてしまいそうだけど」


 ルクアの返答に、ホワイトが初めて笑顔でない表情をする。驚いた表情だった。


「まぁ……。ごめんなさいね、少し驚いています。まさか、断る方がいらっしゃるなんて」


「ルクアさんっ!? 正気ですの!? 


 アリスがルクアの腕を掴む。ルクアは、きっぱり言った。


「だって初対面の人だよ? 助けてもらったことには感謝してる。だけど、それ一つでこの人たちを信じすぎるのは、私は賢明じゃないと思う。よく知らない人たちや、見かけや話し方だけで判断すると、後で後悔する」


 これは、私が社会人になって学んだことだけど、と付け足してルクアは、ホワイトを見つめる。


「今後、何かしらの出来事があってあなたたちを信用できる時が来たら。……まぁ、その時には時すでに遅し、助けてもらえないかもしれないけど……その時は、よろしくどーぞ」


 ルクアはホワイトと彼女の率いる一団に背を向け、さっさと歩き始める。しかしすぐ、思い出したように立ち止まる。そして背中越しに、フィアたちに声をかける。


「……これは、私が選んだ道。無理についてこなくて、いいからね。後で選択間違ったことを私に文句言われても、私は責任取らないから。自分のことは自分で決めて」


それだけ言って、ルクアは振り返らず背中越しに軽く手を振りながら、歩き出す。フィアとアリスは、あわあわとホワイトとルクアを見比べた。すぐに結論が出ないフィアに対し、アリスが先に動いた。


「夢のお城生活が、お預けですわね。……でも、仕方ありませんわ。さっき友達になったばかりのあの人といきなりお別れするなんて、友達失格ですから」


 アリスは眩しいばかりの笑顔を浮かべると、ホワイトに言う。


「あたしは、友達を追いかけますわ。折角のお誘い頂いたのに、ごめんなさい」


 そう言うが早いが、ルクアを追いかけて走り出す。アリスとルクア、二人が離れた後もまだフィアは悩んでいた。ホワイトは、そんなフィアを優しく見つめて言う。


「最初に歩き出した方も言っていたでしょう、自分のことは自分で決めなさい、と。無理にあの人について行く必要などないのです。それに」


 そこで一度言葉を切り、ホワイトは少し強い口調で言った。


「あなたたちも、まだ出会ってそんなに経っていないのではないですか」


 それを聞いて、フィアは確かにと思った。同時に思った。それであれば純粋に、目の前のこの女性と、ルクアとアリス、どちらが信頼がおけそうか、これだけで判断すればよいのだと。


 ホワイトと一緒に行けば、安定と情報が手に入るかもしれない。ルクアとアリスと一緒に行けば、彼女たちと一緒に行けば、いったい何が手に入るだろう。フィアは、随分長く考えた結果、答えた。


「……すみません、ホワイトさん。わたしも、あの人たちと一緒に行くことにします。親切にしてくださったのに、本当にごめんなさい」


 そう言って、全力でルクアたちを追いかけて、走り始めた。ルクアたちと一緒に行くことで手に入るものは、分からなかった。けれどホワイトと一緒に行くことで手に入るかもしれないものより、得がたいものなのではないか、漠然とそう感じた。だから、彼女は自分の意志で選択したのだ。


 ホワイトは、フィアの後姿をしばらく無言で眺めていた。すると傍らに、部下と思われる人物がやってきて言った。


「追いかけましょうか?」


「その必要は、ありません。わたしでなくとも、どなたかがもてなしてくれるでしょうから」


 少し怪しい笑みを浮かべながら、ホワイトは言い放った。そして、後ろの集団に引き上げるよう言った。こうして白の一団は、フィアたちと逆の方向へ歩き始めた。

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