ドアの向こう

 ドアの向こうには、薄暗い森が広がっていた。真っ暗というほどではないが、周りの様子はあまりよく見えなかった。


「こんな真っ暗な場所を進むなんて、あたし嫌ですわ。もっとマシな場所に出られたらよかったのですけれど……」


「すみません……」


「選べるような状況じゃなかったでしょ? 少なくとも、私とあなたは鍵を一つも見つけられなかった。別の鍵を探すことなく、私たちは進むことを選んだ。それは、私たち自身が選択したこと。後から文句を言わない」


 ルクアがそっけなく返す。それを聞いて、アリスは少しむっとして言う。

「何も、フィアさんに向けて言ったわけではありませんわ。ドアに向けて発した言葉ですわよ」


「ドアも、最初からこの場所を見せてくれてたじゃん。何も悪くないよ」


『ちゃんと最初から、この場所の様子を見せてたよ! 詐欺じゃないよ』


『詐欺?』

『サギ? それって鳥のサギ? それとも騙す方の詐欺?』

『減らず口をたたくんじゃないよ、アンタたち!』


 ドアの向こう側では、相変わらず他のドアたちが騒いでいる。ルクアは、ドアに言った。


「ごめんね、口が悪い友達で。……ちなみに、ここってどこなのかな」


 ルクアの問いに、ドアは答える。


『ここは、ハートの女王が所有している森の中さ。クロケー用のフラミンゴをここでよく調達してる。最近は、全く姿を見かけないけどね』

「森の中かぁ……。まあ、見たらわかるけど。とりあえず当面の私たちの目的としては、元の世界に帰るために、この世界について知って、物語を正しい方向に導くことだよね。そのために力になってくれそうな人を探していかないと」


「人が多いのは街ですから、まずは街を目指すべきだと思いますわ」


「私、森に住んでる狩人さんとか、森の守護を担当してるようなキャラクター大好きだから、ここで助っ人探しをするのも手だとは思うんだけど」


「森ですから……、エルフさんとかもいますかね……」


「不思議の国のアリスには、エルフなんて出てこなかったのではないかしら」


「私たちが持っている『不思議の国のアリス』情報前提で話を進めるのは、あまり賢明ではない気がする。私たちより前に来た物語修正師の人が生み出した存在もいるんだとしたら、エルフがいてもおかしくない。何がいてもおかしくないんだよ」


 助けてくれるんならどんな存在でも構わないし、とルクアが言う。


「とりあえず、薄暗いのは不安だからなぁ。ガス灯さん、この辺にもいるかなぁ」


 ルクアがキョロキョロ周りを見渡すと、また三人を誘うかのようにガス灯の明かりが次々と灯っていく。ルクアの顔が輝く。彼女は先ほどと同じように、ガス灯に礼を言った。それからガス灯を見つめる。


「ガス灯って、いいよね。えるいーでぃーライトなんかより、ずっとずっと、温かい」


「ルクアさん、発音へたくそですわね」


「ほっといて」


「それに、LEDライトの方が明るくて、環境にも優しいですわよ」


「んー、そうなんだけど。……もともと私が新しい物より古い物が好きだからかな」


 適当に返しながら、ルクアはまた別のガス灯の前で立ち止まり、ガス灯の放つ仄かな光を眺める。そっとフィアも隣に並んだ。フィア自身も、どこか無機質な感じがするLEDの電灯より、ガス灯の方が好きだった。

 

 その時、三人の進行方向の遠くからファンファーレが聞こえてきた。フィアの近くの木が囁いた気がした。


『嵐の予感。……気を付けて』


 フィアは振り返って声がした方を見つめた。しかし、そこには、ごく普通の木があるだけだった。


「誰かがこちらに向かってきているみたいですわね。物語修正師に理解がある人だといいですが」


 アリスが髪にからみつく枝を払いのけながら言う。フィアは、一瞬逡巡した後、二人に告げた。


「さっき、そこの木がこう言いました。嵐の予感がするから気をつけて、と」


「だから木が喋るはずはないと……」


 アリスの言葉をルクアが遮る。


「なんか、やばそうな一団が来た。嵐の予感って、あれのことかな」


 ルクアの焦った声にフィアとアリスも前方を見つめる。彼女らの目に映ったのは、様々なデザインの赤い服に身を包んだ集団だった。

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