私を飲んで

 フィアたちは、手分けして部屋中を探し回った。フィアは、テーブルの下などに落ちているのではないかと膝をついて探す。


 膝をすりながら歩いていると、何か当たる感覚があった。一度後退してみる。すると、さきほどまで膝のあった場所に、小さな鍵が一つ落ちていた。


「あ。ありました、鍵」


 フィアが声をあげると、アリスが駆け寄ってきた。


「やりましたわね! あなたが見つけたのは驚きでしたわ」


 アリスが鍵をつまみ上げていう。


『おやまぁ、随分と小さな鍵を見つけたわねぇ。じゃあそれに合うドアを見つけなきゃ』


 ブタ鼻のドアノブを持つドアが言う。


「この鍵に合う鍵穴って……、きっと小さなドアですよね……」


 鍵は、フィアの小指ほどしかない。アリスとフィアは、片手に収まる程度の大きさのドアだろうと仮定してその大きさのドアを探し始めた。


 そんな二人に声がかかる。


「いや、そうとも限らないよ」


 ルクアだった。


「確かに、そんなに大きくはないのかもしれない。……でも思い込みは、よくないよ。大事なものを、見落としてしまうかもしれないから」


 そう言って、ルクアは一つ一つのドアを入念にチェックしながら続ける。


「モノは見た目によらないものだよ。この鍵穴の大きさから想像して、勝手に思い描いたドアの大きさでしかドアを探せない人は、一生出口を見つけられないのかもしれない」


 偉そうな物言いして、ごめんね。と言いながらルクアは、ふと立ち止まる。ルクアの視線の先を他の二人も見つめる。そこには、自分たちの身長の三分の一くらいの大きさのドアがあった。鍵穴を見ると、ドアの大きさとは不釣り合いな小さい。


 フィアとアリスは顔を見合わせる。フィアが鍵を持って近づく。そしてそっと、確かめるように鍵穴に鍵を入れると、それはぴったりはまった。ゆっくりと鍵を回すと、カチャッと音がしてドアが開く。


 ドアの向こうには、森が広がっていた。


「これで先に進めますわね」


 アリスの声にフィアが言った。


「まだ……です。この大きさじゃあ、ドアを潜り抜けて向こうへ行くことができません」


「ここで、大きくなったり小さくなったりできる薬の出番ってわけだね」


 ルクアが言う。その言葉を合図にしたかのように、部屋の真ん中にあったテーブルの上に、小瓶が二つ出てくる。青色と赤色の液体が中に入っており、瓶のラベルには、


「私を飲んで」


と書いてある。


「青がマイナスイメージで、小さくなる薬。赤がプラスイメージで大きくなる薬じゃないかな。……あっ」


 ルクアがポンッ、と手を打つ。


「この薬、たくさんもらっとこう! あのー、すみません。向こうにもって出たいので、いくらか予備をくださいませんか」


『仕方がないねぇ、少しだけだよ』


 ブタ鼻のドアノブを持つドアが言うと、鍵穴から、数本の瓶が落ちてくる。ルクアはそれをキャッチして鞄にしまった。そして呆気にとられる2人に言った。


「悪いけど、先行っててくれる? わたし、最初の部屋に戻って、ベッドを小さくして鞄に入れてくる。ベッドの上に、鞄に入り切らなかったものを大量に置いてるから」


 必要なら、二人のもとってくるけど。そう前置きをしてルクアは二人を振り返る。


「あたしはベッドが汚れるのが嫌ですから、あのままにしておきますわ。元の世界に戻ったら、きっとベッドも一緒に戻ってくるでしょう」


「わたしは……。万が一、ベッドがあの場所にとどまり続けたら嫌なので、持っていきたいと思います。それじゃあルクアさん……、お願いできますか」


 一緒に戻りましょうか、そう提案したフィアにルクアは、申し訳なさそうに微笑んだ。


「私、結構一人で考えごとするのが好きなんだ。とってくるついでにちょっと散歩がてら考え事してくる。だから一人でいいよ、ありがとう」


 そう言って薬の効能も確かめず、ルクアは走り去ってしまった。アリスは腕組みをしつつ、


「まったく、落ち着きない方ですわね。……では、先に体を小さくして待つのですわ」


 そう言ってこちらも効能を確認することなく、アリスは水色の液体が入った瓶の中身を少し飲む。すると、アリスの体がほんの少しだけ、縮んだ。


「どうやら、ルクアさんの予想通りだったようですわ」


『いいねぇ、アンタたち。その調子でどんどん進んじゃいな。あたしゃそろそろ、この物語が元の物語を紡ぐことを望んでいるんだ』


 ドアの言葉に、他のドアたちが震える。それと同時に、あちこちから


『シィーッ、死にたいのかい』


という声が聞こえてきた。ドアたちは口々に言う。


『一体どれくらい待った? どれだけたくさんの物語修正師が来た? 誰も物語を修正できてない。オレたちはもうオシマイだ。もう少ししたら、この物語は焼却処分か何かにされて、オレたちは灰になるんだ。もう二度と物語が紡げなくなるんだ』


『今までのヤツらが失敗したからって、どうしてこの子たちが失敗するって決めつけるんだい? 今までのヤツらとこの子たちは、別人だ。今までのヤツらがなしえなかったからといって、この子たちができないとは限らない。アンタたちの言う通り、おそらく今回がダメだったら、あたしらはオシマイだよ。でもだからこそ、この子たちに賭けるしかないじゃないか』


 ブタの鼻のドアノブを持つドアの声に、他のドアたちは黙った。ドアは、静かにフィアとアリスに語り掛ける。


『さあお行き。もうあまり、時間がない。この世界が崩壊するまでのタイムリミットが迫ってる。具体的にどのくらい時間が残っているかもわからない。時間に直接聞いてみない限りはね』


「よく分かりませんが、とりあえず、マズイ状況なのはわかりますわ。急ぎましょう」


 アリスの言葉にフィアは頷き、二人は先に、水色の液体を飲んでドアを通れる大きさに調節を済ませた。そしてドアの入り口に待機する。


 しばらくすると、ルクアが戻ってきた。そして手慣れた手つきで瓶の中身を飲み、フィアたちと同じくらいの身長で止めた。


そうしてガミガミ文句を言うアリスをよそに、三人はドアの先へと向かった。

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