ドアの提案

『この『物語修正師』に選ばれた人間たちは、物語の住人たちの反乱、その他何らかの理由により、ページを開いても正しい物語を紡がなくなった本の中に侵入し、本が正しい物語を紡ぐようにすることが仕事。物語の住人達は、二つの種類に分けられる。『物語修正師』たちの間では、『オリジン』と『オリジナル』と呼ばれる人たちよ。『オリジン』は作者本人が生み出した、物語に登場する登場人物のこと。対して『オリジナル』は、それぞれの本独自の存在であり、物語の登場人物ではない。『物語修正師』たちは、時には『オリジナル』の住人たちを創造しながら、そして彼らに協力を仰ぎながら、物語を正しき形に戻すよう戦ってきたの』


 ここで言葉を切り、銀髪の少女は先ほどまでより険しい顔をして続ける。


『そして、今あたくしたちが立っているこの場所……、ここもまた、一冊の『不思議の国のアリス』の本の中なの。この個体はある日突然、元の物語を紡がなくなってしまいました。今はどのページを開いても、主人公のアリスが連れ去られ、城に閉じ込められる場面しか出てこない。あなたたちの当面の目標は、協力者を探すこと。あなたたちだけでは、この本の問題を解決することは難しい。まずは『オリジン』、または『オリジナル』の物語の住人たちと協力関係を結び、力をつけることが大事よ』


「私も頭が痛くなってきた」


 そう言って、ルクアが本を閉じる。すると、すっと銀髪の少女の姿も消えた。


「わぉ。あの女の子、この本に宿ってるんだね。きっと」


 そう呟いてから、ルクアは遠くで疲れて座っているアリスに声をかけた。


「アリス。とりあえずはアリスを救うために、物語の世界の住人たちに協力を仰がないといけないみたいだよ」


「あたしを救出するとはどういうことですの」


「あ、ごめん。物語の主人公である、アリスを救出するために、仲間を集める必要があるんだって」


 名前がややこしい、そう言いながらルクアは言う。


「よく分かりませんが、とりあえずここを出て、住人達と接触すればよいのですわね」


 アリスの言葉に、ルクアが頷く。


「問題は、そんな簡単に協力してくれる人たちが見つかるのかってこと。そもそも、物語の住人たちにとって『物語修正師』って敵なのか味方なのか、どういう立ち位置なのかもよく見えない」


「とにもかくにも、外に出てみないと分からないですわ。さっさと行きますわよ」


 そう言って、アリスは顔をしかめる。


「とりあえず、どれでもいいからドアを開けたいのですけれど、鍵が全く見当たりませんわ」


「あの……、ドアさんに直接聞いてみるっていうのは、どう……でしょうか」


「あなた、正気ですの? ドアが話すなんておとぎ話みたいなこと……」


「いや、あり得るかもしれない。ここ、そもそも童話の中でしょ。それに日本には、付喪神っていう概念があるし」


 明らかに勘弁してよという顔をしているアリスに対し、私、付喪神信じてるんだよね。そう言いながらルクアは、フィアに頷いてみせる。フィアは頷き返して、小さく声に出してみる。


「あの……えっと、ドアさん……でいいのかな。どのドアさんでもいいんですが、どなたか答えてくれませんか。わたしたち、鍵を探しています。どこにありますか」


 しばらくの沈黙。すると突然、止めていた息を吐き出すような音が、大量に聞こえた。


『おお疲れた。なかなか鋭いお嬢さんじゃあないか』

『そうだけども、誰でもいいって言ってるよ。あたしゃ嫌だね』

『鍵、鍵といったかい? 鍵って、なんの鍵のことだい? トイレの鍵? 心の鍵? おうちの鍵?』

『おやまあ、トイレの鍵をなくしたのかい、そりゃ大変だ』

『いやいや、トイレの鍵って誰が言ったんだい』


 部屋中に、ドアたちの会話がこだまする。その様子を三人は呆気に取られて眺めている。すると、ドアのうちの一つが三人に声をかけてきた。


『おやおや、そちらから声をかけてきたのに、随分な驚きようだねぇ。ここはワンダーランドだからねぇ、何でもアリなのさ』


 食虫花が口を開けた状態で静止したような、大きなターバン型の帽子をかぶっているような形をしたドア。ドアノブは、ブタの鼻のような形をしている。


『なんでもアリではないだろうさ。……アリ?』

『アリ? おいらは働きアリにだけは、なりたくないな。アイツら、ずうっと働き続けるんだろ』

『アンタらは黙って』


 最初のドアが言うと、またざわつきが広がり始めていたドアたちが口をつぐむ。口というものがどこにあるかは、わからないが。


『賢いお嬢さんたち。アンタたちは、どこへ行きたいんだい? ここはドアの間。たくさんのドアがある。アンタたちが行きたいところ、大抵の場所には連れてってやれると思うよ』


 三人は顔を見合わせる。フィアが言った。


「……ええと、行きたい場所が、まだわからないんです」


『それは困ったねぇ。……じゃあ、こういうのはどうだい? 今、この部屋にあるドアの鍵すべてを、部屋のどこかに隠した。最初に見つけた鍵に合うドアに、ドアが通れる大きさになって進む』


「たしかに。ドアも大きさがマチマチだから、身体のサイズの調整が必要だよね。オリジナルのアリスも体を小さくしたり大きくしたりする薬で、サイズ調整してたもん」


 ルクアの言葉に、他の二人は納得したように頷く。


『それじゃ、決まりだね。ささっと見つけて進んじゃいな』


 ドアの声に三人は頷くと、早速部屋の中を探し始めた。

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