ドアの間
三人は、小部屋のようになっている場所へやってきた。たくさんの扉がずらりと並んでいる。大きな扉、小さな扉、花柄の扉、ハート型の扉……。その形は様々だ。
その扉の数々を、ルクアは眺めてはノートに何やらメモをしている。アリスもまた、
「こんな素敵なドア、初めて見ましたわ」
などと言いながら、手帳に何やらメモをしている。フィアはドアノブの上の鍵穴から見える、向こう側の世界を一つ一つ覗き込んでいった。
それぞれ並んで設置されている扉にも関わらず、鍵穴から見える景色は全く異なっていた。ルクアが聞く。
「落ちるまで一緒だった他の人たちとか、見える?」
「あたしたち以外にもいたんですの、こんなへんてこりんな夢に巻き込まれた人」
「え、ほんとにあの時寝てたのアリス?」
「落ちてる最中に目覚めたんですから、当然ですわ!」
ルクアとアリスの言い争いよそに、フィアは鍵穴をのぞき込んだまま答える。
「人の姿は、どの鍵穴からも……。この世界には、人がいないんでしょうか……」
「……。きっと、扉の近くにいないだけだよ」
ルクアは言って、周りを見渡す。
「原作だと、鍵やら薬を手に入れて、先に進むよね」
「そうですわね。……けれど、そのようなものは置いてなさそうですわ」
「……見えないだけなのかも……しれませんね」
フィアの言葉に、ルクアがぽんっと手を叩く。
「見ようとしてない可能性もあるよね。だって、私たちは今どこに向かうべきかも、よく分かってないわけだし。自分たちが進むべき道が見えたら、おのずと道は開けるかもね」
「ではどうしたらよいか、策を考えるのですわ」
「ちょっと、さっきもらった本を読んでみようか」
アリスの問いにルクアは答え、落ちているときに銀髪の少女からもらった本を取り出す。
「さっきは何を調べたいかもよく分かってなかったから、欲しい情報を見つけられなかったけど、今なら……」
そう言いながら、ルクアはページを手繰る。すると本の中から、銀髪の少女が出現した。やはり半透明の姿で。
「うわっ、やめてよ、そういうホラー演出」
引かれるよ、とルクアが言うと銀髪の少女はそれには答えず、言った。
『やっと、欲しい情報が見つかったのね。退屈していたわ。……その間にも、既に『物語修正師』候補者グループの何組かが、脱落したようだわよ』
それを聞いて、三人は絶句した。ルクアが恐る恐る、尋ねる。
「脱落……? どういうこと?」
『言ったでしょう。『物語修正師』の仕事は、物語を正しい形に導くこと。物語を正しく導くことのできない人たち、導く意思のない人たちには、早々にご退場願っているの。ベッドが到着した場所、あそこでとどまったままのグループが幾つかあったの。そのグループは、そっくりそのまま脱落になったわ』
「……」
三人は考える。この「脱落」の表す意味を。ルクアが話をそらすように尋ねる。
「聞きたかったんだけどさ、『物語修正師』って、結局何なの」
『物語を正しく導く存在。……それだけでは分かりにくい、というわけね。……では、まずは想像してみて。それぞれの物語に、意思があるということを』
ここで言葉を切り、銀髪の少女は周囲を歩き回りながら話を続ける。
『たとえば、とある家に『不思議の国のアリス』の本がに冊あったとする。表紙や出版社、訳者は違うかもしれない。けれど、内容に変わりはないはずよね? もし出版社も訳者も出版時期も同じ本であれば、おそらく一語一句同じ物語が広がっているはず……。そう、思うわよね。けれども、必ずしもそうとは限らないの』
三人は、不思議そうに首をかしげる。それを横目に、銀髪の少女は続けた。
『本には、ページが開かれた際には、決められた物語を決められた通りに紡ぐというルールが定められています。それぞれの本に住んでいる物語の住人たち、物語の登場人物たちは、物語が始まった際には、決められた役割を演じなければなりません。一冊一冊に、アリスやチェシャ猫が存在し、それぞれの本の中で、物語を紡いでいるという事です。一八八六年には七万八千部既に売れていたという『不思議の国のアリス』であれば、その時点で七万八千人のアリスを演じる物語の住人がいた、ということになる』
「なんだか、頭が痛くなってきましたわ。フィアとルクア、あとで詳しく解説してくださる?」
そう言ってアリスは、さっさと扉を眺めに離脱してしまった。構わず、銀髪の少女は続ける。
『本たちはページをめくられるたびに、物語を演じ続けなければならない。物語の途中で読むのをやめられた時は、同じ場所で数年過ごして待っていた本の住人もいたらしいわ。自分たちの思うように生きられない物語の住人達が反乱を起こし、ページを開いても本来の物語が紡がれない本が出てきました。そこで、登場したのが『物語修正師』なの』
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