赤い本が紡ぐ物語

 本とのじゃれ合いに一区切りついたらしい赤髪の青年は、肩で息をしている。片手でしっかりと本をテーブルに押さえつけていた。周囲には、フードの青年の飲み物をすする音だけが響いている。


「自分、助けへん言うたけどさ。……ちょっとくらい手伝ってくれたってええやん」


 半泣き状態の赤髪の青年に対し、フードの青年は淡々と返す。


「……忠告は、した。お前が選んだ選択肢だ、後から文句を言うな」


「……。ホンマ自分、ええ性格してるわ」


「……どうも」


「褒めてへんから」


 少しムキになって言い返す赤髪の青年。そんな二人の掛け合いをよそに、相変わらず栗色の髪の青年は、眠ったままだ。紅葉色の美しい羽織のような服が、こぼした紅茶などで汚れてしまっている。


 栗色の髪の青年は、まるで起きているかのように寝言を言う。

「むにゃむにゃ……。帽子屋も三月ウサギも、お茶はいかが? 席ならたくさん、あるからねぇ」


 それを聞いて、赤髪の青年は驚いた表情をする。


「オレらのほかにもまだ客人がいたんかいな? 全く気付かへんかった。けど、どの帽子屋と三月ウサギのことや?」


「……ただの寝言だ。今ここにいるのは、わたしたちだけだ。」


 今のところはな、と付け足しながらフードの青年が返す。


 その時。元々栗色の髪の青年が持っていた大きな赤い本が、突然また赤い本を生んだ。身構える赤髪の青年。青年の心配をよそに、生まれた赤い本は静かに舞い上がると、フードの青年の周りをくるくると回り始める。青年はそっと前面に手を伸ばす。すると、その手に収まるように本はとび、手の上に着地した。


「うわー、なんでそっちの本、手足ないん? おかしいやろ、本って、手足あるもんやろ」


 さっきまで本に手足があるなんてホラーや、手足のある本なんて存在せえへんなどと、口走っていた赤髪の青年がひどく残念そうな、けれども羨ましそうな声を上げる。


「……日頃の行いだろうな」


 ぼそっとフードの青年が言うと、赤髪の青年は何か言い返そうとする。しかし。


「……本の続きが読みたかったんじゃないのか」


 そうフードの青年に促され、赤髪の青年はぶつぶつ文句を言いながら本のページを開く。そして、読み始めた。


「あー、くそ。さっき眠りネズミが読んでたページどこやねん。面倒やから、こっからでええかな。……穴に落ちた物語修正師候補生の資格を持った少年たちは、ベッドの木枠にしがみついた。少年の一人は、ベッドの木枠にしがみつくとき、近くに書かれたフィア・アリスの文字に再び違和感を覚える。自分は、男だ。けれどこの名前は、女性の名前ではないのか、と。なぜ自分のベッドに女性の名前が書かれているのだろう……あれ? この本おかしない? さっき眠りネズミが読んでた内容と全然ちゃうやん」


 読んでいたページから顔を上げる赤髪の青年。フードの瞳の青年は赤髪の青年のことなど全くお構いなしに、自分の本のページを開き、黙々と読み進めていた。


「ちょっ……! せっかくオレが気を利かして読み聞かせしたってんのに、全く無視かいっ! で、そっちの本も、眠りネズミの本の内容と一緒ちゃうよな」


 先に分岐したこっちの本がそうやねんから、決まってるよな、と呟くように言った赤髪の青年に対し、フードの青年は、面倒くさそうに答えた。


「……こっちの本は、さっきの続きから読めるようになっている」


「……」


「……」


 しばしの沈黙。先に沈黙を破ったのは、赤髪の青年だった。


「いやいや! それやったら、そっちが読み上げてくれたらええやろ!?」


 それを聞いてフードの青年は、大きなため息をつく。そして仕方なさそうに話し始めた。


「……少女たち三人は、まだまだ落下し続けている……」

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