物語修正師

 銀髪の少女の言葉で、ざわざわしていた一帯がしんと静かになった。少女は声を張り上げて話していたわけではない。しかしなぜか、彼女の声は反響して皆の耳に届いている様子だった。


 銀髪の少女は、険しい表情をして言葉を続ける。


「あなたたちは『物語修正師候補生』になる資格を持つ者として、この物語に呼び寄せられました。これからあなたたちは『不思議の国のアリス』の世界を追体験することになるでしょう。しかしあなたたちの知っている『不思議の国のアリス』の物語とは、似ても似つかぬ世界が広がっているはずです」


 銀髪の少女の言葉に、周囲がざわめく。しかし彼女は構わず続ける。


「あなたたちの役割はこのワンダーランドの世界で、『不思議の国のアリス』の物語を、本来あるべき正しい姿に導くことです。主人公であるアリスが不思議の国へとやってきて、そして再び元の世界に戻る。それが、本来の物語です。しかし現在この物語は、この正しい物語を紡いでいません。物語が再び正しい姿を取り戻した暁には、あなたたちは正式に『物語修正師候補生』として認められるでしょう」


 物語が正しき道に導かれなければ、と銀髪の少女は続ける。その言葉の続きを少年少女たちは、ベッドから身を乗り出して聞こうとする。


「あなたたちの世界から、『不思議の国のアリス』の本一冊が失われることとなるでしょう。この『不思議の国のアリス』に住む住人たちすべてが命を落とすことになり、そして」


「あなたたちもまた、命を落とすことになるでしょう」


 それを聞いて、少年少女たちに動揺が走った。自分たちの生命の危機となると、他人事ではない。


「ライトノベルとかでよくあるパターンだ。大方、番組の企画か何かだろう」


 それまで黙って聞いていた少年のうちの一人が声を上げる。すると周りに、安堵の雰囲気が広がった。しかし銀髪の少女の冷たい声で、再び水を打ったように静かになる。


「残念。これはテレビの企画みたいな、生易しい物語じゃないわ。ま、テレビの企画だとしても、この時点でそんな大事なネタばらしはしないでしょうけれど。でも、本当に命がかかっているのだとしたら? テレビの企画だと思って適当にやって物語が正しい方向に導かれず、結果命を落とすことになったら、あなたたちは、どうする?」


 銀髪の少女の表情と声色で少年少女たちは、少しずつ自分たちがまずい状況に置かれていることに気付き始めたらしい。


 フィアは、そっとルクアを盗み見た。ルクアは、万年筆でノートに何やらすごい勢いで書きこんでいた。小声でルクアに問いかける。


「……あの。……怖くないんですか」


 ルクアはノートに視線を落としたまま、一言。


「怖いよ」


 そう言ってから、フィアの方に向き直った。周りのベッドでは、既に半狂乱の少年少女が走り回っている。ルクアはゆっくりと、静かな声で言った。


「……だけど。だけど一般の人と同じように混乱していたら、大事な情報を聞き逃してしまうかもしれない。だから私は、とりあえず情報を集めようと思って」


 ほらこういうときって、情報を集めた人と力を持った人が生き残るでしょ、と冗談めかしてルクアは言った。フィアは見逃さなかった。彼女の万年筆を握る手が、震えているのを。


「そんな危ないイベントに勝手に参加させるなんて、ありえないだろ! オレは降りる」


 そんなルクアたちの会話をよそに先ほど発言した少年が言うと、その言葉は他の少年少女たちに伝播していく。すると銀髪の少女が指をパチンッ、と鳴らした。そして満面の笑みを浮かべ、言った。


「あなたたちに拒否権は、ありません。あるのは、ただ物語を導くという使命のみ。それでは」


 銀髪の少女が言い終わるか終わらないかのうちに、床にパックリと大きな裂け目ができたかと思うと、すべてのベッドと人々が裂け目の中へ、まっさかさまに落ちていった。

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