握手

 フィアに指さされた少女は少し嫌そうな顔をしたものの、高笑いしながら言った。

「あらぁ。人が起こして差し上げようと気を利かせてあげましたのに、いつまでも駄々をこねて起きてこないのが悪いんですのよ」


 そう言ってふふんっ、と鼻を鳴らす銀髪の少女。黒髪の少女はこれまたふんっ、と鼻を鳴らしてから軽い口調で言う。


「いるよねー、そういう喋り方の人―」


そう言ってからベッドの上に乗っていたノートを開き、万年筆であろうペンのキャップを外すと、何やら一生懸命書きこむ。その様子を、銀髪の少女は少し懐かしそうな表情で見つめた。視線を感じた少女は不思議そうな顔で銀髪の少女を見つめ、尋ねた。


「……そんなに私を見つめても、何も出ないけど……。もしかして私が忘れているだけで、知り合い?」


 黒髪の少女は、独り言のように言う。銀髪の少女は、残念そうな声で言った。


「……いいえ。初対面よ」


 そして、先ほどの口調とはうって変わり、偉そうな口ぶりで言う。


「だって、あなたのような失礼極まりない少女と出くわしていたら、あたくしが忘れるはずないんですもの」


「うわー、コイツ苦手だわー」


 そう言ってから黒髪の少女は、フィアの方を振り返ると言った。


「さっきはごめんね、疑ったりして。……私はルクアっていう名前らしい。多分、本名ではないんだろうけど。情けない話、自分の名前が今思い出せないんだよね」


 ルクアは、短い黒髪をガシガシかきながら言う。フィアは薄く笑って答える。


「わたしは、フィア・アリスっていう名前らしい……です。わたしも自分の名前が思い出せないけれど、フィア・アリスではないってことだけは、分かるんですよね」


 どこか他人行儀な話し方に、自分でも辟易とする。いつでもそうだ。誰と話すにも、敬語になってしまう。そんな自分がとてつもなく嫌いだったことを、彼女は思い出した。


 フィアは俯いた。俯いた彼女の視線の先に、突然小さな手が出現する。腕の先を辿っていくと、ベッドから出て床に立ったルクアが、フィアに握手を求めてきていた。


「どうぞよろしく、フィア」


 フィアは、おずおずと手を差し出しルクアと握手した。そんな二人の様子を見て、銀髪の少女は呆れたように言う。


「見ず知らずの世界で、確認もせずに床に降り立つなんて、バカなのか何なのか……」


 首を左右に振ると、銀髪の少女は、他の少年少女たちに向けて言葉を放った。


「いつかは紳士淑女となられる皆々様! 『不思議の国のアリス』の物語の世界へ、ようこそお越しくださいました」

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