銀髪の少女
ファンファーレが響いてきた方向にフィアは目を向ける。そこには一人の少女が立っていた。真っ黒な美しいフリルのついた膝くらいまでの丈があるワンピースを着ている。さらに眩いばかりの少しウェーブがかった銀髪を首筋あたりまで伸ばしていた。服の黒と、銀髪が絶妙なバランスを保っている。手にはラッパのような楽器が一つ。きっとそれが、先ほどのファンファーレの正体だろう。それを持ったまま、少女は大きく二、三度伸びをした。姿勢に応じて、銀髪に光が反射する。
銀髪の少女はどうやら、さっきの物音で目覚め始めた少年少女たちがベッドから起き出すのを待っていたらしい。銀髪の少女は少年少女たちの姿を一人ひとり、注意深く見つめていく。まるで何かを見定めるかのように。
銀髪の少女の視線と、フィアの視線が交差した。フィアは少女の目をじっと見返す。少女はフィアの目を見て少しだけ、驚いた表情をしたように見えた。しかしその表情はすぐに消え、フィアの右隣に視線をやる。
視線の先のフィアの右隣の住人は、ファンファーレという騒音のせいで、先ほどよりも深く布団に潜り込んでしまったようだ。今では顔すら見えなくなってしまっている。布団が時々、もこもこと盛り上がったり凹んだりしていた。
銀髪の少女は、それでもフィアの右隣の布団を眺めつづける。フィアがそっと自分のベッドから手を伸ばして、布団をつついてみた。すると布団の中から、
「分かってるって。出勤時間の1時間前にちゃーんと、目覚まし時計設定してあるってば。昨日も遅くまで小説書いたり、仕事のメール出したりしてて疲れてるんだから、ほっといてよ」
というくぐもった声が聞こえてくる。フィアはそれを聞いて、大きなため息をついた。そうして銀髪の少女の方を振り返る。
銀髪の少女もフィアと同じように大きく溜め息をつく。そして、楽器を持っていない方の腕をすっと天に向けて伸ばした。
少女の片手に呼応するかのように、ルクアと書かれたベッドに乗っていた本の一つが空中へふわり、と舞い上がった。フィアは、はっと息をのむ。そして、まだ重たいまぶたをゴシゴシとこすった。これは、夢の続きなのだろうか。それとも、現実に起きていることなのだろうか。そんなことをフィアは考えながら本の行く末を眺める。本はしばらく上昇を続けた後、急に羽がなくなったかのように空高くから、布団の山に向かって落ちた。
ゴンッ、という固いものと固いものが激突する鈍い音がしたかと思うと、布団の山が一気に形を変え、縦長の山に変わる。しばらくして頭を押さえて布団から少女が起き出してきた。銀髪の少女の方を振り返ってみる。本を浮かせたと思われる銀髪の少女は、くすくすと笑っていた。視線を感じて振り向くと、ルクアと書かれたベッドで眠っていた少女と目が合う。
真っ黒な黒髪を肩くらいまで伸ばした、少し丸顔の少女。綺麗な円が描けそうな、まんまるおめめ。そのまんまるおめめは、今は二重まぶたが半分ほど下ろされた不機嫌な表情を作りだしている。黒髪の少女はフィアの顔をまじまじと眺めた後、少し首をかしげながら尋ねてきた。
「あの……うーんと、以前、どこかでお会いしました?」
言葉から察するに、先ほど本をぶつけたのがフィアだと思っているらしい。初対面だというのに最悪の第一印象が根付いてしまったものだと、フィアは少し悲しくなる。
「いえ、今日初めてお会いしましたけど……。えーっと、さっき本をぶつけたのは、あの人です」
このまま疑われたままでは辛いものがあるので正直に伝えよう。そう思ったフィアは小声でそう言い、銀髪の少女の方を指さした。
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