夢から醒めても

 目覚めるとそこには、望まぬ非日常が広がっていた。いつものこじんまりしたベッドの上で眠っていたのには、違いない。けれど、ベッド以外の何もかもが異なっていた。いつもの自分の部屋とは全く異なる世界が、視界いっぱいに広がる。まるでベッドと自分だけ、強制的にお引越しをされたかのようだった。


 もしかして、自分の外見なども変わってしまったのではないか、そんな考えが彼女の脳裏をよぎる。慌てて体を起こしベッドの上に置いていた手鏡で、自分の姿を確認する。


 出かける前には横髪を必ず二つくくりにする、長い黒髪。茶色の目。どうやら、外見に少なくとも変化はないようだ。安心して、周りを見渡してみる。


 少し視線を泳がせると他にもたくさんのベッドが並んでいる。天蓋付きのおしゃれなベッドから、今にも壊れそうなボロボロのベッド、本が投げ出されているベッド、様々なベッドがあった。


 今度は自分のベッドに変化がないか観察してみると、一つだけいつもと異なっているところがあった。それはベッドに、名前が彫られていることだった。「フィア・アリス」そう、書かれている。


 先ほどの夢にもその名前が出てきたなと、ぼんやり考えながら少女は首をかしげる。彼女の名前はフィア・アリスではない。もっと別の名前であったことは、覚えている。しかし一体どんな名前であったのかは、全く思い出せない。本当は自分の名前はフィア・アリスなのだが、その記憶が飛んでしまっただけなのだろうか。


 そんな不安な思いを抱えながらフィアは自分の右隣のベッドを見た。まるでぬいぐるみのために用意されたベッドのように、溢れんばかりのぬいぐるみが並んでいる。ぬいぐるみ以外にも、ベッドの頭部分の収納などに不思議な雑貨や、本、デザインを美しくするために施されたのであろう突き出した棒の部分などに、色とりどりの紙袋がぶら下がっていた。その紙袋のいずれも、袋が破けそうなくらいに物が詰まっているようで、紙袋のところどころから、とがった部分が浮き出ている。


 ぬいぐるみたちに埋もれるようにして、一人の少女の顔だけが見えていた。あまり手入れはしていなさそうな、あちこちにハネた黒髪の少女は、幸せそうな寝顔で眠っている。楽しい夢でも見ているのだろうか。傍らには万年筆と大学ノート。そしてベッドには、「ルクア」という文字が彫られている。この少女の名前だろう。起こすのが憚られたので、反対側の隣のベッドを眺めてみた。


 反対側のベッドは、赤と黒のチェックが目に眩しいデザインの、ふりふりのレースがたくさんついたベッドだった。ベッドの中には、これまたかわいらしい人形のような美しさの少女が眠っていた。輝く金髪がなお、少女をフランス人形のように美しく見せる。この少女が眠っているベッドには、「アリス・マテリア」と彫られていた。


 両隣の少女たちを起こすかどうか迷っていると、大きなファンファーレのような音が、辺りに鳴り響いた。

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