二
「本当に痛くないのかい?」
彼女――
自身の体重を支えることが出来ないので、電動車椅子での生活を強いられているが、それどころの問題ではないことくらい、医学知識のない宏にでも理解出来る。
しかし、彼女は生きている。その事実は覆しようがない。
「私、治癒力が凄く良いらしくて。この調子なら一か月もすれば退院だって、河村先生も言っていたわ」
見舞いを終えた宏は、目的もなく街を歩いていた。
何も変わらない見慣れた風景。事故に遭った時は、見ることを諦めていた風景。それが目の前にある。加えて、失うと確信していた最愛の彼女までもが助かった。まさに願ったり叶ったりの状態のはずだ。
にもかかわらず、この至福を認めることが出来ないでいる。もしも認めてしまったら――何か取り返しのつかないことになりそうな気がするから。
「もしかして、
見知らぬ女性に呼びかけられた。レディーススーツにタイトスカートを着ているが、そこにはシワひとつ付いていない。就活中の女子大生だろうか。
「確かに私が佐久間ですが、何か?」
「その、ワタシなんかが言うのも失礼かもしれませんが――応援してますから」
宏は困惑した。
ちょっと、と止めようとしたが、女子大生は構わず話を進めていってしまう。
「いえ、分かっています。あんなこと、簡単に受け入れられる訳ないですもんね」
全く話についていくことが出来ない。一体何がどうなって、赤の他人に慰められる羽目になっているのか。
その後も彼女は延々と話をし続けた。終わってみれば五分という短い時間ではあったものの、当時の宏にとっては数十倍にも感じられた。
ひとしきり話し終わると、呆然自失としている彼を尻目に深々と一礼をしてどこかへと去っていった。
宏に正気が戻ったのは、それから更に十数分後のことだった。目を見開くと、すぐにスマートフォンを操作した。
「もしもし、佐久間だけど。今、会いに向かってもいいか――訊きたいことがあるんだ」
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