Round And Round

脳幹 まこと


 病院のベッドの上で佐久真さくま ひろしの意識は戻った。

 彼は自分の置かれた状況を把握し、それが終わるとゆっくりと目を閉じた。

 ナースはその様子をひとしきり確認した後、「河村先生をお呼びしますね」と言い残して病室から出ていった。

 足音が消えたのを確認した後、目に溜めていた涙を一粒二粒と流していく。

 

 宏は最悪の交通事故に巻き込まれたのだった。

 元凶は時代錯誤も甚だしい走り屋。周囲への配慮など微塵も考えず、改造車で爆走し続けていた。

 警察は懸命の追跡を試みるも、時速200キロで突き進む車に追い付くことは至難であった。高速道路にいた誰もが、自分にだけはその火の粉が降りかからないことを祈っていた。

 そして、その時はやってきた。神憑り的な運転をしていたその走り屋が、ハンドル捌きを誤った。改造車はスリップし、回転したままサービスエリアへと突入、ちょうど駐車場にいたカップルを轢き潰したのである――



 しばらく佇んでいると、白衣を着た老人がやってきた。ワッペンには「河村」と書かれている。この人が主治医なのだろうと宏はぼんやり考えていた。


「君は幸運だ。あれだけの事故を受けながら、ほぼ無傷でいられたのだからね」


 幸運。間違いない。しかし、その言葉を聞いた宏は思う。

 その幸運は本来、別の人間に与えられるべきものだったのではないのかと。

 あの時、位置が逆だったのならば、生きていたのは自分ではなかったはずだ。


「だが、彼女・・の方は更に凄まじい運の強さだ。まさに奇跡と言わざるを得ない」


 彼女だと。今、この医者は彼女と言ったのか。

 宏は反射的に訂正しかけようとしていた。「彼女が生きているわけがない」と。薄れゆく意識の中で確かに見たのだ。彼女がぐちゃぐちゃになっていくのを。

 しかし、声が発されることはなかった。当の本人からやってきたからである。


「宏さん、私です」


 車椅子に乗り、笑顔で手を降るのはまぎれもなく、自分のパートナーである磯谷いそたに 真由子まゆこで間違いない。顔はあの大惨事の後とは思えない程に綺麗なままだ。

 嬉しい。幸運を自覚せずにはいられない。ただ、それも余りにいき過ぎると不気味である。

 そんな彼の胸中を映しているかのように、彼女の剥き出しの細長い腸がびくびくと蠢いている。


 そう、奇跡としか言いようがない――磯谷 真由子には頭部以外・・の全ての皮膚と筋肉が存在していないのだから。

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