VSドラゴン~これが俺達の常識だ!~
「さあ、これがお前の真の姿だ! ライ、お前すら知らなかった真実の姿では、もう逃げられないぞ! 覚悟しろ!」
俺は変わり果てたライに指を突きつける。何だか、探偵が犯人を追い詰めるような感じで楽しく思えるのは気のせいか。
彼の姿を目にしたアリアさんは魔法詠唱を口にするのを止め、とびっきりの大声で「なにこれ―!」と叫んでいた。まあ、当たり前か。
しかし、次の言葉には驚くべきだった。
「ねえ、こっちで飼わないってか、飼っていいよね? 飼っちゃダメ!? 首輪付けてさぁ! ペットにしようよー! ああん、それならこの異世界に一生いてもいいかも」
「あの……一応、そいつは魔物に化けた人間ですよ?」
「人間でもいいよ。首輪付けて飼おうよ!? いや待て。ソージロー君、首輪付けてみる?」
「何故ですか!? 支配型のサイコパスですか!? 結局、首輪が好きなだけじゃないですか!?」
しかし、彼女が見とれてしまう気持ちが分からなくもない。相手が可愛くなったのだから。逆に危険だ。戦意が喪失するのは、戦闘の中でも最もかなり死に近い状況である。
でも、この姿を見たら、どうしてもニヤけるのが人の常。
「シャー! シャー! バウ、バウ!」
さっきまでの「ギャオーン!」と言う迫力ある遠吠えは何処に消えたのだろうか。今は、小さい猫やチワワが吠えているのと何の変わりもない。全く怖いとは思えないのだ。
ライに与えた俺の常識。それは、彼はまだこの世界で生まれて二年という事実だ。つまり、魔物になれる能力を手に入れてから、二年しか経っていないのである。
ドラゴンが生まれてから、二年。何処の世界でもそんな短時間で大きな龍になれる種類は存在しない。最低でもあそこの大きさになるまで、百年、二百年は掛かるだろう。それが俺が認識していた常識だった。
小さく尖った耳に俺の背の半分にも満たない体。足もカナヘビみたいで、愛くるしいと言っても過言ではない。
「じゃあ、これをやっつけちゃう? 本当に倒しちゃうの?」
「…………はっ! そうですね! そうそう!」
アリアさんに言われ、我に返る俺。急いで自分の頬を両手でピシャリと叩き、眼を覚ました。
「行きますよ!」
「で、でも可愛いから……やっぱ撃てない!」
彼女は散々、人間の姿の時に散々
俺は彼女に別の作戦を提案した。
「じゃ、じゃあ、アリアさん。魔法弾を素早く何度も撃ってください。ライに当てなくても構いません」
「えっ……じゃあ」
それだけで良い。
俺は相手に刀を突き出し、斬る構えを取った。勿論、相手はその軽い体を生かし、逃げようとする。姿を変えるよりもトカゲのような速さで逃げた方が助かると判断したのだろう。
しかし、俺はそれを見越している。
相手は飛び交う赤や緑の魔法弾に行く手を
「お前の負け……うわあああああ!? な、何するんですか!?」
「ごめん! 一発当たっちゃった!?」
突然、背後からの魔法攻撃に体が痺れていく。最後の決め台詞が全て台無しだ。
何で相手には情けをかけるのに、自分には一切手加減をしないのだろう。その辺り、アリアさんに嫌われているのだろうか、俺。
取り敢えず、気を取り直して体勢を整える。ライはすでに人間の姿へ戻り、みすぼらしい恰好で地面に伏せていた。
「さ、さあ、これで勝負あったな。これからは活動を控えろとの、要求と言うか、脅迫だ。後、他の転生者にもその要綱を告げておけ。以上だ……何て、もう言えねえか」
俺達は彼が倒れているのを確認すると、そばに咲いていた一輪の黄色い花を抜き、そこに添えておく。どうか、安らかに。
「死んでねえぞ! こらあ!」
「あっ、生きてた」
返事がないから、そのまま違う場所に異世界転生したのかな、と思っていた。アリアさんは俺をジト目で「そんな訳ないでしょう」とツッコんでくれる。だが、普通の常識だと刀で斬られたら、ほぼ生きている希望はない訳だから……と、そんな屁理屈(?)をアリアさんに向かって、こねていたら、ライが起き上がった。
「負けたか。負けたか。くくくくく、この感覚も久しいなあ。悔しいと言う気持ちが心を侵食している……何故だ。何故、悔しいんだ?」
その言葉に俺は一つ心当たりがあった。恐る恐る呟いてみる。
「もしかして、勝てるって言う確証があって、それに値する報酬もあったから、悔しいんじゃないか、って俺は思うけどな」
「ふふふ……勝てる、か。やはり、ならばお前の勝ちはまぐれと言うことか」
……間違いとは言い切れないのが、俺の性格。それが「そうです、その通り、スライムでそのまま襲ってきてたら、全滅してました」と弱みを顔で探られないように彼から目を逸らす。
そこでアリアさんがライに向かって威勢よく喋り始めた。
「馬鹿ねえ。格好よく勝とうとしているってことが、どういうことなのか分かってないの?」
「はあ……」
ライの消沈している様子にアリアさんは溜息をつく。それから、追い打ちをかけるかのように言葉をぶつけた。
「わざと苦戦したに決まってるでしょ? 圧勝できる実力をもつ人は絶対最初に自分の手を見せない。まあ、ゲームとかでよくある。必殺技を何で最後に残しておくのか、最初に使えばいいじゃんってのの答えよね、これ。だから、わざわざ手加減してるんで、どんなまぐれでも負ける訳がないじゃん」
彼女はアドリブをペラペラと話していく。そこで俺は、失礼を承知で彼女には詐欺師の才能があるのではないかと思ってしまった。
但し、それで納得する理解ある相手でもなかった。
「そうか。そうか。こちらも、全力を出さなかったのが負けの原因だったのか」
「さっきまで、悔しいって言ってなかった? 全力で戦ったんでしょ?」
「龍の姿ではな。まだ俺様のコスモを微塵も感じない状態で勝ったとして満足するか!? 闇を全く知らない素人どもめ!」
相手の勢いに驚愕する気も失せてしまった。これこそ、本当の戦意喪失だったのかもしれない。
アリアさんは目を丸くして、俺に囁いた。
「ねえ、どうする? これじゃあ、何度も戦うことになるんじゃ」
「誰にも止められないんじゃない? どうするべきかな……」
絶対俺達の話を聞いてくれることはないだろう。寒い台詞を連発してくる彼をこれ以上、説得させられる自信が俺にはなかった。
黙りこんだアリアさんも同じらしい。
「ちょっと、何してんの!?」
「えっ、まだ敵がっ!?」
俺達は女の子の幼い声を聞いた気がして、ビクビクしながら、後ろへ振り返る。そこにはツインテールの少女と紅い髪が印象的の女が立っていた。
……もしや、連戦!?
俺とアリアさんはお互いの顔を見合って、頷き、身構えた。
少女の方はライの元へ近づき、彼を介抱するかと思いきや、彼の背中を思いきり、蹴り上げる。とても仲間とは思えない鮮やかな蹴りだった。
「えっ!?」
この状況は一体……!?
女はこちらを睨み、襲撃してくるかと思っていたのだが。その目つきのまま、体をこちらに折り曲げた。いや、礼をしているみたいだ。
「うちの馬鹿がどうも、迷惑を掛けました」
「あーいえいえ」
「そんなことないですー」
相手をボロボロにしていた俺とアリアさんがそれを否定してはいけないような気がする。
そのせいで異常な程までに余所余所しい口調になってしまっていた。
少女の方はライの前で毒舌を吐いている。
「ねえ、これ、今日こそ鍋の材料にしていいよね」
「ちょっと待て!」
「あっごめん、
い、遺棄とは……。少女の姿に似つかない言葉を聞いたことで、俺は絶句してしまう。
その間にライはそのまま少女に連れてかれ、悲鳴を上げていた。赤髪の女は「仕方ないわね」と笑いつつ、俺達に一礼してから去っていった。
「一番怖いのってやっぱり、仲間なのか……?」
「何のこと? えへっ!」
彼女達の可愛さが尊すぎたことや後ろにいる恐ろしいものの気配を感じたこと。
それらに俺の震えが止まることはなかった。
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