第28話 人は簡単には変わらない

無一文になった高橋君は、急に私に

『結婚しよう』と言ったのだ。

結婚願望なんて持ち持ち合わせていなかった私には

想像の斜め上をいきすぎていた。

でも、逃げる唯一の手段になるかも、とも思った。

結婚する事で、高橋君が落ち着いてくれる期待もあった。


『お付き合い』を始めて1年で入籍した。

ちょうどタイミングの良い事に、姉が短期留学中で留守だったので

母に2人で挨拶に行った。

家を出てから母に会うのは、これが初めてだった。

父には、私1人で報告に行った。

父は『まさかオマエが結婚するとは・・・意外だった』と言った。


高橋君は、相変わらず仕事をしている時は羽振りがいいが、

無職になるたびに、ギャンブルに行き、無一文になった。

借金は200万になった。

よくも21やそこらの小娘に200万も貸すなぁ、と思った。

が、さすがに水商売の小娘には200万が限度だったようで

それ以上は貸しては貰えなかった。


高橋君は『オマエの親に頼んでくれ』と言い出した。

始めは拒否したが、殴られるので頼みに行った。

姉がいなかったからか、高橋君が一緒に来たからか

あっけなく貸してくれた。


殴られるのも蹴られるのも借金をするのもイヤだったので、

私は、昼夜と働くようになった。

9時に起き、12時から閉店までパチンコ屋で働き、

化粧を直して、24時から4時まで水商売をした。

渋谷での水商売は初めてだったが、ヘルプ要員として入店したので

営業はしなかった。

営業手帳を作った所で、またボロボロにされるだろうし

営業してる暇などなかった。

始発で家に帰り、洗濯をしている間に

高橋君が貰って来た犬の散歩に行き、掃除をした。

毎日2時間も寝られればいい方で、疲れ果てていた。

その生活を半年ぐらいしていたと思う。


夜の店に向かう途中、急に何もかもがイヤになった。

高橋君に電話をして『もう仕事を辞めたい』と言った。

電話で伝えたのは殴られたくなかったからだ。

怒り狂ったら友人の家へ泊りに行こうと思ったからだ。

意外にも高橋君は、怒らなかった。

そして私は、昼夜両方の仕事を同時に辞めた。


結婚する時に考えた『逃げる唯一の手段』を実行する事を考え始めたのは

この頃ぐらいだと思う。

『逃げる唯一の手段』とは『離婚』だ。

母を呼び出して、今までの事を洗いざらい話した。

もう殴られ蹴られながら借金する生活は無理だ、と。

が、母は嘘をついていた事を怒った。

『高橋君は優しくて、いい人だと言っていたじゃない』と。

『離婚する予定ではなかったので、そう言うしかなかった』

『母との仲も修繕したかったのだ』という

私の苦しい言い訳は聞き入れてはもらえなかった。

『家に戻らせて欲しい』という私の願いは

『高橋君の実家に帰ればいいじゃない』という意味不明な返事だった。

そう、もうこの時は、姉が帰国していたので

私への興味はなくなっていたのだ。

修復に向かっていると思っていた母との関係も

全く修復などしていなかったのだ。


離婚したいと思っていることが高橋君にバレたら恐ろしいので

母には、もう少し考えるから黙っていて欲しいとだけお願いした。


結婚してから2年が経っていた。

高橋君は、なに1つ変わりはしなかった。

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