テロ組織・ファクトリーの襲撃によって居住地ファーストは緊迫した空気が張り詰めていた。

 ジャネット達が訪れたビルを含め、主要なデパートを一斉に占拠したファクトリーが住民を一方的に射殺して行く様は今までの歴史を振り返っても類を見ない事件だ。状況を知った警備隊は部隊を編成しすぐさま対処を開始していた。

 警備隊巡回班のリーダーであるリュシーも事態の収拾に当たるため班に割り当てられた。彼女が向かう場所はちょうどジャネット達がいるデパートである。


 リュシーが到着するまでの間、ジャネットとアレットはファクトリーを戦闘を続けていた。

 目に入る住民を無差別に攻撃していたファクトリーだったが、ジャネット達の行動によって標的を二人へと変更していた。無論、そのおかげで住民達も安全に逃げる事ができている。

 対してファクトリーと交戦を続けるジャネットたちは防戦一方だ。それもその筈で、敵の数と武装はジャネットたちを圧倒している。どれほどジャネット達がアンドロイドを破壊してきたプロとはいえ、武装したアンドロイドとの戦闘経験はそれほど多いわけではない。プログラムさえあれば訓練を積んだ兵士のような動きができるアンドロイドと、実戦経験が少ない人間が戦えば、その結末は想像に難しくない。

 現在、ジャネットはデパートの正面入り口付近で戦闘をしている。インフォメーションセンターのカウンターに身を隠し、デパート中央の噴水付近に集合しているファクトリーと交戦状態だ。一旦は別行動を取ったアレットも今ではジャネットと同じ場所で戦っている。

 二人は倒したファクトリーから奪ったサブマシンガンを敵に向かって発砲している。

「敵の数が多い……」

「へっ、自分から仕掛けておいて泣き言は無しだぜジャネット!」

「あの時は、なんというか頭に血がのぼって」

「本来、そういうのはアタシの役目だと思ってたんだけどな。まあやっちまった事は元に戻せねぇし、最後まで付き合うぜ」

 本当なら勝手な行動をして騒動に巻き込まれたアレットはジャネットに怒っても良いはずだ。しかし彼女がジャネットに対して寛大なのは、信頼からきているのだ。

 カウンターが銃弾によってどんどん削れて行く。今のところ弾は貫通していないが、それもどこまで持つかわからない。早めに戦闘を終わらせなければジリ貧で負けるのはジャネット達だ。

 もちろん二人ともそれは十分理解している。だが数で圧倒されている二人が状況を覆す事は相当難しいだろう。

 撃ち返し終わったアレットがジャネットを見て尋ねる。

「さて、これからどうするよ?」

「……デパートにいた人たちは?」

 ジャネットが辺りを見ると、血を流して動かなくなった人たちの姿を目に入る。

「アタシ達がここで抑えているから、どっかに隠れているか裏口から逃げたかだな。ったく、感謝してほしいもんだぜ」

「もし逃げた人がいるならこの状況は警備隊に伝わってるはず。住民が危険に晒されているなら、間違いなく救援部隊を編成するでしょ」

「つまり、警備隊が来るまで粘ればアタシらの勝ちって事か?」

「だと思う」

「んなら話は簡単だ!」

 言いつつアレットがサブマシンガンで撃ち返した。しかし、今度はその倍の数の弾が返ってくる。

 残弾を確認したアレットが舌打ちをした。

「チッ。そろそろ弾が尽きちまう」

 もともと武装していなかった二人はファクトリーのメンバーを倒した時に弾も回収していた。弾薬が尽きれば再び探しに行くしかないのだが、この場所に釘付けにされているせいで動く事ができない。そろそろ後がないと思い始めた二人だが、ここで銃撃の音が一斉に止んだ。

「銃撃が止んだ? ……どういう事?」

「さあな。向こうも弾が尽きたんじゃねーの?」

 二人が目を見合わせた後、デパートに声が響いた。

「我らに刃向かう者共に告げる! お前たちは何者か!」

 声の雰囲気からして相手のリーダーだろうか。刃向かう者共とは間違いなくジャネット達を指しているのだろう。

「それを聞いてどーすんだよ!」

 返事をしようか考えていたジャネットだったが先にアレットが答えた。

「我々の歴史において、ヴォレヴィルが建国されてから大きな争いの記録はない。人間は他人を殺すための訓練を積む必要がなくなったのだ。しかしお前たちは違う。訓練を積み、的確に我らを殺した。ヴォレヴィルに置いて戦闘訓練を積んだ者は警備隊を置いて他にはいない。お前たちは政府関係者か!」

「残念だがアタシらは警備隊じゃねーぜ!」

「では何者だ!」

「アタシたちは! 人に害を成すアンドロイドを破壊する者、壊し屋だ!」

 アレットの言葉がデパートに響く。

「な、今のカッコよくね?」

「……」

 アレットがニカッと満面の笑みでジャネットに言った。言われたほうもなんと反応すればいいか分からず苦笑いをするしかなかったようだ。

「壊し屋……壊し屋か。ふふ、ふふふふ」

 ファクトリーのリーダーの雰囲気が変わる。

「そうか、お前たちが壊し屋のジャネットとアレットだな! こんな場所で出会えるとは、我らは幸運だ!」

「どういう事だ!?」

「我々テロ組織・ファクトリーは壊し屋、もといフラヴィ・アンドロイド相談事務所を仇敵と認識し、そのメンバーを殺す事を最優先事項として捉えている! ここでお前たちを殺す事は、ひいてはファクトリーの崇高な目的の実現を盤石にする事だ! 今ここで確実に殺してやるぞ!」

「私達も好かれたものね」

「嬉しくはねぇけどな」

 軽口を挟む二人だが場の空気が一変したことを肌に感じ取っている。相手はただの機械なのに、肌を焼くような殺意が二人を襲う。あるいは、勝手にそう感じてしまうほどの威圧感があるのだろうか。

 こうなったアンドロイドはとても危険だ。

「全員、あの二人を必ず殺せ! 己の命に代えてでもだ!」

ファクトリーのリーダーの号令を聞いたジャネットとアレットが一斉に敵に向かって発砲する。しかしファクトリーは恐れることなく物陰から飛び出ると特攻してきた。痛覚を持っていないアンドロイド達は弾が腕に当たろうが足に当たろうがお構いなくジャネット達に向かってくる。

 壊し屋を続けてきたジャネット達にとって最も厄介で危険な状況だ。

「まずい!」

「くそっ、頭をぶち抜くしかねぇ!」

「わかってる!」

 二人は弾幕を張るような撃ち方から単射で的確に頭部を狙い始める。だが敵の数が多く処理し切る前に次のアンドロイドが飛び出してくる。

 流石に無理だ。こうなればアンドロイド達と接近戦をする必要があるが、複数のアンドロイドを一斉に対処するのはジャネット達でも不可能だ。

 ──ここで死ぬ。ジャネットがそう直感したときだった。

 突如、デパートの入り口で大爆発が起こった。

「なに!?」

 ジャネットとアレット、二人に襲いかかるファクトリー達も足を止め爆発の起こった場所を見た。その数秒後──

 ババババババ!

 重い銃撃音とともに弾幕がファクトリー達を襲った。

「危ねぇ!」

 とっさにアレットがジャネットに被さるように伏せた。

 二人の耳に聞こえてくるのは銃撃音とそれに蹂躙されるアンドロイド達の破壊される音だ。

 ファクトリーはほぼ無抵抗で弾幕の餌食となっていった。腕を、足を、体を、頭を打ち砕かれていくアンドロイド達は悲鳴一つ上げずに壊れていく。まるで陳列させた人形にマシンガンを撃つような光景だ。

 そしてしばらくして銃撃音が止んだ。次にデパートの中に一台の装甲車が入ってきた。弾幕の正体は装甲車に取り付けられた機銃だ。

 装甲車に続いて現れたのは完全武装した警備隊だ。ジャネットが予想した通り、急遽編成された救援部隊が到着したという事だ。

 武装した警備隊を引き連れて現れた一人が声高々に言い放つ。

「警備隊だ! 全員武器を捨て投降せよ! 刃向かう者は容赦なく撃つ!」

 聞こえてきたのは聞き覚えのある声、リュシーのものだ。アレットの表情がパッと明るくなる。

「リュシー! 助かったぜ!」

「え、アレット!? なんでそこにいるの!?」

「ジャネットも一緒だ! ここでファクトリーとやり合ってたんだよ!」

「うそ……いるなんて思わなかったから、一斉射撃を命じちゃった」

 もしジャネット達がいたのなら一斉射撃を命じなかっただろう。リュシーは自らが下した判断に血の気が引く思いをした。

 だが、なにはともあれ生きていてよかったと胸をなでおろしたリュシーだが、別の声が響いた。

「はは、はハハははハ!」

 ファクトリーのリーダーだ。先ほどの銃撃で片腕と両足を失くした彼は突然笑い始めた。

「遅かった……な警備隊。ス……でに我々ノ目……的は果たさレた」

「黙りなさい!」

「壊シ屋を殺せなかった……のは……無念だガ、仕方あるまい」

 リーダーは喋りながら銃を自らのこめかみを当てた。

「ではさらば……ダ。ルーファス様、あなたの夢二携わる……こと、が……デキテ、感謝してイマス」

 バン!

 一発の銃声と共に、機械部品が床一面に散らばった。そしてリーダーは機能を停止した。


 ◇◆ ◇◆ ◇◆


「会いたかったぜリュシー」

「──ちょっとアレット!」

 事態が収束した後、アレットはわき目も降らずリュシーに抱き着いた。

「とりあえず、ジャネットさんも無事で良かった」

「うん、援護助かった。正直ヤバかったし」

「この状況を見るからにそうでしょうね。むしろ、よく二人で持ちこたえたわね」

 リュシーが率いる警備隊の攻撃によりただの機械になり果てたアンドロイド達の骸の数が、ジャネット達の戦いがいかに激しかったか物語っていると言えるだろう。

 そして静まり返ったせいか建物の奥から逃げ隠れていた住民たちが顔を出してきた。

「生存者がいたのね! 警備隊! 生存者の安全を確保して!」

 リュシーの号令と共に警備隊が住民たちの元へと向かう。みんな安堵した表情で警備隊を迎え入れ、中にはあまりの出来事に泣き出してしまう人もいた。

 救われた命があったことにジャネットは胸の内が暖かくなる。しかしすぐに外の状況がどうなっているか気になった。

「リュシー。外はどうなってるの? ファクトリーは他のビルも占拠したって言ってたけど」

「そちらには別の救援部隊が向かってるわ。政府が緊急招集をかけて警備隊を各地に派遣しているから、多分すぐに鎮圧されると思うけど」

「そっか、なら良かった。でもどうしてファクトリーは急にテロを仕掛けてきたんだろう」

「テロはいつも突然起こる。でもそれを未然に防げなかったのは、私達警備隊の責任でもある。街を警備するはずなのに、今でも大勢の人が死んでいると思うと、悔しい気持ちでいっぱいだわ」

 リュシーは無意識に唇を噛む。警備隊と言いつつも、事態が起こってから対処に移るようでは警備とは言えないからだ。その責任をリュシーは痛感しているのだろう。

「リュシー隊長。まだビル内に生存者がいる可能性がありますので、さらなる捜索を続行します」

「私も行くわ。捜索後、保護した一般人を一度安全区域に運んでから、他の警備隊を援護しに行くわよ」

「了解!」

 敬礼と共にリュシーの部下たちがビルの奥へと向かう。

「じゃあ私も行ってくるけど、ジャネット達はどうする? 何ならあとで皆と一緒に安全区域に運んであげるけど……」

「私達はいい。自力で帰れるから」

「そう。じゃあ無事を祈ってるわ」

 リュシーは警備隊に続いて行った。

 彼女の後ろ姿を見送ったあと、ジャネットとアレットはすぐにフラヴィへ連絡を取ろうと腕輪を操作しようとした。しかし、先にフラヴィの方から通知が来た。

「姉御からだ。多分、今の状況を察して連絡してくれたんだ」

「ちょうどいいね」

 二人が通話に出る。……だが、向こうから物音が聞こえてこない。

 不審に思ったジャネットが先に声をかける。

「フラヴィ? こちらジャネットとアレットだけど、聞こえてる?」

「ジャ……ネットか。フラヴィ……だ」

 今にも消え入りそうな声が返ってきて、ジャネットとアレットはお互いの顔を見合わせた。事務所で何かあったのだとすぐに二人は察した。

「姉御! どうしたんだ、何かあったのか!」

「いいか……二人とも。よく聞いてくれ。……ミレイユが、攫われた」

「──っ!!」

 ジャネットの全身に鳥肌が立つ。

「ファクトリー……だ。やつら、直接事務所を……襲ってきた」

「誰にやられたの!?」

「……フロランスだ」

「なんだって!?」

 アレットが一際大きな声で驚いた。

「アイツはアタシらが壊したはずだ! なんでまだ動いてんだ!」

「落ち着け……。ミレイユの位置情報を送る。まだ……間に合うはずだ!」

 ジャネットとアレットの腕輪に通知が来た。その情報を急いで確認すると、ミレイユの位置情報は一般街の中央にある大通りにあった。

 そこは一般街でも人通りが一番多い場所であり、公道も幅広く取られている。

 多少の違和感を感じたジャネットだが今は考えている時間はない。

「ジャネット、アレット。ミレイユを……頼む。ファクトリーは……彼女を……」

「もう喋らなくていいよフラヴィ。行こうアレット!」

「おうよ! ミレイユを助けるぞ!」

 ジャネット達はフラヴィとの通話を切るとミレイユのいる場所に向かって走り始めた。

 先程の戦闘で二人の体は満身創痍だったが、それでも不思議と力が湧き上がっている。それはジャネットやアレットがミレイユを助けたいと強く思っているからだろう。

 アレットならミレイユを助けたという気持ちがあるのは分かる。彼女は普段からミレイユと親しくし、姉と妹のような関係を築いているのだから。

 しかしジャネットも焦りを感じているのは、彼女自身不思議だった。アンドロイドであるミレイユに深入りをしてこなかったジャネットが、どうしてミレイユがファクトリーの手に落ちたことで焦るのか。

 ファクトリーがミレイユを入手して何かをしようとしているのは想像できる。それが危険だからこそジャネットはミレイユを奪還しようとしているのか。……いや、おそらく違うだろう。ファクトリーの目的を阻止するためにミレイユを助けるのではなく、ミレイユが心配だから助けるのだ。

 いつの間にかジャネットにとってミレイユはそういう存在になっていたのだ。そして彼女自身、それにまだ気づいていないのだ。

 たびたび情報を確認しながら二人は一般街の中央へ向かって走る。幸い、ミレイユの反応はそこから移動していない。なら、まだ間に合うはずだ。

「こっちだジャネット!」

 アレットが先導して小道に入る。目的地への近道だ。しかしジャネットにはアレットを茶化すような余裕はない。一分一秒が惜しいのだ。

 やがて小道を抜けると大通りへ出た。ここでいったん立ち止まってミレイユの位置情報を確認する。

 二人の事情を知らない行き交う人々は、何事かとジャネット達の姿を見ている。

「よし! ミレイユはまだそこにいる!」

「この道をまっすぐ行けば着く!」

「ああ! ジャネット、武器はまだ持ってるか?」

「うん、持ってるよ」

 ファクトリーの襲撃時に奪ったサブマシンガンをジャネット達はまだ持っている。

 ミレイユが攫われたという事はこの先にファクトリーがいるという事。つまり、再び戦闘になるのは目に見えて明らかなのだ。

 互いに覚悟を決め頷き合うと、再び二人は駆け始めた。

 一般街は常に人通りが多い街だ。それは人口のほとんどが密集しているという理由もあるが、単純に外出している人が多いという理由もある。そんな中を全力疾走すれば、通常より多くの時間がかかってしまう。だから二人は人ごみを分けてミレイユの元へと向かった。

 すると少し進んだ先で人の動きが止まり、野次馬のように円を作っている集団と出くわした。何かを見てざわめいている。

「ジャマだどけよ!」

 アレットが野次馬たちを押しのけて前へ進む。そして先頭へ立ったとき、そこにある物を見て息をのんだ。

 そこには、巨大な蜘蛛がいた。

「何あれ……」

 ジャネットが呆然と呟いた。それほどまでに、広場に鎮座する蜘蛛は現実味がないのだ。

 しかし蜘蛛と言っても生物の蜘蛛ではない。機械仕掛けのそれはまさしく蜘蛛型のロボットである。そして蜘蛛型ロボットを囲むように武装したファクトリーが立っている。

 だがいつまでも見とれているわけにはいかない。アレットはすぐに、担がれているミレイユの姿を見つけると野次馬の中から飛び出して叫んだ。

「ミレイユ!! 無事か!!」

「お姉ちゃん!?」

 ミレイユはアレットと反対方向を向いているため顔を確認することが出来ない。しかしアレットはその声を聞いただけでミレイユだとすぐにわかった。そして、ミレイユを担いでいる人物の正体もすぐにわかった。

 ピンク色のツインテールが振り返ると、アレットを見てにやりと笑った。

「フロランスてめぇ!! 生きてやがったのか!」

「正確には違うけどね。それに、今の私にはあなた達と戦ったデータはないから、初対面と言えば初対面よ」

「言ってる意味が分かんねぇぞおい!」

 フロランスはジャネット達と戦った際に自害した。そして今ここに居るフロランスは自害する前の状態のフロランスという事だ。しかし今のフロランスにはジャネットとアレットの事が情報としてだけ記憶されている。だから初対面なのだが初対面ではないという、複雑な状況になっている。

「アレットおねぇちゃん! フラヴィさんは無事なの!?」

「無事だ! フラヴィからお前が攫われたって聞いて飛んできたぜ! さあフロランス、今度こそぶっ壊してやるからな」

 アレットがサブマシンガンを構える。アレットの挑発に乗ってくるかと思われたフロランスだが、踵を返すと蜘蛛型ロボットの中へ入っていこうとする。

「残念だけど今は構ってあげる暇はないの。代わりにあなた達と遊ぶのはコッチよ」

 そういってフロランスを庇うように一人の女性が前を進み出た。

「──っ!」

 ジャネットはその女性の姿を見て、世界がとまったような感覚になった。

 周囲の喧騒、アレットの怒号、蜘蛛型ロボットの存在、その全てがジャネットの意識の中から消え去った。

 青い髪、真っ白なドレス。貴族が被るようなつばの広い帽子に手を添えた姿は、かつてジャネットが見た姿そのものだ。

 ──瞬間、ジャネットは体の内から真っ黒な感情が煮え渡った鍋のように湧き上がってくるのを感じた。そして爆発する。

「ぅ……ルーーーーーダアアアアアア!!!!!!」

 ジャネットが怒りに任せて突撃した! 手に持ったサブマシンガンを撃ちながら突き進む!

「ジャネット!」

 アレットの静止も聞かず、ジャネットは一直線に女性の元へと走る。周辺にいたファクトリーのメンバーがジャネットを迎撃しようと銃を構えたが、それを女性が手で制する。

 怒りに任せて撃ったジャネットの弾は全て外れてしまったため、接近戦へと切り替える。ルーダと呼ばれた女性の目の前まで来たジャネットが、大きく拳を振り上げ襲い掛かった。……しかし、女性はジャネットの手首を片手で掴み、その攻撃を防いだ。

「──っ!?」

 一瞬の沈黙。そして、ジャネットの拳を防いだ女性がにっこりと笑った。

「ジャネット様ではありませんか。ご無事だったんですね」

 その女性は、まるで天使のような微笑みをジャネットに向けていた。

 ジャネットはその笑みを知っている。そしてその微笑みをいつ、どのような時にジャネットに向けたのかもよく知っている。だから……彼女はすぐにルーダの手を振り払い追撃の蹴りを放った。

 しかしルーダが軽々とジャネットの蹴りを避ける。続けて攻撃を繰り出すジャネットだが、ルーダはこれも全て避けると今度はルーダの方からジャネットの懐に入り込み、その体ごと押し倒してきた。

「なっ!?」

 ジャネットは倒れる時に後頭部を強く地面にぶつけてしまった。そのせいでぼんやりとした視界の中、ルーダの表情を見つめる。

「ジャネット様。本当に大きくなられましたね。私が知っているあなたはまだ一四歳でしたから。あの日から七年と二か月が経過したんですものね」

「……うるさい」

「あの日以来、私は片時もジャネット様を忘れたことはありませんでした。ずっと心配していたんですよ、あなたが無事に生きているかどうか」

「うるさい……!」

「それにしても、本当に美しくなられましたね。私が言っていた通りになりましたね」

「うるさい黙れええええええ!!」

「ジャネット!!」

 その時、アレットがジャネットを助けるべく駆け付けた。

 ジャネットに馬乗りになるルーダを蹴り飛ばそうとしたアレットだが、ルーダは先に危険を察知してジャネットから離れた。

 それでもアレットはルーダを追いかけ、彼女の顔めがけて殴りかかる。しかし、それも先ほどのジャネットと同様に防がれてしまう。

「あなたはアレット様ですね。フラヴィ・アンドロイド相談事務所に所属しているアンドロイド専門の壊し屋の……」

「だったらなんだってんだよ」

「あなたは私達の、そしてルーファス様の敵です。破壊させていただきます」

 ──破壊する?

 疑問を口にする前に、ルーダはアレットの腕を掴むと力任せに投げ飛ばした。女性の細腕とは思えぬほどの怪力だ。

「ルーダ!!」

 すかさずジャネットがサブマシンガンを撃つ。だが──

「な──」

 ルーダは全て避けた。それも小刻みに踊るように避けたのだ。

 通常、銃弾は銃口と着弾点を一直線に結んだ軌跡を通るわけではない。銃弾が発射されるまでのバレルとの摩擦や発射後の風の影響など様々な要因によってバラけてしまう。だから障害物がない場所で銃弾を避けるには、そもそも自分が射程に入らないように動き回るしかない。

 しかし、ルーダはその場からほとんど動かずにジャネットの撃った弾を全て避けて見せた。つまり、彼女は全ての弾道を計算し、自分に当たる弾だけ最小限の動きで交わしたということだ。

 人間技ではない。だが不思議がる事はない。なぜならルーダはアンドロイドだからだ。

「いつまで遊んでるのよルーダ」

 聞きなれない異音とともにフロランスの声が聞こえてきた。

 ずん、ずんという地響きとともに現れたのは、ずっと鎮座していた蜘蛛型ロボットだ。

 近くで見てみるとよくわかるが、このロボットはただの機械ではなく武装している。脚や胴体にマシンガンが備え付けられ、顔の部分には主砲のような物も見える。さながら多脚戦車のようだ。

 蜘蛛の下腹部に当たる部分のハッチが開く。ロボットの内部には武装したファクトリー達の姿が見える。外にいたファクトリーのメンバーを全員収容しているようだ。

「ルーファス様から退却の命令が出たわよ。今回の目標だったミレイユは手に入れたんだから、あとは警備隊が来る前に逃げろってさ。流石にこのスパイダータンクとはいえ、装甲車と正面からやりあうのは避けたいからね」

「……わかりました。では退却します」

 ルーダは開かれたハッチの場所まで一足で飛んで行った。そして上からジャネット達を見下ろす。

「ジャネット様。私には新しい仕事があるので今日はここでお別れです。またどこかでお会いした時、ゆっくりお茶でもしましょう」

「ふざけないで! 今ここでぶっ壊してやる!」

 蜘蛛型ロボットの脚に着いたマシンガンの銃口が一斉にジャネット達に向いたのをアレットはすぐに気づいた。

「やべぇ、ジャネット! 逃げるぞ」

 アレットがジャネットの手を引いて走り去ると同時に、二人が立っていた場所を銃弾の雨が襲った。それを見た野次馬達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ始め、蜘蛛型ロボットは彼らにもマシンガンを撃ち始める。

 周囲はあっという間に大混乱へと陥ったが、しかしそのおかげで、二人はなんとかマシンガンの掃射から逃げ延びることができた。

 建物の物陰から蜘蛛型ロボットの様子を伺うと、建物をよじ登って移動を開始していた。そしてあっという間に建物の向こう側へと消えていった。

 まだ辺りは逃げ惑う人々でごった返しているため、しばらく二人はその場に止まった。

「……ルーダ」

 記憶に浸るようにその名を口ずさんだジャネットを見てアレットが両肩を掴む。

「ジャネット。お前、あの女の事知ってんのか!」

 ジャネットはアレットと目を合わせようとしない。だからアレットは肩を揺さぶって質問を繰り返す。

「アイツは誰だなんだ! お前とどういう関係なんだ!」

 逃げられないと諦めたのか、ジャネットはアレットの瞳を見て答えた。

「ルーダは……私の二人目の母さんだよ」

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