フラヴィから緊急の仕事があると言われた三人は急いで事務所へ帰宅した。

 セキュリティドアをくぐった先にはすでに依頼人と思わしき人物が接客用のソファーに座っていた。赤く豪華なドレスに身を包み、白髪の結えた髪というひと昔前の時代のような服装にジャネット達は面食らう。その女性の後ろには執事と思わしき人物が微動だにせず仁王立ちしている。

 どこかの金持ちだろうか。そうジャネットが思っていた時、白髪の女性が振り返る。

「あら、ずいぶん可愛らしい人たちだこと。ここは保育園も併設しているのかしら?」

 明らかに馬鹿にした発言にアレットの眉が上がる。

「んだよババア。それが初対面の人に対する態度か? まずは初めまして、だろ?」

 お前が言うなとツッコみたくなるジャネットだが、空気を読んでここはぐっとこらえる。代わりにフラヴィが口を挟んだ。

「やめろアレット。申し訳ありませんネルダさん。彼女には私からよく言っておきます」

「彼女が、あなたが先程仰ってた方々なの?」

「ええ。アレットとその隣にいるジャネットがご依頼のあったアンドロイドの破壊を担当します」

「そう」

 ネルダと呼ばれた女性が二人の姿を見定めするようにジロジロと眺めてくる。

「んだよ」

 まったく態度を改めないアレットを無視してネルだが口を開く。

「本当にこの二人にできるのかしら? 荒事に向いているとは思えないけど」

「信用していただくのが難しいのは理解しています。ですがその信用を得るための近道がなんであるかも、理解しているつもりです」

 ネルダが鼻を鳴らす。相変わらずアレットがネルダに唾を吐きかけようとするためジャネットが制しているが、ネルダの態度が気にくわないのはジャネットの同じだった。

「とにかく、依頼の件はよろしくお願いします。報酬は娘が帰ってきたら払いますわ」

「もちろんです。娘さんは必ずお返しいたします」

「当然です。ノーム、帰るわよ」

 ネルダがソファから立ち上がると同時に背後にいた執事が動き出した。彼がノームという名前なのだろう。

 二人が事務所から出ていく所までフラヴィが見送ると、戻ってきて自分の椅子に深々と座った。

「おいフラヴィ。なんなんだよアイツら」

「依頼人だ。というか、せめてもう少し態度に気を使ってくれ」

「態度に気を使うのはあっちの方だ」

 アレットの気持ちはわからなくもないが、そこを理性で抑えるのが大人ではないかとフラヴィは思うのだった。

「で、今度はどんな依頼なの?」

「ああ、こいつを見てくれ」

 フラヴィが腕輪を操作すると、机からホログラムが表示され一体のアンドロイドと一人の若い娘が映し出された。

「今回の依頼は誘拐犯の捜索と破壊だ」

「誘拐犯?」

 珍しい依頼内容にジャネットが疑問と驚きの声を上げる。

「そんなの警備隊にまかせればいいじゃん。どうしてわざわざウチに依頼してきたの?」

「分かっているだろうが、誘拐犯というのはコイツのことだ」

 フラヴィが指さしたのはアンドロイドの方である。

 首筋で切りそろえられたショートカットの黒髪に上向きの目尻が特徴の女性型アンドロイドだ。ジャネットのように気の強そうな印象を受ける。彼女のホログラムの左右には、彼女について書かれた情報が表示されている。その情報をフラヴィが読み上げる。

「誘拐犯の名前はハル。さっき来ていたネルダの屋敷で働いていたメイドだ」

「大きなお屋敷なんですね」

 ミレイユが感想を述べる。

「ああ、そして誘拐されたのはネルダの一人娘であるニィナだ」

「そのハルってアンドロイドはどうしてニィナをさらったんだよ?」

「理由は不明だ。だが理由を知る必要はない。私達の仕事はアンドロイド・ハルを破壊してニィナを連れ戻すことだ」

 ここでミレイユが右手を挙げた。

「どうしたミレイユ?」

「あの、どうしてハルさんを壊さなきゃいけないんですか? ネルダ様はニィナさんを連れ戻すのが本来の目的のように仰っていました。ならハルさんは見逃してもよいのではないのでしょうか?」

「依頼人が破壊を望んでいるからだ」

 きっぱりとフラヴィが言い放つがミレイユは怖気つかず反論を述べる。

「しかし、ハルさんがニィナさんを誘拐したのには理由があるはずです。それを知ろうとせずに破壊してしまうのは早計だと思います」

「理由?」

 そう口にしたのはジャネットだ。彼女はいつになく冷たい瞳でミレイユを見下ろしている。

「アンドロイドの行動に理由はない。人間の要求に対して最適解を計算して行動に移しているだけ。アンドロイドは人間みたいに二本の足で立って歩く高性能な機械と一緒」

「それは違います!」

 珍しく口調を荒げたミレイユにジャネット達が目を丸くする。

「私達はただあなた方にとって最適解を計算するだけではありません。何が最適解なのか考え悩むんです。様々なパターンを予測し、様々な答えを用意し、その中から一つの結論を悩みぬいて実行に移しています。それは人間も同じではありませんか? 私達はその過程を高速で処理しているだけにすぎません!」

 その言葉を聞いたジャネットが冷たく言い放つ。

「なら、その最適解が人殺しだとしても?」

「え……?」

 それ以上、ジャネットは何も語らなかった。彼女は動揺するミレイユを放置してフラヴィに話しかける。

「で、対象のハルとニィナがどこにいるかわかってるの?」

「今のところは貧困街のどこかに隠れているとしかわかってない」

「貧困街……か。それだけだと情報が少ないね」

「ああ、あそこに住んでる奴らが素直に情報提供してくれるとは思えねぇしな」

「貧困街には空き家も多くあるから一軒ずつまわって見に行ったら時間がかかり過ぎる」

 何かいい方法がない物かと頭を悩ませる三人だが、そこで一人手が上がった。それはミレイユだ。

「あのぅ……」

「なんだミレイユ」

「私、ハルさんたちがどこにいるかわかります」

「なんだって?」

 フラヴィだけでなくジャネットとアレットも耳を疑っただろう。しかしミレイユはそんな三人の反応を気にすることなくホログラムの前まで歩いた。そしてヴォレヴィル全体の地図を表示させる。

「ハルさんがいるのはここです」

 そうしてミレイユが地図のある場所にマーカーを設置した。そこは貧困街の奥地、廃棄区画付近にある最も治安の悪い場所だ。追手がつかない場所としては一番理にかなっている。

「どうしてそこだとわかる?」

 フラヴィの問いかけにミレイユがハキハキと答える。

「私にはハルさんの情報がリアルタイムで送られています。ですからハルさんの現在地がわかりますし、ログを解析すれば彼女がどのような行動を取ったかわかるんです」

「個人が自作したアンドロイドにそんな機能があるなんてあり得ない!」

「自作? なんのことだ?」

 思わず叫んだジャネットの言葉にフラヴィが反応する。彼女の疑問に答えたのはアレットだ。

「ミレイユは自作されたアンドロイドらしい。彼女の型は今まで作られてきたアンドロイドのどれとも一致しなかったってよ」

「アンドリューがそう言ったのか?」

「ああ」

「……なるほどそういう事か」

 何か納得したところを見ると、彼女にとって重要な情報であったという事がうかがえる。

「私から新たに聞きたいことが増えたが後にしよう。今は仕事の話が先だ」

「ミレイユの言うことが正しいと思うの?」

「私はそう考える。だから今回の作戦はミレイユにも協力してもらおう」

「おいおいいいのかよ。さっき、ハルを破壊するのを嫌がってたじゃねぇか」

「私のことなら大丈夫だよお姉ちゃん」

 アレットはミレイユが無理をしているのではないかと心配したが、ミレイユの表情には決意がみなぎっているのを見て信用することにした。

「私は、もっと皆さんの事を知らなければならないんです。そのために、皆さんのお仕事にも協力させてください」

 アンドロイドがアンドロイドを破壊する事に協力する。それはいったい、どのような心境なのだろうか。それとも何も感じていないのかもしれない。それを理解したくとも、我々が人間という種族である限り永遠に謎のままかもしれない。

「話は決まったな。ジャネットとアレットは作戦の準備に取り掛かってくれ。ミレイユはこの後私と一緒に作戦の詳細を練るぞ。あと聞きたいこともあるしな」

「わかりました」

「なんか、久々にウチらの本来の仕事をする気分だな。なあジャネット」

「うん、そうだね」

 ジャネットとアレットが二人で部屋に戻ろうとしたが、ジャネットだけフラヴィの方を振り返ってこう言った。

「そういえばフラヴィ。アンドリューから伝言がある」

「なんだ?」

「あんまり危ない橋を渡るな……ってさ」

「……そうか」

 そう一言だけ返したフラヴィの表情が曇るのを全員が見たが、深く追及することはなかった。誰もが嫌な記憶の一つや二つでもあるように、フラヴィが浮かない顔をするのもそう言った事柄の一つなのだろうと各々が判断する。

 そうしてジャネット達は作戦の準備をするために自室へと戻って行った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ニィナ奪還作戦は夜の九時に決行されることが決まった。

 その時刻に合わせて準備を整えた二人が事務室へ戻る時だった。ジャネットはこっそりとミレイユがいるであろうフラヴィの部屋を訪れていた。

 扉をノックすると奥から返事が返ってくる。ミレイユの声だ。

「はい、どなたですか?」

「ミレイユ、私だけど」

「ジャネットさん……。フラヴィさんなら事務室にいますよ?」

「あなたに用があって来たの。入るよ」

「あ、はい」

 少し動揺しているように感じたがジャネットは構わず部屋へ入った。

 話にくそうな表情をしたミレイユが出迎える。

「どうして教えてくれたの?」

「ハルさんの居場所を……ですか?」

「うん」

 ジャネットは責めるわけでもなく、怒るわけでもなく、ただ淡々と質問を投げる。普段からあまり笑わないジャネットにそう聞かれると、まるで怒られているかのような錯覚を覚えてしまう。

 しかしミレイユは意を決したようにジャネットへ向き直る。

「ジャネットさん。私はあなたの過去を詮索するような事はしません。ですがあなたの言葉の意味を理解したいんです。アンドロイドの最適解が、人殺しだったという意味を」

「理解してどうするの?」

「それは……わかりません。でもいつか、ジャネットさんがアンドロイドの破壊にこだわらなくなる日が来るのではと思っているんです」

「私は壊すよ」

「……」

 ジャネットの一言は鋭利な刃物のようだ。

「ハルは破壊する。彼女のような危険なアンドロイドは活動させ続けるわけにはいかないから」

「それは……アンドロイドが嫌いだからですか?」

「違う。ニィナのためよ」

「ニィナさんの……ため?」

 ミレイユは想定していた回答とは別の答えが返ってきたことに驚いた。

「そう。異常な行動をしたアンドロイドが人間にどんな危害を加えるかわかったもんじゃない。制御できない機械なんて凶器と同じよ。だからニィナって子を守るためにハルを破壊する」

 ミレイユはずっと、ジャネットはアンドロイドに対して血も涙もない人なのだと思っていた。それも個人的にアンドロイドが嫌いなだけだと。だがジャネットがニィナのためにハルを破壊すると聞いて少し印象が変わった。

 しかし新たな疑問が増える。そもそも、なぜジャネットはアンドロイドを破壊する仕事を始めたのだろうかと。

「それがニィナさんのためなら、私からは何も言えません」

「うん」

 少しだけ二人の間には沈黙が落ちたが、それを破ったのはフラヴィの声だ。

「おーいジャネット! ミレイユ! そろそろブリーフィングを始めるから降りてきてくれ!」

 事務室からフラヴィが二人を呼ぶ声が聞こえてくる。

「あとさっきは言い過ぎた。……ごめん」

「気にしないでください。ジャネットさんにはジャネットさんの考えがあるとわかりましたから、今はそれだけで十分です。でも……」

「でも?」

「ジャネットさんが何か考えるように、私達アンドロイドも考えがあります。それを忘れないでくださいね」

 そう言い残してミレイユは先に部屋を出ていった。

「その考えも、偽物なんでしょ……」

 ジャネットはそう呟いて、事務室へと歩き始めた。

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