ジャネット達が暮らすヴォレヴィルは三つの居住地と農業区、更には廃棄区画が扇状に隣接し、全体で一つの大きな丸い円を描くような形をしている。そして街の中心には街全体を見下ろせるほどの高い塔がある。

 居住地はそれぞれファースト、セカンド、サードと呼ばれ、各居住地が担う役割は異なる。

 居住地ファーストは人口の半分以上が住まう極めて一般的な街である。フラヴィ・アンドロイド相談事務所があるのもこの居住地だ。イギリスの建築様式を意識したヨーロッパ風の街並みが広がり、生活必需品など様々な商店街が並ぶのもこの居住地だ。

 居住地セカンドは別名・娯楽街と呼ばれ、居住地全体が一つのテーマパークとしてつくられている。もちろん居住地のため人が住むことも可能だ。居住地ファーストには娯楽施設が少ないため娯楽の場として建設されたのが居住地セカンドだ。

 居住地サードは政府関係者や政府に認定された人のみが立ち入り可能な場所である。しかしその内情は公になっていないため、居住地サードの実態は謎だ。そこだけ聞けばいかにも怪しい場所なのだが、それでも住民達があまり居住地サードへ興味を向けないのは、普段の生活においてなんら影響がないせいである。居住地サードが存在するせいで生活に不自由が発生することもないなら、興味関心も薄れてしまうのだろう。

 ヴォレヴィルは完全自給自足の生活をしているため、農業区で全ての食料を生産している。というのも、ヴォレヴィルは周囲を鉄の壁で囲まれた閉じた街である。入る者もいなければ出ていく者もいない、完全に鎖国した街だ。だからこそ自給自足するために農業区が必要なのだ。酪農、農業を行うために必要な設備が整っている鉄の建物の形は、まるで切り分けられたりんごパイのようだ。もっとも、鉄製のため美味しそうには到底見えないが。

 廃棄区画には日常生活で出たゴミの処理場、および不要になったアンドロイドの処理施設がある。アンドロイドは不要になると解体処分され廃棄区画へ廃棄されることになっているため、そこにはスクラップになったアンドロイドが山のように積まれている。ただスクラップにして山積みにしているだけでなく、アンドロイドを生産する際はスクラップをリサイクルして利用している。

 そして最後にこれらの区画の中央にそびえ立つ塔・政府塔が存在する。この政府塔とはヴォレヴィルを維持管理している政府関係者が滞在する建物である。円形に作られたヴォレヴィルの中心に堂々とそびえたち、各居住地を見下ろすようにそこに存在している。

 ちなみにヴォレヴィルは周囲を鉄の壁で囲まれていると説明したが、各居住地と農業区、廃棄区画や政府塔も壁で隔てられている。移動には鉄道を利用するか徒歩で検問所を通過する必要がある。


 ジャネット達は先日リュシーから依頼を受けたフロランスの捕獲を実施するために居住地セカンドを訪れていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 居住地セカンドには二つの顔がある。

 一つは老若男女問わず誰でも楽しめるための設備が備わった、まさにテーマパークと呼ばれる人々の笑顔が溢れる心躍るような街の顔だ。

 もう一つの顔は子供が立ち入ることを禁止した大人の街の顔。酒を提供する店が並び、大人の男女を相手にアンドロイド達が性欲処理をするための風俗店が散見した街だ。肌を露出した女性型アンドロイドが客引きをする姿があちこちで見られる。男性型アンドロイドも同じように女性に甘い言葉を囁いている。ちなみにここは風俗街と呼ばれていて、政府公認の街である。本来ならヴォレヴィルにとって裏の顔になりえる場所だが、そこまでも許容するのが政府のやり方である。

 今ジャネットとアレットがいる場所は大人の顔を持つ街の方だ。赤、青、紫、ピンクなど様々な色のネオンが輝く店が立ち並ぶ居住地セカンドの奥地。無言で歩く二人はやがてとあるBARの店の前に着く。

 お揃いの黒いコートを羽織っている二人は右手で右耳を塞いだ。二人は雇い主のフラヴィに連絡を取っているのだ。数秒後に通話が繋がる。

「こちらジャネットとアレット。目標の店の前まで来た」

「了解だ。アンドロイド・フロランスはその店の中にいるはずだ。うまいこと誘い出して捕獲しろ。いいか? 公衆の面前で騒ぎは起こすなよ。面倒な事になるからな」

 フラヴィの指示にアレットが口を尖らせて反論した。

「めんどうくせぇな。サッサと入って、ちゃちゃっと捕まえちまおうぜ」

「ダメだ! お前は何回そうやって騒ぎを起こす気だ。私達の痕跡を消すのも大変なんだぞ」

「へいへい」

 依頼をそつなくこなすジャネットに比べ、アレットの仕事ぶりは豪快かつ派手である。破壊対象のアンドロイドが人通りの多い道を歩いていたとしても、構わず破壊してしまうほどだ。その度にフラヴィから注意を受けているせいで、最近はそんなことも少なくなってきたが。

 まるでわがままを言う子供のようなアレットを尻目にジャネットが会話を遮る。

「本題に戻ってもいい? 今回破壊対象のアンドロイドの特徴をおさらいしておきたいんだけど」

「ああ、すまないジャネット」

 一旦咳払いを挟んでフラヴィが続ける。

「今回のターゲットはアンドロイド・フロランス。女性型のアンドロイドで推定年齢は二十才前後。桃色のツインテールにヴィジュアル系の格好をしている。右の頬に星の刺青が入っているから、それで見分けがつくだろう。あとアンサーというバンドグループでボーカルを担当している。私は歌に興味がないから知らないんだが、一部ではファンがつくほど人気らしいぞ。フロランスはお前たちの目の前にあるBARの常連だという事もわかってる」

「んで、今まさに奴が店で呑気に酒を飲んでるってわけだ」

 アレットはしきりに内ポケットに隠しているピストルを触っている。血の気が多いのはいいのだが、あまり不審な行動は控えてほしいと思うジャネットである。

「まずは客を装って接近しろ。そしてうまいこと店の外へ誘い出してフロランスを捕獲するんだ。いいな?」

「うん、わかった」

 フラヴィの指示にジャネットが返答しアレットが鼻を鳴らす。各々の意思表示を受け取ったフラヴィが言葉を続ける。

「作戦開始だ」

 そう言い残すとフラヴィは通話を切った。ジャネットとアレットはお互いに顔を見合わせると、正面の店を見据えた。

「じゃあ入っぞ」

「うん」

 店の扉を開けると景気の良い鈴の音が店内に響いた。入店した二人はまず初めに店内の様子を伺う。

 向かって正面には十人掛けのカウンター席が横一列に並び、右を向けば四人用の丸テーブルが二つある。こじんまりとした小さな店だ。客入りはそれほど多くなく、カウンター席に二人、丸テーブルの一つに二人いるだけだ。あとは店長らしき男がカウンターでグラスを拭いている。

 店内に流れる静かで落ち着いたBGMに包まれつつ、ジャネットはカウンター席に座る二人の客のうち、一人に注目した。

 カウンター席の真ん中より少し右側に座る女性。後ろを向いているため顔はわからないが、桃色のツインテールに両肩を出したヴィジュアル系の服装をしている。気になるのは彼女の傍に置かれた傘である。雨も降ってないのになぜ傘を持っているのだろうかとジャネットは疑問を抱く。

 ジャネットがアレットを見ると、彼女もフロランスらしき人物に当たりをつけたのだろう。小さく頷くと二人はカウンター席の中央に座った。ちょうどジャネットがフロランスと思われる女性の隣に座る形だ。

 店長──もといマスター──がチラッと二人を一瞥しグラスを拭く作業に戻りつつ口を開いた。

「何になさいますか?」

「ジントニック」

 アレットが答える。

「私はソルティードッグ」

「かしこまりました」

 二人の注文を受けたマスターがテキパキとカクテルを作り始める。

 その間も二人はフロランスと思わしき人物に意識を集中する。

 ジャネットが横目で隣の人物を確認する。

 桃色のカールがかかったツインテール。青色のアイシャドウと口紅をつけ、その頰には星の刺繍が入れてある。ジャネット達が前もって聞いていた情報と一致する。彼女がフロランスで間違い無いだろう。

 フロランスは自身の髪色と同じ綺麗な桃色のカクテルを飲んでいる。

 どうやってフロランスを店の外まで誘い出せばいいか悩んでいると、二人に声がかけられた。

「お待たせしました」

 二人の前にお酒がそれぞれ置かれた。とりあえずグラスを持った二人は杯を軽くぶつけて乾杯をした。

 これが仕事中でなければゆっくりと飲み交わしたいところだろうが、流石に二人ともそれは自重している。酒に酔ってフロランスを取り逃がしてしまったら元も子もないからだ。

 そうしていると、思いもよらない人物から話しかけられた。

「あまり見ない顔ね。この店は初めて?」

 フロランスと思わしき女性のほうからジャネットに話しかけてきたのだ。

「あ……えっと」

「あなた綺麗な顔してるから驚いたわ。こんな街にやってくるなんて、実は溜まってるの?」

 唐突の出来事で反応に困っているジャネットの姿を見てマスターが声をかける。

「また新しい人に声をかけてるんですか、フロランスさん」

「だって、この店に新しい人が来るなんて珍しいじゃん」

 穏やかに言葉を交わすふたりだがジャネット達はマスターの発言を聞き逃さなかった。たしかにマスターは桃色の女性をフロランスと呼んだ。間違いなくターゲットである。

「急に話しかけてごめんね。わたしぐらい若い同性がこの店に来るのは珍しくてさぁ」

 フロランスからはいい香りがする。香水を使っているのだろう。

 ジャネットはここからどうやってフロランスを誘い出そうかと考え始める。こちらから話しかけるまでもなく、フロランスからきっかけを与えてもらったようなものである。このチャンスを逃す手はない。

「あなたはよくこの街に来るの?」

 ジャネットは質問された内容に、当たり障りのない回答をすることにした。

「うん。まあ一週間に一回以上ってところかな」

「へぇ。結構来てるのね? お気に入りのボーイは見つかってる?」

「別に。男を相手にするのは、あんまり得意じゃなくて」

「ふぅん……。それってつまり、女の方が好みって事?」

「……さあね。こっちも質問していい? この店にはよく来るの?」

「ええ。毎日ってわけじゃないけど、結構来てるわよ。週に四、五回くらいかしら」

「へぇ、そうなんだ」

 フロランスが話している内容がどこまで本当のことなのかわからないが、アンドロイドが自発的にBARに来るというのは、まるで人間のようだと思った。前情報ではフロランスは普段、人間のふりをしながらバンド活動もしている。そのバンドの名前がアンサーなのだが、そもそもそのような活動をしていること自体が意味不明である。なぜアンドロイドが人間を装ってバンド活動をしなければならないのだろうかと。

 ふと店内のテレビを観ると、アンドロイドが傷害事件を起こしたとニュースになっていた。その影響にはテロ組織ファクトリーが関わっているかもしれないとニュースキャスター達が議論を交わしている。

 ジャネットはニュースを見ながらフロランスに質問を投げ掛ける。

「ねえ、テロ組織ファクトリーについてどう思う?」

 問いかけられたフロランスが「んー」と言いながらグラスの縁を人差し指でなぞる。

「言いたいことはわかるかな。アンドロイドのための世界を作るって目標には共感もできるし」

「共感?」

「なあに、アンタもアンドロイドは道具だって言うの?」

「道具よ」

「ふふ、そう頭ごなしにアンドロイドを否定しなくてもいいじゃん。彼らはただの道具じゃないのよ。自ら考え、答えを導くことができる、意思を持った道具よ」

「それは違う!」

 ジャネットの強い意思を持った言葉が店内に重く響く。マスターを含めた店内の客が全員ジャネットに注目するが、ジャネットは気づいていないようだ。

 ジャネットのアンドロイド嫌いが表に出てしまっている。アレットは周囲の状況に意識を張り巡らせる。

「確かにアンドロイドは自分で考えて行動することができるだろうけど、そこには迷いがない。迷うという行為は意思ある生物にしか存在しないの。アンドロイドが答えに迷っているように見えるのは、ただ演算処理をしている待機中の姿よ。私たち人は意思のない物にまで人間性を見出そうとするからアンドロイドが生きていると錯覚するのよ。私はあなたとは違うわ」

「そんなに熱くならなくていいじゃん。まるでわたしがアンドロイドみたいな言い方だけど」

 ──しまった!

 ジャネットはハッと我に帰る。フロランスは自身を人間と偽って行動している。だが今のジャネットの発言は、最初からフロランスがアンドロイドであるとわかっていたように聞こえてしまっただろう。

 フロランスの冷めた視線にジャネットの緊張の糸がピンと張り詰める。しかし、ここでアレットが二人の間に介入する。

「悪りぃ悪りぃ、ジャネットはアンドロイドの話になるとすぐ荒れちまうんだ」

「ジャネット?」

 フロランスが反応したのはジャネットの名前だ。

 それが相手の名前を知りたがる行為だと思ったアレットは自己紹介する事でお茶を濁そうと考える。

「ああ、コイツの名前はジャネット。んでアタシの名前がアレットって言うんだ。自己紹介が遅れて悪かったよ」

「ジャネットとアレット……」

 フロランスが二人の名前に反応する。彼女の青い瞳がテーブルの上に落ち、瞼がすっと細くなった。何を考えるような、それとも何かを覚悟したような表情に見えたのはジャネットの気のせいだろうか

 視線を落としたままのフロランスが語り始める。

「ねえ、こんな噂を知ってる? この街には壊し屋がいるって話を」

 フロランスがカクテルを持って、その中身を一気に煽る。

 彼女の唇がカクテルに濡れる。

「この街で暮らすアンドロイド達ならみんな知ってるのよ。夜中に出歩いていると、どこからともなく誰かが現れてアンドロイドを破壊しているってね。その誰かの正体はわからない。だってそれを見た人は破壊されてしまうのだから。一部のアンドロイド達の間では、噂の人物はアンドロイドだっていう説を言う人もいるくらい」

「それが……どうかしたの?」

「とぼけないで」

 その時、店内で一斉に銃を構える音が鳴る。

 マスターを含めた店内にいた客人全員が、ジャネット達に銃口を向けたのだ。

 状況を理解した二人が両手をあげる。

「壊し屋の噂が真実である事くらいわたしは把握してる。いえ、私達と言うべきかもね」

 フロランスが席を立ち二人の背後へ回る。

「というか、最初からなーんか怪しいとは思ってたんだよね。でも貴方達の名前を聞いてハッキリした。壊し屋ジャネットと壊し屋アレット。正式にはフラヴィ・アンドロイド相談事務所のジャネットとアレットでしょう?」

「アタシらのことを知ってたのか」

「当然でしょ。私達が活動を始めてから幾度となく邪魔をしてきたんだから、調べないわけがないじゃん。でもわからないわね。その様子だと、わたしの正体に心当たりがあるようだけど、どうやってこの場所を知ったの?」

「それを私達が話すと思う?」

 ジャネットの言葉にフロランスがつまらなそうに「ふーん」と答えた。

「まあ、どちらにせよ生かしておく理由はないわ。今後の活動に邪魔だし、ここで死んでもらえるかしら?」

「ジャネット!」

アレットがジャネットを抱えると床へ押し倒した。その直後、一斉に複数の銃弾が放たれる音が響く。

 客人全員が撃ってきた事実だけを認識し、アレットがピストルを抜き取ると近くにいた客に向けて発砲する。弾は相手の足首に当たったが、その感触が人間のそれとは違う。なぜなら、真っ赤な血が飛び出なかったからだ。

 床に倒れた二人を狙って次の銃撃が繰り出される前に、アレットと同じようにジャネットがほかの客の足を撃ってから店の後方へ移動する。丸テーブルを倒して壁の代わりにすると、銃弾の雨に追われたアレットが飛び込むように逃げてきた。

「ナイス判断だジャネット!」

 二人を隠すので精一杯な丸テーブルに肩を寄せ合うが容赦なく銃弾が襲ってくる。唯一助かったのは、店長の趣味だったのだろうか丸テーブルが鉄製だったことである。

「まさかバレちまったとはな」

 二人にとって想定外だったのは、フロランスがジャネット達のことを知っていたことだ。ジャネット達の活動はフラヴィによって痕跡を消していたはずだが、やはりそれでも嗅ぎ付けられてしまったのだろう。たまにアレットがガサツな仕事をしたせいかもしれないが、そこは黙っておくことにする。

「でも、これでハッキリしたわ」

「なにがだよ」

「テロ組織ファクトリーは、私達のことを敵対視しているってこと」

 立て続けに鳴り響いていた銃撃の音が止まった瞬間を見計らって、ジャネットが半身をテーブルから出し先程足を撃った客の一人を狙って発砲した。ジャネットの狙いは正確で弾は客の頭を撃ち抜く。そして改めて確認する。

 ──やっぱりアンドロイドだ。

 飛び散ったのは血液ではなくプラスチックの破片や中に詰まっている鉄製の歯車だ。

 それが確認できたジャネットは迷うことなく次の標的を狙い、同じように頭部に弾丸を撃ち込んだ。次々と引き金を引いていく最中、ジャネットの視界の端で、店の奥へと逃げる桃色の二つの尻尾が尾を引いたのを確認した。そちらに意識が向いてしまったため、ジャネットに隙が生まれてしまう。

「ッ!?」

 身の危険を察知したジャネットがマスターを見ると、直ぐにテーブルへ身を隠した。

 ──と同時に、ジャネットの背後にあった壁が爆音と共に大きく抉られる。壁を抉った正体は二連銃身のショットガンだ。

「物騒なもん取り出しやがったなあの野郎。フロランスはどうなった?」

「逃げた。多分店の奥に通路がある。どこに繋がっているのかわからないけど、そこに逃げていった」

「その道がどこに繋がっているかだな。とにかくマスターをどうにかしねぇと」

 少しでも顔を出せばマスターがショットガンを放つのは間違いないだろう。策を考えたジャネットは一つ閃き、アレットに話しかける。

「アレット。私が合図したらそこの椅子を蹴って」

 言われて椅子を見たアレットが、ジャネットの言わんとしていることを察してニンマリ笑った。

「おう任せろ! 店の端っこまで吹っ飛ばしてやるぜ」

「……それは任せる」

 アンドロイドに疲労という概念はない。おそらくマスターはショットガンを構えた格好のまま微塵も動いていないだろう。しかも、その狙いは寸分たがわず、ジャネットが顔を出すであろう場所を捉えたままのはず。──ならば。

「今!」

「あいよ!」

 ジャネットの合図とともにアレットが指定された椅子を、渾身の力を込めて蹴り飛ばした。アレットの宣言通り、椅子はとてつもない勢いで吹っ飛び、そのまま店の窓ガラスを突き破った。マスターがその音に釣られて視線を動かす。

 ──今だ!

 窓ガラスが破れると同時にジャネットが身を乗り出してマスターへ銃口を向ける。テーブルから姿を現したジャネットに気付いたマスターの表情が焦りに変わる。しかし時すでに遅し。

 ジャネットが連続で三回引き金を引いた。一発目の弾丸がマスターの額を撃ち抜き、二、三発目の弾丸もマスターの顔面に当たり、マスターの顔上半分が吹き飛んだ。マスターは戸棚に置いてあったワインボトルを数本巻き込みながら倒れた。

「ひゅぅ! やるじゃねーかジャネット。流石だぜ」

「アレットほどじゃないよ。ていうか、本当に吹っ飛ばしたね」

 破壊された窓を見てジャネットが呆れ半分に言う。

「ああ。でも窓をぶっ壊したのは偶然だぜ」

 偶然にしては随分力がこもっていた。あの様子なら、椅子が窓に当たらなくても壁に突き刺さっていた可能性すらある。

 ジャネットがフラヴィ・アンドロイド相談事務所で働き始めた頃には、すでにアレットはそこで働いていたが、当時からアレットの怪力は有名だった。男にも引けを取らぬ怪力具合を見てきたジャネットは、アレットを馬鹿力と呼んでいるほどだ。

 一旦静けさを取り戻した店内。倒れたアンドロイド達が動かない事を一体一体確認しながら、ジャネットとアレットはマスターの残骸を確認する。下顎だけ残したマスターの残骸は、彼が倒れる時に落としたワインの液体のせいで、真っ赤な血の海を作り上げているように見えた。

「まさかここの奴らが全員アンドロイドだったとはな」

「うん」

 店内を改めて見渡すと、ただのお洒落だったBARはアンドロイド廃棄場のような醜さに変貌していた。

 考えることは他にもある。ジャネットがフロランスを撃った瞬間に銃口を向けた客は、ジャネット達がBARに入店する前からそこに居た。まるで予めそこに配置されていたかのように。さらにマスターまでも攻撃してきたということは、店のアンドロイドが全員フロランスの仲間だったと言う事になる。

 フロランスは予め襲われることを見越して罠を張っていたのか、それとも偶然この店にいただけなのか。今考えたところで答えを導くことは出来ないだろう。

「さて、フロランスが逃げたのはあっちか?」

 アレットが指さした方向を見てジャネットが頷く。

 二人が急いで通路を確認すると、地下室へ向かう階段があった。駆け足で階段を降りると左手に部屋がある。通路の先には棚やら収納ボックスが置いてあるだけで、ほかに行く場所もない。つまりフロランスが逃げるならこの部屋しかない。

 部屋の扉を挟むようにジャネットとアレットが移動すると、お互いに目を見て頷きあった。部屋へ突入する合図である。

 扉の前に立ったジャネットが部屋の扉を蹴り破った、と同時にアレットが脇から部屋の中へ突入する。同じようにジャネットも続いて部屋に突入してピストルを構えた。

 部屋には予想通りフロランスがいた。何か作業をしていたフロランスはジャネット達に気づくと傘を持って二人と対峙する。彼女が何をしていたのかはわからないが、足元には黒い箱のようなものが置いてある。それがよほど重要なのか、フロランスは箱を守るように立ちはだかる。

「へぇ、あの数のアンドロイドを全部殺してきたんだ。流石は壊し屋さん。アンドロイド専門の仕事をしている人は違うねー」

「褒めたって何も出ねぇぜフロランス。もうお前に逃げ場はねぇんだ。ここでとっ捕まえてやるぜ」

「怖い人ね。でも、私だって簡単にやられるわけにはいかないの」

 フロランスが傘の先端をジャネット達に向ける。傘の先端にはなぜか丸い穴が空いていて、それが何を意味するのかジャネット達は直ぐに理解した。

 バババババ!!

 ──ッ!!

 ジャネットが左へ、アレットが右へ即座に回避行動をとる。二人がいた空間を弾丸の雨が通り抜けた。その発射速度の速さから、フロランスが撃ったのはサブマシンガンだとわかる。驚いたことに彼女の持っている傘は内部に銃が仕込まれていたのだ。フロランスが大事そうに傘を持っている理由は、それが彼女の護身用武器だからだ。

 左右に避けた二人のうち、フロランスはジャネットを追いかけてサブマシンガンを掃射し続けた。姿勢を低くしながら回避に専念したジャネットの軌跡をなぞるようにマシンガンの弾痕が床や壁に穴を開ける。すぐにマガジンを撃ち尽くしたフロランスだが、その隙を突くようにフロランスの背に向けてアレットのピストルが火を噴く。

「──っ!」

 弾丸は的確にフロランスを狙って放たれたが、弾が撃たれる前にフロランスが弾切れの傘をアレットに向けると傘を開いた。──弾は傘を貫通することなく、フロランスの足元に散らばった。

 フロランスの護衛用傘は防弾仕様だった。そんな傘などお目にかかった事がないアレットは、弾を防がれたことよりも傘の珍しさに目を輝かせた。彼女はこういった物珍し武器が好きなのだ。この隙にフロランスがリロードをする。

「アレット!」

 コンバットナイフを抜いたジャネットがフロランスの懐に飛び込み接近戦を仕掛ける。フロランスは傘を開いたままジャネットをあしらう様に傘を振り回すが、ジャネットはその傘を狙ってナイフを薙ぐ。鋭利な刃物は防弾繊維を切り裂くことに成功する。

「チッ!」

 フロランスが舌打ちする。

 ジャネットの狙いが防弾傘であることに気づいたフロランスはすぐに傘を閉じると、自身もナイフを抜き取って対抗する。

 フロランスの首目掛けて突き出されたジャネットのナイフは、フロランスが半身を右へずらして避ける。代わりにナイフをジャネットの脇腹へ突き出したフロランスだが、これをジャネットは、ナイフを突き出した腕の肘を打ち込むことで弾くと、反対の手に持ったピストルで至近距離からフロランスを撃った。フロランスは一回転しながら弾丸を避けると傘をジャネットに突きつけ引き金を引いた。放たれる銃弾をしゃがむことで回避したジャネットが低姿勢からフロランスの足を狙撃する。傘での防御が間に合わず、弾はフロランスの太ももに当たり、人工皮膚をとその内部を大きく破損させた。

「くそっ!」

 悪態をついたフロランスは渾身の力でジャネットを蹴り飛ばした。

「ぐぅっ!」

 ジャネットは受け身を取ることができず床を転がった。

「ジャネット!」

 今度はアレットがフロランスの懐に飛び込む。入り込まれないためにフロランスが開いたままの傘をアレットに向け銃撃する。降り注ぐ弾丸の雨を、アレットが最小範囲で右、左へと避けながら一気に距離を詰める。そして、アレットは先ほどジャネットが切り裂いた傘の部分に手を突っ込み、傘の柄であり銃が埋め込まれている部分を掴むと無理やり天井に向けた。発射され続けている弾は天井に弾痕を残す。

「この傘、邪魔だから禁止な」

「何を──」

 アレットが左手に持ったナイフを、フロランスの傘を持つ右腕に突き刺し掻き切るように切断した。しかし完全に切断するには至らず、フロランスの腕は半分繋がったままだ。成魚を失ったフロランスの手から傘が落ちる。

 アレットがニヤリと笑った。アレットは半分切断された腕を手前に引っ込めると同時にフロランスを全力で蹴り飛ばした。反動によりフロランスの右腕が引き千切れる。腕の断面からチューブが何本も飛び出て、まるで引き裂かれた筋肉のようにだらんと垂れ下がる。

 アレットに蹴られたフロランスが蹴られた反動を利用して後方へ飛びのく。そして失くした右腕を見てアレットを睨みつけた。

「どうしたよアンドロイドさん。痛みなんてねぇだろ? 腕を失くしたんならママに新しいのを買って貰えばいいじゃねぇか」

 言いながらアレットが腕を床へポイっと投げ捨てた。

「知ってた? アンドロイドの腕って高いのよ」

「知ったこっちゃねぇな」

「そうやって壊すだけ壊して、後に何も残さないのがあなたたちの仕事なんでしょ。最低ね」

「造る者がいれば壊す者もいる。これは単純な話さ。別に深い意味なんてねぇ。アタシたちは飯を食うために、アンドロイドを破壊しているだけだ」

 先ほどフロランスに蹴り飛ばされたジャネットがアレットの隣に戻ってくる。

「ジャネット。怪我はねぇか?」

「ちょっとアザになったかも」

「へっ、それくらいなら怪我のうちには入らねぇよな」

 二人は改めてフロランスを見る。

 撃たれて内部が露出した右足に、痛いしくも無残に千切られた右腕。もう彼女は満身創痍だ。自らの負けを悟ったフロランスが自傷的に鼻で笑う。

「まさかここまで追い込まれるとは思わなかったわ」

「諦めなフロランス。いや、テロ組織・ファクトリーのアンドロイドさんよ」

 ジャネットとアレットがピストルを構える。しかし絶体絶命の状況であるフロランスは、突然笑い始めた。

「ふふ、あはははは! そう、やっぱり私の正体に気付いていたのね。それにさっき捕まえると言ったわね? ならあなた達を雇ったのが誰か簡単に想像できるわ。あなたたちを雇ったのはファクトリーの敵である政府。その中でもヴォレヴィルの治安を守る警備隊ね! さしずめ、わたしを捕まえたいのはファクトリーの情報を入手したいからでしょ」

「よく回る人工舌ね。私達が欲しいのはあなたのメモリーなの。他の部品がどうなろうと知ったことじゃない」

 ジャネットの言葉にフロランスは首を横に振った。

「でも、あなた達はわたしのメモリーを手に入れることはできない」

「どうかしら」

 フロランスはいまだに不敵な笑みをジャネット達に向けている。何か策があると思った二人は警戒してフロランスを撃つことを躊躇ってしまった。その判断がいけなかった。

 唐突にフロランスが頭を抱えてうずくまる。

「あ……がが、アあアあアアアア!!」

 フロランスの瞳がグルンと上を向き、口が苦痛に歪む。両手は頭を抑え、膝がガクガク震え始める。

 気づけばフロランスの首筋から白い煙が上がり始め、プラスチックの焦げる匂いが辺りに充満し始める。

「ア……ア……ァァァ。──ッ!!」

 大きくのけぞったフロランスは天井に向かって口を大きく開き声にならない叫びをあげた。そのあとフロランスはまるで銅像のようにその形のまま倒れた。

 部屋には独特の焦げ臭い匂いが充満している。

「くそっ! やられたぞジャネット!」

 すぐにフロランスの元へ駆け寄った二人だったが表情が曇る。

 フロランスの後頭部は高熱によって酷く爛れていた。その範囲はメモリーだけに収まらず後頭部全体が溶けてしまっている。これではメモリーを解析するなんて不可能だ。

「こりゃもうダメだな。完全に溶けちまってる」

「……ッチ」

 プラスチックが焦げた匂いが腐臭のように広がり、可愛らしい顔だったフロランスに生理的嫌悪感を抱いてしまう。こうなってしまえば、もはやスクラップと大差ない。

 それにしても、アンドロイドなのにここまで恐怖に絶叫した表情をするのだろうかとジャネットは内心驚いていた。まるでこの世の地獄を体現しているかのようだ。

 ──違う。こいつはアンドロイドだ。こういう表情をするようにプログラムされたただの人形に過ぎない。過度の干渉はやめよう。

 気を取り直したジャネットへアレットが声をかけた。

「おいジャネット。コイツを見てみろよ」

 アレットが見つけたのは、最初にフロランスが何か弄っていた黒い箱だ。なぜかフロランスはこの箱を守るように立ちはだかっていたのを思い出す。

「なんだこれ? なんでこんな物がここにあるんだ」

 アレットの疑問は最もだろう。なぜなら黒い箱の正体は棺だったからだ。まるでドラキュラ伝説に登場しそうな立派な造形である。となれば、気になるのは中身だ。フロランスがこの箱で何か作業していたという事は、中にファクトリーに関する何かが隠されているかもしれない。しかし、棺は南京錠で鍵がかかっている。

「フロランスが鍵を持ってるかも。探してみる」

「いや、その必要はねぇよ」

「それってどういう──」

 返事の代わりに響いたのはピストルが火を噴く音だ。アレットが銃で南京錠を破壊したのだ。さすがアレット。本来なら罠の可能性を考慮して慎重に行動するべきなのだが……。

 そのままアレットが棺の蓋に手をかけバッと蓋を開けた。

 そして、二人は棺の中身を見て固まった。

 棺には女の子が入っていたのだ。金髪のロングに季節外れの黒い半袖のワンピースを着た少女は、眠り姫のように両手を胸の前で合わせている。しかし、ジャネットは少女に違和感を抱く。

 ──息をしていない?

 呼吸をして入れば胸が上下するはずだが、少女にはそれがない。まるで観賞用の人形が棺に入れられているかのようだ。

 まじまじと眺めていると、ふと眠り姫の瞳が開いた。彼女のエメラルドの虹彩が右、左へと動き、アレットの方向を見て止まった。

「お姉……ちゃん……?」

「お、お姉ちゃん!?」

 言われたアレットが素っ頓狂な声を出した。ジャネットも同じように驚いている。

「アレット。どういう事なの? 隠し妹がいたなんて聞いてなかった!」

「隠し妹じゃねぇって! てか、アタシに妹はいねぇよ!」

「じゃあどこで拾った子なの? もしかしてこんな幼い子まで手にかけようとしたんじゃ──」

「んなわけねぇよ!」

「お父様は? お父様はどこ?」

 少女はひどく怯えた様子であたりを見渡している。棺の中から起き上がるとキョロキョロと挙動不審に辺りを見渡している。

 にしても、ここで幼い女の子が登場したことにジャネットたちは驚いた。もし彼女がファクトリーの一員なら、なぜこんな棺に入れられているのか。そしてアレットを姉と呼ぶ理由が一切わからない。

 とにかく今は情報を集めるのが先だと、ジャネットが優しく話しかける。

「えっと……はじめまして、私はジャネットよ。あなたのお名前は何て言うの?」

 少女の視線はアレットからジャネットへと向けられる。

「ミレイユです」

「ミレイユね。質問なんだけど、どうしてミレイユはこの棺の中にいたの?」

「……わからないです」

「わからない?」

「はい。メモリーにアクセスしていますが、エラーで弾かれてしまいます。私には私のメモリーにアクセスする権限が付与されていないようです」

「メモリーにアクセス……ってことは、あなたアンドロイドなのね」

「はい。私はアンドロイドです」

 自らをミレイユだと自己紹介した幼い少女の正体はアンドロイドであった。だとすると可能性が二つ出てくる。

 一つ目はミレイユがファクトリーのメンバーだという可能性。もう一つがミレイユがファクトリーに利用される予定だったアンドロイドという可能性だ。

 できれば後者であってほしいと思うジャネットだが……。

 さて困ったと言わんばかりのジャネットの表情は、お姉ちゃんと呼ばれたアレットに負けてない。

 すると、今度は少女の方から喋りはじめた。

「私、人を探しているんです」

「人? それは誰のこと?」

「お父様です。私は、お父様を探さなければならないんです」

「ミレイユのお父様って誰なの?」

 少女が数秒の間、瞼を閉じた。そして目を開くと困った表情をする。

「わかりません」

 わからない。先程と同じ回答にジャネットは困り果ててしまう。

 これではミレイユがファクトリーと関係しているか判断することができない。だが軽い気持ちで彼女を連れ帰るわけにもいかなため、ここはフラヴィに連絡するしかないと思う。

 そこで突然、アレットがジャネットの腕を引っ張って少女から離れた部屋の端へと移動した。

「なあジャネット。あの子、とりあえずウチで保護しないか?」

「保護するって、保護してどうするの?」

「それは……わかんねぇけどよ。でもなんか、あの子を見捨てる事ができねぇんだ。なんとかしてやりてぇって思う」

 そのような言葉がアレットの口から出てくるとは想像すらしなかったジャネットは悩み始める。

 アンドロイドのために何か行動しようとするなんてアレットらしくない。

「それに、あの子がアタシの事をお姉ちゃんって呼ぶのは、きっとあの子の父親を探す手掛かりにもなると思うんだ。例えば、あの子の持ち主の家族には、ミレイユが妹として稼働していて、アタシとそっくりな人をお姉ちゃんって呼んでたとかさ」

「まあその可能性はなくはないけど、本当にそれだけの理由でミレイユを保護する気?」

「頼むよジャネット。なんならアタシが面倒見るからさ」

 まるで拾ってきた猫を飼いたいとせがむ子供のような言い草である。だがミレイユを保護するかしないかはジャネットに権利があるわけではない。本来なら、責任者のフラヴィに話を通すのが筋だ。

「それに、フロランスが何かしていたっていうのが気になる。もしかしたらミレイユはファクトリーに誘拐されたのかもしれない。なら逆にファクトリーの手掛かりになるかもしれねぇだろ?」

「うーん……」

「何を話し合ってるの?」

 突然背後から声をかけられて二人が驚く。ミレイユがジャネットたちのそばに来ていたのだ。

「とりあえずフラヴィに連絡しよう」

 そういうとジャネットがフラヴィに連絡をする。

 通話はすぐに繋がった。

「私だ。状況はどうなった?」

「単刀直入にいうわ。フロランスは自害した」

「なんだって?」

「彼女は追い詰められると、頭部のメモリーを自分で焼いたの。たぶん、最初から自害するためだけに後から備え付けられたんだと思う」

「情報を取られるくらいなら自害する道を選ぶということか。まるで人間みたいだな」

 アレットが会話に入る。

「すまねぇ姉御。まさか自害するとは思わなくてよ」

「反省は後だ。詳しい報告は戻ってから聞くとするよ」

 次にジャネットが話す。

「実は、もう一つ報告することがあるの」

「なんだ?」

「フロランスを追い詰めた先の部屋で、一体のアンドロイドを見つけた。名前はミレイユ。彼女は棺に入れられてた」

「ファクトリーの一員か?」

「さあ。そもそも自分自身が何者なのかも把握できないようなの。なんか自分のメモリーへのアクセス権がないんだって」

「メモリーへのアクセス権がない? 変な話だな。自分の記憶を辿れないようにしているのか? ……ん、ちょっと待て。他から連絡が来たから一旦外すぞ」

 フラヴィが通話をミュートにしたことがわかる。

 ジャネットとアレットが顔を見合わせてから数秒後、フラヴィがミュートを解除した。

「二人とも、一旦事務所へ戻って来てくれ。政府から召集がかかった。アーデンベルグ直々の呼び出しだ」

「アーデンベルグ……」

 そう不安げに呟いたのはミレイユだった。その言葉をジャネットは聞き逃さない。

「直接向かわなくていいのかよ」

「まだ作戦行動中だから時間をくれと伝えてある。だが早めに帰ってこれるならそれに越したことはない。すまないな、任務が終わったばかりなのに」

「仕方ねぇさ。んで、どうするよ? ミレイユを連れて行ってもいいか?」

「ふむ……まあ一旦連れて来てくれ。お前たちの話を聞いた後でどうするか方針を決める」

「よしっ!」

 アレットは嬉しそうだ。もしミレイユを捨てていくとフラヴィが判断したら、きっと彼女は全力で反対しただろう。

 通話が切れる。

 そこですぐにジャネットがミレイユに質問した。

「どうしてアーデンベルグの名前を聞いて怯えたの?」

「それは私にもわかりません。ですが、その方の名前を聞いた時、なぜかとても嫌な感じがしたんです」

 寒さなど感じないはずのミレイユは両腕で自身の体を抱きしめる仕草をした。

 ──まるで人間みたいだ。

 意識せずそのような事を思ったジャネットはすぐにミレイユから視線を逸らした。その考えが危険であると過去何度も経験してきた。

 それに、それを口実にすればフラヴィも保護を許可するかもしれない。結局、ジャネットはアレットに説得され頷いた。

 そんなジャネットとは対照的に、気持ちの良さそうな表情のアレットがミレイユに優しく語りかける。

「なあミレイユ。アタシが父親探しを手伝ってやるよ」

「え、本当?」

「ああ! なあジャネット!」

「え? あ、うん」

「ほらな!」

 勝手に巻き込まれたとジャネットは思った。

「お姉ちゃん、ありがとう。迷惑かけないようにするから」

「おう、いいってもんよ。でもお姉ちゃんって呼ぶのはむず痒いから、名前で呼んでくれねぇか?」

「どうして? お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?」

「アタシに妹はいないんだけどなぁ……」

 と言いつつも、嫌そうな顔をしていないアレットである。そしてミレイユはアレットと話すときは敬語ではないようだ。同じ髪色をしているせいで、二人は本当の姉妹に見える。

 その姿を見てほんの少しだけ、ジャネットは寂しいと感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る