アンドロイド・レオの件から数週間後、新たな依頼がない事務所ではジャネットが暇そうに接客用のソファーで寝そべっていた。

 今は昼の十一時で、朝に弱いジャネットは先ほど目が覚めて事務室へ降りてきたばかりである。

 仕事がない日の事務所はわりと穏やかである。ジャネットはソファで寝そべり、フラヴィはPCを使って何か作業している。しかし、この日常には一人足りない人物がいた。

 トントンと螺旋階段を降りる人物の音がする。足りない人物がやってきたようだ。

「ようみんな。おはよう!」

 意気揚々と事務所に軽い声を響かせたのは金髪の女性だった。

 くすんだ金色の肩まで伸びた髪の毛に血のように真っ赤な瞳。不敵な笑みを浮かべつつ軽い足取りでフラヴィの横を通ると、そのままソファーで寝ているジャネットのそばまで行くと、彼女の上に乗っかった。

「起きろジャネットー。もう昼だぜ?」

「……うっさいアレット」

 女性の名前はアレット。ジャネットの仕事仲間であり事務所で働く先輩だ。

 フラヴィ・アンドロイド相談事務所には三人の働き手がいる。一人はジャネット。 そしてアレット。 二人は依頼のあったアンドロイドを実際に破壊する仕事をしている。基本的に依頼はジャネットとアレットのツーマンセルで行動しているのだが、前回のアンドロイド・レオの件では簡単な仕事だろうという事でジャネットだけで行動していたようだ。

 そして最後にフラヴィ。彼女は事務所で依頼の受付や現地へ行くジャネット達のフォローをしている。かつては自身でアンドロイドの破壊をしていたようだが、ジャネット達が働くようになってからはすっかり事務職が板についていた。

「起きろってジャネット。今日仕事ねぇーんだろ? デートしに行こうぜ」

「んぅ……眠いからまた今度」

「いつまでそう言って先延ばしにするつもりだっての! 起きろー!」

 アレットがジャネットをゆさゆさと揺らす。本気で面倒臭そうな顔をするジャネットだが、アレットは御構いなしだ。というのもこの光景はいつもの日常だ。朝に弱いジャネットとそれを面白がって遊ぶアレット、そしてその光景を横目に仕事をするフラヴィ。休日のフラヴィ・アンドロイド相談事務所の光景はいつもこんな感じだ。

 しかし、そんな日常に予期せぬ来客が訪れる。

 ピンポーンと事務所に耳慣れない音が響いた。誰かが事務所のインターホンを鳴らしたようだ。

「誰か来たのか?」

「私が出る」

 フラヴィが玄関に備え付けられた監視カメラの映像をモニタリングすると、そこに写っていたのは女性だった。ちなみにアレットはフラヴィの事を姉御と呼んでいる。

「リュシーじゃねぇか!」

 客人の名前はリュシー。警備隊で巡回班のリーダーを任されている人物だ。

 警備隊とはその名の通りヴォレヴィルを警備している部隊で、いわば警察のような存在である。その警備隊のリュシーが事務所を訪ねてきたのは理由がある。

「とりあえず中へ入れるか」

 フラヴィが呟くとインターホンへ向かって話し始める。

「今開けるから待っててくれ」

「わかりました」

 厳重にロックされたセキュリティドアを開いてリュシーを事務所へと招き入れた。

 リュシーの姿は一見すると大人しそうなお姉さんという印象が強い。紫色のシニヨンはハスの花を連想させ、彼女のヘーゼルの瞳は目尻が下がって穏やかな雰囲気をより一層濃くしている。更に私服姿というのも相まって彼女が警備隊だと言われても信じる事はできないだろう。むしろその効果を逆に利用したのかもしれない。

 事務室へ通されたリュシーに最初に声をかけたのもやはりアレットだ。

「ようリュシー。わざわざこっちに来るなんて珍しいな。今日はデートの約束してなかったろ?」

「……もう、今日はそういう話は無しにしてね」

 こほんと咳払いを挟み、リュシーが真剣な表情でフラヴィに向き合う。

「皆さん、今日は突然の訪問で申し訳ありません。実は、内密の依頼があってここまで来ました。この格好は業務であることを悟られないようにするためのカモフラージュとお考えください」

 うやうやしく一礼するリュシーから気品の良さを感じる。

「とりあえず座ってくれ。ジャネット、コーヒーを淹れてくれ」

「やだよ」

「……お前なぁ。今日は何もしてないだろう。客人にコーヒーの一杯でも出す気前の良さはないのか」

「あ、いいんです。私のことはお構いなく」

「ほら、こう言ってるよ」

 ジャネットの発言にフラヴィは額に手を当てて深いため息をついた。フラヴィ達とリュシーはここ最近の仲というわけではないため、別段ジャネットの態度で気を悪くすることはないだろう。しかしそれはプライベートの話であり、仕事の時はちゃんと区別をつけて欲しいと思うフラヴィだった。

「アタシが入れるよ。リュシーは甘めのコーヒーだよな?」

 助け舟のつもりかアレットがコーヒーを淹れに行く。しかし彼女の雰囲気は友達にお茶菓子でも出すような軽いものだ。

 そもそも、このマイペースなメンバーに生真面目さを求める方が間違いかとフラヴィは内心笑う。と同時に、それがジャネットとアレットの良いところでもあると再認識する。

 だからといってフラヴィまで自由でいて良いわけではない。彼女は二人の雇い主である。真面目な時は真面目にならなければ。そう思いつつフラヴィは接客用のソファーに座ったリュシーの対面に座った。

「それで、依頼の内容ってのはなんだい?」

「はい、本日は警備隊総督アーデンベルグ様より直々に、フラヴィ・アンドロイド相談事務所へ依頼があって来ました。私はその使いです」

「ほい、コーヒー一丁、話し込んで冷めちまう前に飲んどけよ」

「ありがとうアレット」

 アレットがリュシーのために入れたコーヒーを机に置くと、彼女の隣に座った。ジャネットも顔だけリュシーの方へ向けて話を聞こうとしている。警備隊総督アーデンベルグからの依頼となれば、その中身は間違いなく重たい案件になるはずだからだ。

「皆さんもご存知の通り、テロ組織ファクトリーはアンドロイドを利用したテロ行為を繰り返しています。二年前にファクトリーの創立者ルーファスが犯行声明を出してから、アンドロイドによる犯罪件数が増え続けているのが現状です。あなた方にはこれまでに何度か、ファクトリーに利用されたアンドロイドの破壊を依頼してきましたが、結果としてファクトリーに関する情報は何もわかっていません。それについては、こちらも力が及ばずお手を煩わせて申し訳ないと思っています」

「それはお互い様だろうよ。私達もファクトリーについては何ら情報を引き出す事が出来てないからな。奴らは狡猾だ。己の痕跡を徹底的に隠滅している」

「はい。ですが、実は今回奴らの尻尾をつかむことに成功したんです」

 リュシーは持参したバックから電子ノートを取り出すと机の上に置いて電源を入れる。すると一人の女性の姿がホログラムとして空間に表示された。桃色のツインテールが特徴の、ヴィジュアル系の化粧をした女性だ。

「彼女の名前はフロランス。ここ最近、アンドロイド製造工場へ不正に出入りしている姿をいくつかの監視カメラが捉えました」

「なぜコイツがテロリストの一味だとわかった?」

「今までに起きたアンドロイドによる事件を一から調べ直しました。すると、アンドロイド達はみな製造されてから数ヶ月で犯行に及んでいることがわかったのです。そこで我々警備隊は、テロ組織がアンドロイドの製造過程で何かしらの細工をしていると推測しました。そのため不審な動きをしている者がいないか探したところ、フロランスを見つけたんです。彼女の情報は政府に登録されていました。第二世代の中期に作られた、アンドロイドの中では一番普及した型です」

「なるほど、ファクトリーはアンドロイド工作にアンドロイドを利用しているってことか」

 警備隊がここまで把握したということは、彼女がどのような依頼をするつもりか見えてくる。

「改めて、警備隊からフラヴィ・アンドロイド相談事務所へ依頼をさせていただきます。テロ組織ファクトリーの工作員と思われるアンドロイド・フロランスを捕獲してください。報酬金はこちらです」

 リュシーがホログラムを横にスライドすると、依頼内容とともに報酬金が表示される。その額は今までの依頼の中で一番大きな額だった。

 普段なら飛びつきそうな額を提示されたわけだが、フラヴィが渋い顔をしていることにジャネットは驚いた。または、何か懸念事項があるということだろうか。

「捕獲とは珍しい依頼だな。何故ウチにやらせようとする? 疑わしいのなら警備隊が動くべきだろう」

「もちろん、その疑問はごもっともだと思います。しかし今回の件で警備隊が関わっていることを悟られたくないのです」

「ファクトリーにか?」

「その通りです」

 今まで何の痕跡も残さなかったファクトリーが最近になって突然尻尾をつかませたのだ。何か大掛かりな作戦行動を計画している可能性が高いため、警備隊が関わってファクトリーが霧隠れするのを避けたいのである。

 そのため表向きは警備隊と無関係なフラヴィ・アンドロイド相談事務所に裏で行動させようという魂胆なのである。

 状況を察したフラヴィが口を開く。

「確約はできないぞ。ウチはアンドロイドの破壊を専門にしてきた。捕獲なんて中途半端な仕事は専門外だからな」

「捕獲については五体満足で引き渡せという訳ではありません。我々としてはフロランスのメモリーが手に入れば問題ないですから」

「簡単に言ってくれるな」

 そのメモリーが搭載されている頭部にアンドロイドの制御部が組み込まれている事を承知で依頼しているのかとフラヴィは内心思った。リュシーの言うことは、ご丁寧に手足を破壊してメモリーを回収しろと言うのと大差ない。それには多くの危険が伴う。

 アンドロイドをただ破壊するなら単純だ。手段を厭わないなら頭部を破壊すればいい。だが捕獲となると話は変わる。なぜならアンドロイドには痛覚がないからだ。相手が人間ならば手足を撃てば平気ではいられまい。痛みによって行動は極端に制限され、捕獲も容易くなる。しかしアンドロイドに同じような対応を取っても彼らは動ける限り動き続ける。捕獲の最中に手酷い反撃を受ける可能性も高い。だから頭部を狙って一気に片を付ける。

 渋っているフラヴィに声をかけたのは意外にもジャネットだった。

「やろうフラヴィ。多少のリスクは今までも散々あったじゃん。それに、もしフロランスを捕獲できればファクトリーに関する情報を手に入れられるかもしれない。やる価値はあるよ」

 ジャネットにとってアンドロイドの犯罪行為は到底見過ごせるものではない。しかし、それは傷つく誰かを救いたいという正義感に基づく信念ではない。もっと暗く、もっと重い、彼女の過去に関わる黒い感情に基づいている。

 ジャネットの過去を知るフラヴィは、彼女がファクトリーに固執する理由を知っている。それ故に、リュシーの依頼を簡単に引き受けていいか悩んでいた。そこにアレットが口を挟む。

「アタシらを心配してるならそれには及ばねぇよ。これまでも何度か危ない目にあってきたけど、切り抜けてきたじゃねぇか」

 アレットの言葉も最もだ。そもそもアンドロイドの破壊を仕事にしている時点で危険は承知の上だ。ここで怖がる理由はないかもしれない。

 フラヴィは短く息を吐くと決意を固めた。

「わかった。リュシー、そちらの依頼を引き受けよう。アーデンベルグにそう伝えてくれ」

 フラヴィの返答を聞いたリュシーが晴れ、笑顔で頷いた。

「ありがとうございます。ではさっそく、フロランスの情報をお送りします」

 リュシーが電子ノートを手に取ると指をスライドさせて何らかの作業をする。するとフラヴィがつけている腕輪から通知を受け取った事を示す電子音が鳴る。フラヴィが情報を受け取った事を確認するとリュシーを見て頷いた。

 リュシーが立ち上がって一礼する。

「それでは私はここで失礼します。依頼の件、どうかよろしくお願いします」

 立ち去ろうとするリュシーのそばへアレットが駆け寄り彼女の肩を抱き寄せた。

「なあリュシー。今度セカンドに遊びに行こうぜ。最近忙しくてデートもしてねぇだろ」

「ふふ、それなら依頼を終えた後のお楽しみにとっておくわね」

「よぅし! やる気が湧いてきだぜ!」

 別れ際に短いキスを交わす二人。フラヴィは二人がイチャつく光景を無視してさっそく仕事に取り掛かり、ジャネットは面白くなさそうに半目で眺めている。

 リュシーが事務所を出て行くとジャネットがフラヴィの近くへ行く。

「私は部屋にいるから何かあったら呼んで」

「ああ、わかった」

 短いやり取りを済ませて自室に戻ろうとするジャネットに向かってフラヴィが声をかけた。

「ジャネット」

 くるっとジャネットが振り返る。

「焦るなよ」

「……大丈夫」

 そのままジャネットは部屋に向かった。

 二人の言葉の意味を理解していないアレットが不思議そうにジャネットの背中を見つめていた。

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