青い巨塔に待つ者 6

「あなたがどうして」


 僕の問いかけに、眼鏡の奥の目を不敵にゆがめてソフィア先生は言った。


「私はあなたたちを目にかけ、教え導いてきた」


 それはぞくっとする声色だった。

 まるっきり別人のような、残忍な声質。

 この人が、特殊な人物そんざいのひとり――


「先生、嘘だと言ってください」マリーが悲しげにかぶりを振った。「いつも厳しいけれど、本当はすごく優しい先生のはずです。私が落ち込んでいるときには親身になってくださいました」

「そうですよ。それに指輪だって僕たちから没収したりしなかったじゃないですか」


 ソフィア先生は口を閉じたままため息を漏らした。ゆるく頭を揺らす。


「聖杯を奪わなかった理由はふたつあるわ。ひとつ目は、あなたたちの大切なものを取りあげたくなかったから。ほかの生徒へ示しをつけるため、一度は注意したけれど。ふたつ目は」ひと呼吸おいて先生は目を光らせた。「聖地を守る絶対の自信があるから」


 日中にもかかわらず外はまるで夕方のように暗い。強風がかたかたとガラスの壁面を鳴らした。


「私たちのことを思ってくださるならどうして阻止するんですか」マリーが非難する。

「私は本質的にはウラヌスの目的を完遂するための駒よ。私なりに慈しんできた。でも、それももう終わり」

「解析が、って……まさか! だってエマさんは、まだ数週間は余裕があるって……」


 手を広げ困惑する僕に、ソフィア先生は「ああ、ロドリゲス博士ね。彼女には手を焼いているわ。やっとフェイクをつかんでくれたようね」とこともなげに言う。


 遠くの空に稲光が見えた。先生の酷薄な口ぶりにそれはよく似あっていた。僕は直感的に思った。

 この人は、今や感情を排した物体オブジェクト

 厳しくも愛情を持って指導してくれたソフィア先生はもういないのか――?


「遺伝情報の解析はすでに終わったわ。選別を開始する――と言いたいところだけど」先生はうっすらと、笑みのようななにかを顔に浮かべる。「あなたたちもなかなかの狸っぷりね。考えたのはクコ? それともマリー?」

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