青い巨塔に待つ者 5
最上階へのエレベーターから下りの客がぞろぞろと出てきた。最後の男性客が降り、僕とマリーが乗り込む。僕は、おや、と思った。
ドアが閉まり、左右のガラスの景色が下降しはじめる。乗員は僕らふたりだけだった。
中央展望台には数十人は人がいたはず。にもかかわらず誰も乗らないなんて。
そのことを彼女に話そうとしたけど、やや青白い顔をしていたのでやめた。この不穏な空気に対するものか、それとも単に高所が不得意だからか。
また耳を突く不快な感覚が生じる。僕は耳抜きのためだけではなく、唾を飲み込んだ。
鐘の音が到着を告げ、ドアが開く。僕は息を飲んだ。目の前には三百六十度のパノラマが広がっていた。
ガラスの壁に歩み寄る。街全体はもちろん、川や橋、遠くの山々までかすんで見える。晴れていれば海も見えたかもしれない。絶景だ。
ここに来たのは二度目だが景色は初めてだった。灰色の厚い雲が惜しまれる。
彼女は端に近づこうとしなかった。ただ「人、いないね」とだけつぶやいた。ここもか。
観光客で賑わっていて当然の最上階が無人。その意味が僕に緊張を強いる。そうだ。のんきに景色なんか見とれている状況じゃない。あるいは無意識のうちに現実から逃避しようとしているのか。
地上階から最上階の展望台まで貫く吹き抜けを迂回した先、エレベーターの真裏に玉座がある。なにごともなく指輪を置けるとは思えなかった。
スカイハイタワーには小学生のころ、遠足で来たことがある。
運悪く、その日は数年に一度のひどい霧で、ほとんどなにも見られなかった。
場を持たせようと、引率の先生がいろいろとしてくれた解説のうち、玉座にまつわるエピソードがあった。高い場所から王様気分で街を見下ろせる、という触れ込みで設置されたが、市民からは「悪趣味だ」と不評だ、というもの。
だいぶ昔のことなのに、なぜか今でもその話を覚えている。
僕たちが数年ぶりに訪れた玉座には、君臨する支配者然とした王が、足を組み、肘かけに左手で頬杖をつき座していた。正確には女王というべきか。
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