動物園の死闘 10

 動物園前のベンチでバスを待った。時刻表では少し時間がある。まだ昼すぎの時間帯で、バス停にいる人は数えるほどだった。


 皮肉にも屋根の下に入ってから雨はやんだ。僕も彼女も濡れ鼠だ。くしゅん、と彼女がくしゃみをした。駅の周辺で風呂を探そうとかと提案した。

 晴れてきたら乾くよ、と彼女は薄く笑った。とても久しぶりに笑顔を見た気がした。


 僕たちは遠くの景色を見晴らした。動物園は小高い丘にあって、周辺の市街地を一望できた。白っぽい街並みと黒っぽい山々の対比が印象的だ。

 雲が通り過ぎ、街に太陽が戻る。濡れた路面や木々がきらきらと輝く。過酷だった日差しもスコール後には慈愛へと変わった。


「いろいろとごめんなさい。このところずっとクコに冷たい態度をとってしまって」彼女はうつむき加減に謝った。「誰にも話せずひとりで抱え込んでた。フリングスのこともごめん。さっきプライの話でかっとなったけど、よく考えたら私のほうがよっぽど隠しごとしてた。勝手だよね。なのにクコはいつも私のこと気にかけてくれて。うれしいやら自分が情けないやら」


 彼女はひと息に話して口もとを両手で覆った。

 僕は、気にしてないから、とほほえみなだめる。

 ありがとう、ごめん、と彼女はつぶやいた。


 街では見かけない小鳥がさえずり、何羽か羽ばたいた。

 その姿を目で追いながら、フリングスについて聞かせてほしい、と僕は頼んだ。

 少しためらったあと、彼女はぽつりぽつりと語りはじめる。


「私もよくはわからないの。彼は少し前からよく話しかけてくるようになった。私に気があるのかな、でも私にはクコがいるからだめだよ、なんてのんきに考えてた」


 彼女は、見つめる自身の手と手をきゅっと握りしめ、眉をひそめる。


「けれども、彼はだんだん怖い話をするようになった。私たち船団の乗員はある意思のもとに船にいる、もうすぐ船団の選別が終わる、私とクコのどちらかが死ぬ、生き残りたいなら指輪を渡せって」

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