動物園の死闘 9

 彼女が叫ぶ。

 同時に背中の硬い感触がふっと消えた。

 僕と彼女はバランスを崩して尻もちをつく。


 転ぶ瞬間、僕は見た。

 フリングスの姿がかき消えるところを。

 ぞっと怖気おぞけが走り、したたかに打った尻の痛みにも気づかなかった。


 雨が、フリングスの存在した事実さえ洗い流すかのように敷石を打つ。

 雨音がどこか現実離れしていた。

 僕は呆然とくうを見つめる。


 初めてだった。


 コクーンの夢の住人が目の前で消滅するさまを目にするなんて。

 生身の実体を持つ僕たちが、日常的にこの世界を出入りしているのとはわけが違う。あんな場面は生まれてこのかた、一度だって経験したことがなかった。

 彼はいったいどうなって――


「うまく……いった……」


 マリーは、フリングスのいた場所、サル山の方向を見やって吐息を漏らした。

 僕は戦慄した。よもや彼女が彼を消したとでも? 

 まさか。ありえない。そんな現実を超越した事象はコクーンの夢 こ こ では起こりえない。そんなこと、けして。


 僕は、マリーの血の気の失せたおもざしが、いやに空恐ろしくてならなかった。



 雨がだいぶ弱まってきた。


「あの、大丈夫ですか」


 全身ぐしょ濡れでへたり込んでいる僕たちに、ポンチョ姿のふたり組が声をかけてきた。もう僕たちは周囲の人に見えるのか。


 大丈夫です、と女性たちに答え、マリーに「立てる?」と聞きながら引き起こした。


 ここを出よう、と彼女に告げる。心配するふたり組に愛想笑いをしてゲートに向かった。

 プライに遭遇したくなかった。あの子も指輪についてなにか言っていたし、ここにいる理由がわからない。フリングス同様、危険な行動をとるおそれがあった。


 そういえば、ログアウトできないのなら、どうやってコクーンの夢から覚めればいいんだろう。

 歩きながらその件について話し「父さんに相談してみようか」と言った。

 彼女は「もうログアウトできると思う」と答え「まだしないでほしい」とつけ加えた。


「デートの途中だもんな」僕は力なく笑ってみせた。


 彼女はほんの少し頬を緩めてくれた。

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