忍び寄る不穏はまず子供たちに 2
ある夜、彼女と電話で話しているときだった。ミリーの話におよんだ際、彼女は辺りの様子をうかがうように声を潜めた。
「これ、絶対誰にも言っちゃだめよ。あの子ね、今朝、おねしょしちゃったのよ。なかなか起きてこないから布団引っぱがしに行ったら顔真っ赤にしてて。幼稚園のとき以来よ。もう五年生なのに。お母さんが、気にしないようにって慰めてたけど、だいぶしょげてた」
饒舌に妹の失態を語って聞かせる彼女に、僕は鼻白んだ。ミリーの変調よりも彼女の放言のほうが気になった。
彼女はおしゃべりではあるが分別は持っている。他言すべきでないことがなんなのかはわきまえているはずだ。
「マリー、今のことを僕は口外しない。だからもうその話はよそうよ」
「なによ、その言いかた。なんか先生に注意されてるみたい」
「そんなつもりはないよ。もう少し思慮深くあるべきじゃないかって言いたいだけだよ」
「ほら、それよ。その言い回し。先生みたいに固い」
いつになく彼女は噛みついてきた。僕の言葉選びなんて前からこうじゃないか。
「誰にも会えなくてどこにも行けなくてなんにもない毎日のなかで、せっかくニュースを聞かせてあげたのに」
「ニュースだって? 妹の粗相を面白そうに話すべきじゃない」
「あーら、さすが生徒会長様はきまじめなことで」わざとらしく上品ぶった声色が鼻につく。
今日の彼女はいやに攻撃的だ。さすがの僕も少しかちんとくる。
「別になりたくてなったわけじゃない。だいたい君だって副会長だろ」
「立場が上だからっていばりたいわけ?」
「そんなこと一言も言ってないだろ。話をそらすなよ」
「そらしてなんかないよ。学校に行けない状況なのに生徒会長様は偉そうって話でしょ」
もう意味がわからない。言っていることも、ことさらに挑発的な態度も。
「どうしたんだよ。今日の君はおかしいよ」
「おかしい? あー、私はおかしいんだ。将来のだんなさんにおかしいって言われちゃった」
「そういう意味じゃなくて」
「まあ、でも――」不意に低い声で、彼女はぼそりとつぶやいた。「こんなふうに電話でしか話せないんじゃ、結婚もなにもあったもんじゃないよね」
彼女らしくもない暗いトーン。毛がぞわっと逆立つ。僕はいったい誰と話しているんだ。少なくともこれは僕の知ってるマリーじゃない。
「き、今日はもうこれ以上話すのはよそう。――おやすみ」
返事も聞かず僕は一方的に電話を切った。
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