宇宙生活の終焉 4
非常灯もモニターもすべて消えてしまった。
心臓が高鳴る。暗闇は本能的な恐怖を呼ぶ。嫌な汗が吹き出した。
「電源が落ちたっ。もう空気の循環も止まる」
「早くカプセルを飲んでっ」
父さんと母さんのいたほうからせっぱ詰まった声がした。僕はそちらに向けて叫んだ。「嫌だっ。助けてよっ」
両親は無言だった。
代わりに、なにか重たいものが床に落ちたような、鈍い音がたて続けに聞こえた。
「と、父さん……? 母さん……?」
闇の向こうからの返答を待った。
一秒、二秒、三秒。
いくら待っても応じる声はない。
胃のせり上がる感覚に僕は喉を上下させた。口内はからからだった。
「返事してよ! 父さん! 母さんってば!」
僕はパニック状態で呼びかける。胸を押しつぶそうとする怖じ気を振り払うように。見えない救いの糸にすがりつくように。誰もなにも答えてくれないと頭ではわかっていても。何度も声をかけ続けた。
僕に答える者は、もう、半径一光年以内にひとりもいなくなった。
悲しんでいる暇はなかった。僕は異変に気づいた。
息が苦しくて肌寒い。初めは気のせいに思える程度だったけど、徐々にどちらも強まっている。気のせいのはずがないことぐらい、さっきの父さんの話で明白だった。酸素の供給と室温の維持、それらの機能が失われた影響がではじめている。
僕はうずくまった。ひどく寒い。船の発熱が停止したんだ。
平常時の船は発熱量が大きいため、ラジエーターで自然に排熱してバランスをとっている。熱源が失われれば船内は冷却される一方だ。自分の体を抱えたが震えは止まらない。暗くて見えないけど僕の吐く息は真っ白だろう。
その息をするのもつらくなっている。酸素濃度がそうとう低下しているんだ。全力疾走したように激しく呼吸するも、いくら吸っても追いつかない。このままでは凍死か窒息か――
「助けてえ!」
暗闇のなかで僕は叫んだ。リビングの壁がびりびりと響く。機器の駆動音ひとつさえ失った船内で、聞こえるのは自身のせわしない呼吸のみだった。
暗黒と静寂の世界。僕は恐怖と低温でがたがたと震えるしかなかった。
誰か助けて、誰か助けて、誰か助けて、誰か助けて、誰か――
すぐ近くで横たわっているであろう両親は、もう僕に救いの手を差し伸べることはない。弟ももの言わぬ姿に変わり果てた。
はるかかなたの宇宙空間で、僕はたったひとりになってしまった。
握り締めた右手のなかのものに意識を向ける。
小さな青いカプセル。
眠るようにくずおれた弟の様子が思い出される。これを飲めば、すぐにこの息苦しさと極寒から解放される。父さんも母さんもグミもみんな飲んだ。僕も――
カプセルを握った右手を、抱えた左腕から離す。
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