宇宙生活の終焉 5

「嫌だっ」


 不帰の薬を投げうつ。床を跳ねる固くて小さい音がした。「僕は死にたくないっ。僕は生きるんだっ」


 誰にともなく、いや、自分自身に向けて僕は声を張りあげた。死を選ぶなんてできない。

 どんなに絶望的な状況でも、助かる可能性が万にひとつもなくても、自分から死ぬなんて嫌だ。

 死ぬのが怖いという思いはもちろんあったし、その感情はとても強かったけれど、生きたいという純粋な欲求が僕を突き動かした。

 なにかあるはずだ。生きるための方法がなにか残っているはずだ。こんな巨大なシステムがそう簡単に機能不全になるわけがないんだ。きっとなにか手がある。

 やみくもにでも動き回ろうとしたとき僕は気がついた。


 体が動かない。


 指先はもとより腕や足までも自由がきかなかった。

 あまりにも体温が低下しすぎたんだ。防寒着もなしに人が耐えられる温度などとうに下回っていた。麻痺した体に今度こそ絶望するほかなかった。


 今、マイナス何十度なんだろう。

 さっきまで指や耳がもげそうなほど痛かったのが、もはや感覚がなくなり、まるで他人の体に乗り移っているかのようだ。

 低体温のせいか酸欠のせいかわからないけど、意識も朦朧としてきた。


 普段、当たり前のように生活していたリビング。

 今や三人の家族の死体が転がり、室温は凍えるほど低下し、酸素は呼吸困難を起こす薄さになっている。宇宙という環境の恐ろしさを今さら思い知らされた。

 頭ではわかっていても、実際にこんな事態になってみなければ、自分がどれほど危険な場で暮らしているか身にしみることはなかった。


 星で生まれていれば。

 はるか遠くの母星で生まれていれば、こんな悲惨な目に遭うこともなかった。

 地面があって、空があって、太陽があって。

 宇宙なんかと無縁の安全な生活を送ることができた。宇宙船なんかに生まれなければ僕は――

 

 もう頭がうまく回らない。全身の感覚もなくなっている。暖かくさえ感じる。ああ、死ぬんだなと思った。不思議と怖くはなかった。


 一度でいいから、星の大地を踏んでみたかっ……た…………

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