マリー、いよいよふさぎ込む 3

 部屋の入口でマリーが立ちつくしていた。

 僕が来ているとは思わなかったんだろう。彼女はばつが悪そうにうつむく。


「お姉ちゃん、仇を討ってよ。クコが勝つばっかりするんだよ」


 ミリーに手を引っぱられて、彼女はテーブル上のチェス盤を見やった。私はいい、と首を振る。

 が、妹に、調子に乗ってるクコを懲らしめてよ、と強引に押され、彼女はソファーに腰を下ろした。

 隣に座り目を輝かせる妹と、虚ろな表情の姉。アンバランスなとりあわせだった。妹の元気のいくらかでも分け与えられたらいいのに。


 キッチンからスパイスの匂いが流れてきた。今夜はカレーらしい。僕の好物だ。でも、素直に喜べなかった。負けているからではない。その逆で、僕が大きくリードしていた。

 彼女との対局はもっと拮抗するはずだ。ミリーが、お姉ちゃん、頑張ってよ、と姉の肩を揺さぶる。


「マリー、まじめにやってる?」

「やってるよ。おばあさんと指してクコが強くなったんじゃない?」


 精彩を欠いた声と手つきで彼女はビショップを動かした。そんな短期間で劇的に強くなるわけがない。僕は彼女の手が離れるやいなや駒を取った。いつもの彼女ならこんなただ取りできる手は指さない。結果、大差で僕が勝った。

 彼女に勝って全然うれしくないのは初めてだ。

 妹にせがまれて彼女はしかたなしにもう一局指したけど、とても彼女のチェスとはいえないひどい内容だった。


 夕食でカレーを囲んだときも、ミリーと三人でゲームをしたときも、彼女は無言でいることが多かった。

 話しかけられたら答えないでもない、ずっとそんな調子だった。


 運動の日だったのでランニングマシンで彼女と走った。

 僕たちは同じ公園の風景を選択した。目に見えて彼女のペースは遅かった。周回遅れになる勢いだ。

 僕は息をきらせながら、フリングスとなにかあったのかと聞こうとして、やめた。なにかみっともないことのように思えて口にできなかった。


 結局、肝心なことはなにも聞けなかったし、彼女も語ろうとはしなかった。

 ハッチまで見送ってくれた彼女の目は憂いに満ちていた。

 ダクトを浮遊して船に戻り、ハッチを閉じたあとも、その顔が頭から離れなかった。

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