24 動物園の死闘

動物園の死闘 1

 土曜日。渋るマリーを半ば無理やり遊びに連れ出した。

 彼女は乗り気ではなかったけど、デートという単語を出すと渋々承諾した。僕からデートに誘うなんて天地がひっくり返ってもありえなかったのに。


 僕たちは電車に揺られていた。車窓に家々の屋根が流れては消えていく。沿線を走る車を小気味よく何台も追い越した。

 雲は少なく、真夏の日射が無慈悲に街へ降り注いでいた。車内の冷房から出ることを思うとげんなりする。


 隣の彼女にときどき話しかけた。今日も口数は少ない。よけいな言葉を発しないよう、最小限に選んでいる感じだ。

 たまらず、楽しくないの、と聞いてしまった。

 初めてクコから誘ってくれたデートだもん、嫌じゃないよ、と彼女は流れる景色を眺めながら、微笑に近い顔をしてみせた。


 嫌じゃない。あまりポジティブとはいえない表現に、なんともいえない気分になった。



 駅からバスに乗り換えて三十分ほど走った山ぎわにその動物園はあった。市営のちょっとした大きさの施設で、メジャーな動物はひととおりいる。

 休日で人出は多かった。家族連れなどグループ客で園内は賑わっていた。

 マリーは大の動物好きだ。以前、友達と来たとき一番はしゃいでいたのは彼女だった。少しでも元気を出してくれればと思って連れてきた――んだけど。


 全然楽しそうじゃない。

 キリン、ゾウ、トラ、パンダ。どの展示コーナーの前でも、彼女はさげすむような目で動物を見ている。

 今日の予報は猛暑日だ。暑さのせいでご機嫌斜めなのか。

 雲が出てきはじめ日差しが少し和らいだけど、彼女の表情はすぐれない。なにが不満なんだろう。


「誰かのために閉じ込められてかわいそう」

 

 ライオンの檻の前で、大喜びする子供たちとは対照的に、彼女は冷ややかにつぶやいた。「まるで私たちみたい」


 閉じ込められてかわいそう、私たちみたい。

 宇宙船での暮らしのことか? 

 確かに閉鎖環境の苦痛はコクーン制限時に嫌というほど味わった。けれども、今はこうして戻って来られている。仮想世界ではあっても、僕たちにとって現実と等価じゃないか。

 釈然としない思いで、隣の彼女の憂いた横顔を見つめた。

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