図書館暮らし。

工藤 流優空

心図書館でのお仕事。

 私の仕事は、心図書館での司書業務だ。一人一人の人間の心の中に、心図書館は存在する。誰が見るわけでもないが、自分が担当する人間の経験したことなどが本になってやってくるのだ。毎日毎日、心出版からもたらされる新しい本を、ジャンル別に本棚に並べる。これが、私の主な仕事だ。あとは、本の保管・管理だろうか。

 朝出社すると、心出版の運び込み担当者がたくさんの本を台車に乗せて持ってくる。無口な担当者は台車から本をカウンターへ載せ替えると、そそくさと足早に退散する。彼と入れ替わりに、ドタバタと木製の床を鳴らしながら別の担当者が姿をあらわす。こちらは、心の本の編集者。先ほどの運び担当者とは違い、饒舌な人間だ。

「どーもどーも! 今日もよろしくどーぞですわー」

そう言って、彼は貸出用カウンターに座る私の目の前に座る。編集者さんとのお話、これもまた、毎日の恒例行事のようになっている。

「いやー、今日も大変でしたわー。なんや知らんけど、昨日めーっちゃ上司に怒られたみたいで、頭の中は上司に対しての罵詈雑言の嵐! たまりまへんでーっ」

 編集者さんは、私に昨日の本の編集にあたっての苦難を述べるだけ述べて、席を立つ。毎回思うけれど、編集者さんも大変な職業だ。編集者さんは、

「ほな、また明日なー」

 と言って去っていく。ほっと溜息をついて私は、今日入荷した本に、ざっと目を通す。……なるほど、昨日のご主人は相当荒れに荒れていたらしい。とはいえ、夕飯を食べているうちに、だんだんイライラしている自分が、ばからしくなったみたいでやめたみたいだけれど。人間という生き物も大変だなぁ。私はそう思いながら、本をパタン、と閉じる。そうして入荷した本を、ジャンルごとに本棚へと陳列していく。

 『怒りの棚』『喜びの棚』『知識の棚』『趣味の棚』『交友関係の棚』『家族の棚』……。様々な棚が、心図書館には存在する。人間界の図書館とは少し違ったジャンルの設定の仕方なのだと以前、編集者さんが教えてくれたっけ。

 そうして本棚への陳列が終わり、一息ついていた時だった。足早に図書館へ続く廊下を歩く足音が聞こえた。

 やってきたのは、本の運び担当者さん。担当者さんは、短く言った。

「……ボスが、『めーっちゃ面白かったあの作者さんの本の内容の記憶』を必要としている。すぐに用意してほしい」

 めーっちゃ面白かった、の部分を真顔で言う担当者さん、冗談が通じない人なんだろうなあって思いながら私は、検索用パソコンを叩く。はじき出された結果をもとに本棚を駆け回り、関連した本数冊を担当者さんに渡してあげる。担当者さんは無言で私に会釈だけして、さっと立ち去った。ボスというのは、人間の一番大切な部分、脳さんのこと。そして私以外で唯一、この図書館に眠る大量の本を必要としている人物でもある。

 そうこうしているうちに、営業終了の時間がやってきた。ご主人が眠る時間。この時間だけは、何かの本が必要とされることもない。だから私もまた、この図書館に布団を敷いて眠るのだ。なんだかんだ言って、この時間が一番好きかもしれない。

 そういえば、他の担当者さんはどこで寝ているんだろう。そんな素朴な疑問を胸に、私は眠る。明日届く本は、いったいどんな本なのか、期待に胸を膨らませて。

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図書館暮らし。 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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