3話 落葉は迷子(前編)
ぼくには神さまの友達がいる。彼女の名前はテレプシコーラ。ぼくが勝手にそう呼んでいる。ぼくの名前はアウトサイダー。彼女が勝手にそう呼んでいる。何を見て、何を感じて来たのかも違うぼくたちは、だけど何にも問題ない。だってそれはいつだって、教え合うことが出来るものなのだから。
いつもの路地裏、テレプシコーラの巣に向かい、外付けの螺旋階段を昇っていく。さらさらという軽い音に振り向くと、色づいた木々がおもちゃめいた家の隙間から涼しい風に揺れる葉っぱを覗かせていた。人間の時間の流れからまるっきり取り残されたみたいなこの路地裏は、だけど季節感には富んでいる。テレプシコーラはそんなところが気に入っているのかもしれないなぁと、そう思いながら三階の角部屋の扉をノックした。
「テレプシコーラ、入るよ?」
「開いているよ、アウトサイダー。そうだ、素早く入ってすぐドアを閉めてしまってくれると嬉しいかな」
ぼくは言われた通り素早く、半ば滑り込むように部屋に入ってドアを閉める。テレプシコーラはいつもの場所、宙吊りソファの中のクッションに埋もれて何かを眺めていたけれど、ドアが開くとこちらを見て、
「やあ、アウトサイダー。入る前から色々と言ってすまなかったよ。でも今日はずいぶんと風が強いみたいだったから」
と、片手をひらひら振って笑った。
「きみからの注文が嫌なわけないよ、テレプシコーラ。頭から酢をかぶらされたりするのじゃなければね」
「確かに風はどうと吹いているしボクの注文は多いけれどね、友達を食べてしまうような趣味はないさ」
ぼくがそう言うとテレプシコーラは手を口にあててくすくす声を立てる。言ってから、何かを思いついたような顔で手を打って
「今日のお茶にはクリームを入れようか! 山猫軒にはお邪魔したくなくたって、アウトサイダー、ぼくはあのガラスの瓶に入ったクリームには憧れるよ」
「賛成だよ、テレプシコーラ」
「それはよかった。そうだ、これ、見ていてもいいよ。少し時間がかかるからね」
テレプシコーラの白い手がぼくの方に伸びて、さっき彼女が見ていたもの―カラフルな紙の山をぽんっとぼくの前に置いた。
「ありがとう、テレプシコーラ」
「ふふ、どういたしまして」
そういうとテレプシコーラは弾む足取りで、ものの隙間を縫うように部屋の奥、多分キッチンがあるのだろう場所に向かう。その小さな背中が見えなくなって、ぼくは視線を紙に移した。紙を取り上げてよく見てみる。
それは色とりどりで大きさもまちまちな―手紙の、束だった。筆跡はすべてバラバラで、しかもぼくの知らない言語だ。言葉は読めなかったけれど、それぞれ柄やインクに個性があって眺めているだけでも面白い。この手紙なんか、随分豪奢な便箋だ。箔押しの装飾が窓の落とす虹を受けてきらきら光っている。ああ、テレプシコーラはこういうの好きそうだなぁ……
「随分と熱心だね、アウトサイダー。気に入ったのかい?」
青い陶器のカップと、透明なガラスの器に入ったクリームの乗った銀のお盆。その向こうからテレプシコーラが、ぼくの顔を覗き込んでイタズラっぽくそう聞いた。ソファに腰掛け直して、ぼくの返答を待っている。
「うん。字はわからないけれど、すごく綺麗だと思ったよ、テレプシコーラ」
「それはよかった!」
満足そうに笑って、テレプシコーラはクリームをぽってりした銀の匙で紅茶に浮かべた。器をこっちに押しやって、照れくさそうに笑いながら言う。
「実はね、少し作りすぎてしまったのだよ、アウトサイダー。遠慮なくたくさん使ってくれ」
「さすがにそれでも無くならないと思うけれど……」
「じゃ、いいものを持って来よう」
テレプシコーラはもう一度立って苺やクッキーを、脚付きのお皿に盛ってきてくれた。縁には猫の絵がついていて可愛らしい。濡らしてしまったらいけない、と手紙をそっとどかしたのを見て、テレプシコーラは、
「それらはねぇ、アウトサイダー」
苺を一つつまみあげ、ひとくち齧ってから語りだした。
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