第十四話 兄妹

「雪乃‼ 何処にいるんだ‼」

椿の怒りを鎮めてからかれこれ十分。

達也は、 未だ悩んでいるセシルの事をいったん別れ、 現在は先ほど失踪した雪乃の行方を追っていた。

「おかしいな。 ここにもいない……」

ただ雪乃の行方は全くわからず、 手がかりの一つさえ見つけられずにいた。

「全く。 あの人はいつまで兄さんに甘えてつもりなんでしょうかね」

達也の携帯の中で椿が不満そうにそう告げる。

それもそのはず椿は、 雪乃と達也の仲を別に認めたわけではないからだ。

そして可能ならばいつでもこの二人の仲を引き裂いてやりたいという欲望が、 彼女の胸中では渦巻いていた。

そんな彼女の気持ちも知らず、 達也は椿の言葉に苦々し気に笑う。

「そう言うな。 それにあいつが怒るのも無理はない」

達也とて彼女の気持ちがわからないわけではなかった。

だがあの場において彼女の気持ちを優先するよりも達也は、 自身の復讐心を優先した。

それは偏に達也の復讐心がそれだけ大きく、 比較できない物であると証明していることに他ならなかった。

「まあ確かに……私もあの人が怒る理由は理解できますよ? でもだからと言ってそれが兄さんに迷惑をかけていい理由には、 決してならないと思います‼」

「なあ椿。 お前ももしかして俺がを使うのは、 反対……なのか?」

達也が不安げにそう尋ねる。

ただその質問に対し、 椿の答えなど初めから決まっていた。

「いいえ。 私は、 兄さんの選択に反対などしません」

そう椿は雪乃と違い彼の選択に対し、 肯定的な姿勢を示していた。

その言葉を聞き、 達也は胸をなでおろす。

ただここで仮に椿が達也の選択に対し否定的な言葉を述べたとしても彼は、 ビーストを使うつもりでいた。

 その場合先程の様に椿が激怒するのは、 必然であり、 そうなることをなるべく望まない達也からすれば彼女の答えは、 非常に重要な役割を持っており、 心配していたのだ。

ただその心配も彼女の答えを聞きなくなり、 それどころか自分はやはり間違ってはいなかったのだという確信に変わった。

「ありがとう椿」

「はぁ……? 何言っているんですか兄さん」

「いや、 何。 ただ俺の考えを認めてもらえたのが嬉しくてな」

「認めるも何もビーストは、 私が兄さんのに設計したシステムですよ? それを否定するわけないじゃないですか」

「ちょっと待て。 ビーストを設計したのは……お前なのか?」

達也にとって先程の椿の言葉は聞き捨てならなかった。

 何せビーストというものはまさに非人道的なシステムの典型例と呼べるようなものである。

そのような物を自身の妹が、 しかも自分の為に作り上げたなどとてもじゃないが信じたくはなかったからだ。

「ええ。 先程も述べたように≪モードレット≫の設計は、 全て私が担当しました。 だからあのシステムを作り上げたのもです」

「何故……お前がそんな事を……?」

「何故も何も兄さんの思考パターンを予測したまでです」

「俺の思考を……予測しただと?」

「はい。 兄さんの思考は、 非常にですからね。 どうせ私が死んだと聞いたら世界に復讐するとか言い出し、 そしてその手段に私がかかわった物を利用すると踏むと予測するのは、 非常に簡単でした」

 何を当たり前のことを言っているのだと言わんばかりにいう椿。

 それに達也は、 底知れぬ恐怖を感じていた。

何せ自分の考えを100%正確に、 予測されているのだ。

それを恐怖に感じない人間はいない。

そんな椿の考えを聞いた直後達也の脳裏では、 ある一つの疑問がよぎった。

「椿。 仮にお前のその理論を正しい物とするとお前は、 自分が政府の手によってということまで予測していたというのか?」

そう。 彼女の理論を正しい物とするとそれは、 自分が死ぬという未来が絶対条件なのだ。

そのような考えとてもじゃないが正気とは言えなかった。

何せ彼女は、 自身が死ぬとわかっていて政府の人間について行ったのだ。

そのような行為とてもじゃないがとは言えなかった。

「ええ、 まあ……その程度の事は……」

「何故だ……何故自身が死ぬとわかっていてお前は……」

「それは……」

この時初めて椿が言葉を詰まらせた。

そしてそのこそが彼女がついて行った答えを物語っていた。

「俺の……せいか」

「違……」

「いいや。 違わない……お前の沈黙がその何よりの証拠だ」

「ウッ……」

達也のその言葉はまさに的を得ていた。

彼女がそのような行動に出たのは全て達也の為であった。

もし仮に自分がここで死ぬこととなれば政府が莫大なお金を遺族に払うこととなる。

 そうなれば達也は、 今度一生生活に困らない。

そう彼女は考えたのだ。

つまるところ椿は、 達也の幸せの為に自分の命を投げ出したのだ。

そして椿は、 自分にいつまでもとらわれず、 達也には幸せな人生を歩んで欲しかったのだ。

ただ彼の性格をよく知っているからこそ達也がその道を選ぶ可能性は、 限りなく低かった。

だからこそ念の為の保険の意味を込めて彼女は、 自身のできうる限りの技術を詰め込み、 まさしく達也のと呼ぶにふさわしい機体である≪モードレット≫を仕上げたのだ。

だがそのような都合達也からすればどうでもよかった。

彼はただいつまでも椿と一緒に過ごしたかったのだ。 

「すまない……俺が……俺がすべて悪いんだ……」

「兄さんは悪くありません‼ 悪いのは全部私の……」

「いや‼ 俺が悪い。 お前にそこまでの事を押し付けたのは全て俺が努力してこなかったせいだ。 本当は俺が……」

「兄さんが努力したところで私に追いつけるはずがありません‼ それは兄さんもわかっているのでしょう‼」

「それでも……俺は……お前のだ。 だから本当は兄である俺が……お前の事を守ってやらなくちゃいけなかったんだ……」

「兄さん……」

「すまない椿……本当にすまない……」

ただ、 ただその場に項垂れる達也。

椿は本当ならそんな達也に駆け寄って慰めたかった。 抱きしめてあげたかった。

 だがそれも今の彼女にはできない。

 それが酷く悔しくて、 もどかしくて、 いつの間にか椿の瞳からは涙がながれていた。

「椿……お前……」

「兄さんは……ぐすぅ……本当に……馬鹿です……私みたいな……わがままで……いつも兄さんに迷惑ばかりかける……ぐすぅ……子なんて……忘れちゃえばよかったんです……そうすれば兄さんは幸せになれた」

「忘れられられるわけないだろう‼ お前は俺のたった一人のなんだ‼ だからそんな……悲しいことお願いだから言わないでくれ……」

達也は、 そう言いながら強く自身の携帯を抱きしめていた。

達也とて本来ならば生身の彼女の事を抱きしめたかった。

だがそれは未だ叶っていない。

だからこそ彼は、 彼女を抱きしめる代わりに自身の携帯を抱きしめるしかなかった。

それしか思いつかなかったのだ。

「兄さん……前……何も見えない」

未だ涙で視界をぼかした椿がそう達也にぼやいてみせる。

「ごめん……ごめんよぉ……椿……」

「ははは……兄さんのその口調……久しぶりに聞いたなぁ……」

椿の言葉の通り今の達也の口調はまさしく彼の昔の優しかったころの達也そのままであった。

「今度は絶対守るから……‼お前にこれ以上負担はかけないから……‼ だから……‼ もう俺の前から消えないでくれ……‼」

それは達也が長年ため込んでいた気持ちその物であった。

そしてその思いは、 椿にもしっかりと伝わっていた。

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