第十三話 暴君

「うう……すまない……みっともないところをみせた……」

セリスは今まで達也にとって信頼できる良き姉としての側面を見せようと努力してきた。

にもかかわらず彼女は先程達也の前でみっともなく、 泣き顔をさらしてしまっていた。

そのような行いは、 彼女にとって理想の姉の像とは程遠く、 達也の中で自身のイメージが崩れてしまったのではないかという不安、 自身の泣き顔をもっともなく見せてしまったことに対しての恥ずかしさ、 その二つが入り混じった表情をしていた。

-うう……もしこれで幻滅されたらどうしよう……ああ……不安だ……

セリスは別に達也に恋心を抱いているわけではないと自分では思っている。

あくまで彼女の中で達也という男性は、 彼女の弟の様な存在であり、 守るべき対象だ。

だからこそ雪乃との交際も彼女は、 応援していたし、 達也が今の様な機械的な人間ではなく、 まともな人間になってくれればいいと密かに願いもしていた。

そんな彼女だからこそ達也からの幻滅は、 とても耐えがたい事実であり、 もし仮にここで達也が彼女に幻滅したとでもいった暁には、 部屋に引きこもってしまう自身があった。

ただそんな彼女の不安は、 唯の杞憂に終わる。

「別に構わない。 お前だって今までいろいろ我慢してきたんだ。  だからそんな申し訳なさそうにする必要はないし、 まだ泣き足りないというなら好きなだけ泣けばいい」

達也の様子は、 まるっきり変わっていなかった。

それどころか普段セリスに対して冷たい言葉ばかり投げかけてくる彼が、 この場においてはなぜか優しい言葉ばかりかけていた。

ー達也はずるいなぁ……この場でそんな言葉かけられてしまったら誰だって恋に落ちてしまうじゃないか……

セリスの心の中で達也の心を独占したい、 達也の優しさが自分にだけ向いて欲しいと言ったわずかばかりの邪な欲望が生まれる。

ーわ、 私は何を考えているんだ……‼ それに達也には既に恋人が……雪乃が……いるじゃないか……それに私は、 あくまで達也にとって頼れる姉としてふるまわないといけない……じゃないと私は……

セリスの心の中で達也への思いが揺れる。

そして今後自分は、 一体達也とどう付き合っていけばいいのか完全にわからなくなってしまっていた。

「セリス?」

「うう……私はどうすれば……」

「兄さん。 今のセリスさんは放っておいたほうがいいですよ」

「だが明らかに苦しそうだぞ? さっきから呻いているようだし。 やはりまだ心の整理が……」

「あー……確かに心の問題ではありますが、 でもそれは兄さんのせいなんですよ?」

「俺のせい……だと……? 一体どういう……」

「はぁ……それぐらい自分で考えてください。 その頭は何のためについているのですか?」

「ウッ……」

「それとも兄さんは、 なんでも人に聞かないとわからないんですか? それじゃあ野生のと変わりませんよ?」

「もしかして椿……怒って……」

「怒ってないですよ」

「いや、 明らかに怒……」

「ないです」

そういう椿からは一切の反論を許さない凄みが出ていた。

「そ、 そうか」

ー椿が何故怒っているのかわからないが……これ以上追及するとまず間違いなく、 俺は椿に消される……

椿は怒ると手が付けられなくなるまさにの様な存在なのだ。

事実昔達也が彼女を怒らせたときは、 椿によって両腕九の字にへし折られたりしていた。

その時の痛みは、 今でも達也のトラウマとなっており、 彼女の怒気には、 非常に敏感になっていた。

「そういえば雪乃さんが今せんねぇ。 あの人の事だからどうせ兄さんの近くにいるとおもったのですが」

「ああ……それはちょっと色々あってな……」

「話してください」

「え?」

「いいから話してください」

「でも……」

「早くしろ」

「はい……」

有無を言わせない彼女の迫力に気圧され、 雪乃が怒った理由……そして今現在彼女と自身がにあることを椿に伝える達也。

それを聞いた椿と言えば……

「へぇ……ふ~ん……今……そんな事になっていたんだ……」

「つ、 椿?」

「にしてもあの私がいない間にの兄さんに手をだすとは本当に……ええ……本当に……いい度胸していますねぇ……」

ー不味い……何をしくじったか知れないが椿の奴確実に怒っている……早くなだめないと……

「椿俺の話を……」

「ねぇ兄さん……私のお願い……一つ聞いてくtレませんか?」

「お願い?」

「ええ……です」

達也の携帯上で可愛らしく笑う椿。

だが達也はそれが彼女が楽しくて笑っているわけではないことを知っていた。

そう、 彼女は怒っているのだ。

しかも達也が今まで見たことがないほど激しく、 激烈に、その様子を例えるならばまさしく激しく燃え盛る炎の様であった。

「もしかして兄さんは妹からのお願いを聞いてくれないんですか? そんなことはありませんよね? ねぇ……兄さん?」

「あ、 ああ……椿のお願いなら叶えてやるよ」

「それじゃあ雪乃さんと今すぐください」

「な!?  それは……」

「別れてください。 今・すぐに‼」

「そ、 それはできない……‼」

「へぇ……何故ですか?」

達也に氷の様に冷たい視線をぶつける椿。

だがそんな視線で睨みつけられても尚達也もここでは引かなかった。

そう。 達也にとってもこのラインだけは死んでも譲れなかったのだ。

ー俺はあいつに……雪乃に今まで多くの借りがある。 だからこそ俺はあいつに借りを返さないと……いや、 これは言い訳か……俺はきっと……彼女にいつまでも笑っていて欲しいだけなんだ……

達也自身雪乃が自分の事を愛してくれているという気持ちには、 疑いを持っておらず、 その気持ちに対しては、 きちんとした対応をしなければならないと考えていた。

 だからこそ雪乃に襲われた際もその場のノリに流されることなく、 彼女を必死に止めようとしていた。

そして何よりあの場で流されていたら後々雪乃が傷ついてしまうのではないかという一抹の不安があったのだ。

そして何よりも達也は、 雪乃の笑顔が何よりも好きであった。

その気持ちは、 彼が椿の事を愛する気持ちに匹敵する。

もしここで彼が椿の言う通り彼女と別れると言葉に口にしたらきっと雪乃は悲しむ。

 だからこそ彼は、 生まれて初めて椿からの願いを拒んだのだ。

「俺は今まで雪乃に沢山。 だからこそ……俺には彼女を悲しませるようなことはできない……‼」

達也の胸の内で椿の願いを叶えて上げられないことの罪悪感が生まれる。

だがそれでもこの場で自分がやった行いを彼は、 だとは微塵も思っていなかった。

「そうですか……ふむ。 まあいいでしょう」

「え?」

椿は先程の怒気をいつの間にか引っ込めており、 声もいつもの様子に戻っていた。

それが酷く達也を困惑させた。

「何呆けているのですか?」

「だって椿さっきまで怒って……」

「ええ、 確かに私は先程まで激怒していました。 でもそんな事もうどうでもいいんです」

「へ?」

「だって今までは私のいうことに少しも反抗してこなかった兄さんがたった今反抗してきてくれたのですから。 人間反抗することは大事です。 反抗せず、 人の言われるがままに動くだけではそれは生きているとは言えません。 事実私は兄さんのそんな部分だけは今まで嫌っていました」

「そ、 そうだったのか……」

「でも私と離れている間に兄さんは、 一応成長していたようで、 私はその事が何よりも嬉しいのです」

そういう椿の顔は、 彼女が心の底から浮かべた本当の笑顔であった。

その笑顔はとても眩しく、 まさに人類をあたたかな光で照らす太陽の様であった。

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