4話 担任教師

「なんだこの騒ぎは‼︎」

一人の女性がどこか怒った様子で教室の中に入る。

女性の年齢は二十代半ばとみられ、 その燃えるような赤色の髪に、 少々吊り上がった目。

それを見るだけでも女性がとても気の強い人なのだということが容易にうかがい知れた。

けれど達也のクラスメイト達は、 そんな彼女の容姿よりも気になる部分が一つだけあった。

彼女の右腕には腕にはギプスがついていたのだ。

その為クラス中の自然は自然と彼女の右腕に向けられるが彼女はそんな目線まるで気にならないのか堂々とした態度で先ほどから揉めている雪乃とカナリアの元へと向かう。

「騒ぎの主はお前達か?」

「お、 お姉ちゃん⁉︎」

カナリアは女性を見るたび嫌な物にでもあったかのように顔を歪める。

その事が女性は気にくわなかったのか彼女の額には青筋が浮かんでいた。

「学校ではそう呼ぶなと今朝も言っただろうがカナリア・ローズブランド?」

女性はそう言うと手に持っていた出席名簿でカナリアの頭を強くたたく。

その威力はすさまじくと痛そうな音が教室内に鳴り響く。

「うう、 痛いよ……」

カナリアは叩かれたのが余程痛かったのか自身の両手で頭を押さえていた。

その様子に先ほどまではカナリアに噛みついていた雪乃も落ち着きを取り戻す。

「それでこのおかしなな状況は何なんだ?」

女性が今だ土下座をしている達也の事を指さしながら、 雪乃とカナリアに状況説明を求める。

その事にまず初めに口を開いたのはカナリアであった。

「聞いてよお姉ちゃん‼ この子が私のたっくんをみんなの前で辱めたのよ‼ 酷くない‼」

「はぁ……お前はまだ懲りてないのか……」

「あ……」

カナリアの目には涙が浮かんでいた。

流石にそんな状態のカナリアを殴るのは、 女性にも流石に憚られたようで手を挙げることはしなかった。。

「……もういい。 次から気をつけろ」

「……すみません」

カナリアは、 非常に申し訳なさそうなで女性に素直に謝罪する。

この件でカナリアが使い物にならないと判断すると女性の視線は自然ともう一人の騒ぎの当事者である雪乃へと向かう。

雪乃は、 女性に鋭い眼差しを向けられているにも関わらず一切動揺した様子を見せなかった。

むしろ先ほどまで騒いでいた自分の事を今では、 恥ずかしいと思っており冷静にさせてくれた目の前の女性に対して感謝の言葉を述べたいほどであった。

「こいつの言うことは置いておいてこの騒ぎの原因は何なんだ?」

コイツと呼ばれてカナリアは不服そうな表情をするが再び頭を叩かれてはたまったものではないので、 カナリアは流石にその発言に反論することはなかった。

雪乃は非常に落ち着いた口調で語り始める。

「簡潔に言います。 今回の騒動の原因はカナリア・ローズブランドさんがの彼氏である氷室達也君に必要以上に接近したのが原因です」

その言葉が余程許せなかったのかカナリアは、 先程より激しく激情する。

そんなカナリアの事を雪乃は冷ややかな目で見ており、 それが彼女の怒りに油を注ぐこととなる。

「は!? たっくんとあなたが付き合ってる? 冗談も大概にしてよね‼」

「冗談じゃありませんよ。 何なら達也君本人に聞いてみたらどうですかカナリア・ローズブランドさん?」

「本人に聞かなくてもそれがあなたの嘘だってわかるわよ‼ だって私とたっくんは昔結婚の約束だってしたんだから‼」

「……それ本当なの?」

二人の目が達也に向く。

けれど達也から返答はなく、 ただ無言で土下座の状態を継続していた。

そんな中女性は喧嘩の原因が唯の痴話喧嘩だと知り、 呆れかえってしまっていた。

ーそのまま放置できればどんなに楽なのだろう……

彼女の脳内でそのような事を思いもするが、 彼女が教師という立場上それが許されない立場だということはよく理解していた。

「……いいか。 これ以上喚くようならばお前ら三人退学にする」

この言葉の効果は絶大だった。

先程までは喧嘩をしていた二人もぴたりと発言を止め、 今は自分の席へと座っていた。

「それでお前はいつまで土下座をしているんだ?」

「……すみません」

「全く。 元はと言えばお前の身から出た錆だろう? お前も男なんだからその辺の責任はちゃんとしろ。 そして二度と私にこんなことをさせるな。

-何故俺の名前を……

その事が気になりもしたが達也はその女性の脅しともいえる言葉に無言で首肯する。

その答えが納得したのか女性は、 達也たちの元から離れ教壇へと向かい、 黒板に名前を書き始めた。

「私の名前は。 お前達のクラスの担任を持つこととなった。 一応先日まではこの国のファントム部隊で隊長を務めていたためファントムの知識などについては人並み以上に優れているから勉強の面では安心して欲しい」

彼女からは、 彼女の腕の負傷の理由を説明されることはなかった。

その事が皆どうにももどかしく、 気になった。

「先生‼ 質問いいですか‼」

「ん? なんだ? ふざけた質問でなければ私は応えてやっても構わんぞ」

朱音のその寛容な態度に手を挙げた生徒は安堵する。

達也はというと元々興味もないのか先ほどの騒動の疲れもあり、 熟睡していた。

「なんで先生の腕にはギプスがついているのですか?」

その瞬間空気が変わる。

朱音の表情が先ほどまでの態度とは打って変わり、 自分の右腕を見てどこか悲痛そうな表情を浮かべたのだ。

そこから何分立っても朱音が口を開くことはない。

時間がたつたびにクラスの空気はどんどん重くなっていき、 質問をしてしまった彼は今にも泣きそうであった。

そんななか一人の救世主バカが現れる。

「先生‼ 先生って彼氏っているんですか‼ それと何歳なんですか‼」

翔である。

その質問にクラス内の雰囲気がどんどん暖かいものへと変わっていく。

先程まで泣きそうであった彼の顔も今は、 翔の事をまるで神の様に拝んでいた。

この物怖じしない態度は翔の利点の一つであった。

「お前さては相当な馬鹿だな?」

「はい‼ 友人にもよくそう言われます‼」

翔は達也の事を見る。

けれどそんな翔の事を達也は一目見ると再び寝始めた。

「そうかそうか。 普段の私なら絶対に応えないがまあいいだろう」

「え、 答えてくれるんですか‼」

「何故質問したお前が驚く?」

「そ、 そうですよね‼ あはは……」

翔は内心朱音に殴られる覚悟をしていた。

それも当然である。

何せ女性に年齢を聞いてさらに恋愛事情にまできくのである。

それが中のいい友人ならまだしも相手は自分より目上の人間である。

そんな失礼な事をしておいて罰を受けないなどそんな虫のいい話は、 普通ならばありえない。

にもかかわらず翔がその発言をしたのは、 彼の自己犠牲ともいえる精神にある。

翔は人が苦しそうな顔をしているのを見ているのは嫌いだ。

可能ならば常日頃から皆笑顔で過ごして欲しいと思っているほどである。

その為彼は自身が傷つく覚悟を持って、 今の空気を打開する為わざと馬鹿の振りをしたのだ。

朱音にはそんな彼の心の中までは読むことは当然できない。

けれど彼が自分のせいで生まれてしまったこの空気を打開する為にあのような質問をしたのだということは理解できた。

朱音はそんな翔に甘えることに少々の罪悪感を感じつつも、 それと同時に彼に少々の敬意を表したつもりであのような発言をしたのである。

「さて私の年齢だが今年で25だ。 それで彼氏だが……」

朱音はそこでわざと間を開ける。

男子達は、その答えが速く知りたいのかどこか血走った目で朱音の事を見ていた。

そんなクラスの男子達をみて朱音は内心呆れつつも口を開く。

「いない。 それどころかいた事すらない」

その言葉に男子が皆歓喜する。

けれどそれを態度にだせば朱音に殺されるとわかっている彼らは、 机の下で小さくガッツポーズをしていた。

そんな男子の様子の女子は、 蔑んだ目で見るが暢気な男子達は、 その視線に気づくことはなかった。

「他に質問があるやつはいるか? 今の私は機嫌がいい。 特別になんでも答えてやろう」

「ハイ‼ 私‼ 私‼」

青色の髪を短く切りそろえた女子生徒が元気よく手を挙げる。

それを皮切りに多くの生徒が手を挙げ始める。

その質問は多岐に渡りその中にはカナリアとの関係を聞くこともあった。

カナリアと朱音は血のつながった姉妹というわけではない。

彼女たちはいわば従妹同士なのである。

その関係上朱音とカナリアは昔からよく顔を合わせることもあり、 カナリアは朱音の事をと呼び慕っているのである。

結局その日は、 朱音への質問だけで一日が終わり、 その間達也が目を覚ますことは一度もなかった。

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